第3話 ディヴェルト・ライレア

 ひんやりとした暗闇の坑道を、ボクはとてとて歩いていく。


 しばらく歩くと、観音扉が見えてきた。


 観音扉の右側を押してみる。

 ギィという音がして、すこしだけ扉が動いた。


 ちょうど、ネコ一匹すり抜けるコトができるくらいの隙間ができた。

 その隙間から、ボクはするりと扉の外へ出る。


「ここは……ダンジョン?」


 というコトは、ボクが渡ったこの世界は、


 ディヴェルト・ライレア


 エイベルムが創造したという世界(ディヴェルト)のひとつ。

 普段は、ライレアと呼んでいる。


 銀浪洞ぎんろうどうから異世界へ渡った先が、ノベリストンアロウ、アポリス、ライレアのうち、どの世界になるかはエイベルムの気分次第。


 この観音扉から出た場所がダンジョンの場合、そこはライレアだ。


 ノベリストンアロウの場合、観音扉を開けると、ある山の山頂付近に出る。まだアポリスには、わたったコトはない。


「……ココ、地上に出るまでが面倒なんだよね」


 このダンジョンは「礎のダンジョン」と呼ばれ、全部で二〇〇階層ある。


 いま、ボクがいるのは最下層だ。

 地上へ出るには、ここから最上階まで昇って行かなければならない。


 そしてさらに…………。


「うう、もう、帰りたい……」


 右腕をペロペロしながら、そう呟いた。

 まだ、来たばかりなんだケド。


 これから起こるコトを想像すると、憂鬱になる。


「オオ、ヒサシブリデハナイカ!」


 ………。


「オマエガ、クルノヲマッテイタ。ワガ、ココロノ、トモヨ!」


 暑苦しいコト、このうえない。

 そして、どこかのガキ大将みたいだ。

 さらに、その話し方、イライラするから止めて欲しい。


 尻尾を左右にぱたんぴたんとさせているボクに対し、彼はネコのように尻尾を左右にフリフリしていた。


 見上げれば、なんだか嬉しそうに頭を垂れてボクを見ている。


 竜王グラビス。


 このダンジョンの主にして、ライレア最強の黒竜。


 漆黒の鱗で覆われた巨大な体躯。

 月のような金色の双眸。

 頭には真珠色をした二本の角が、後ろに向かって伸びている。


 異世界にわたるなり、いきなりダンジョンのラスボスに遭遇する。鬼畜スタートにもほどがある。


 それはさておき、いきなり気になるその話し方。ボクはひとつため息を吐いて、竜王グラビスに尋ねた。


「その変な話し方は、どうしたの?」


 彼は真顔で答える。


「ム、オカシイカ? ココヲ、オトズレタモノニ、タノシンデモラウタメニハダナ……、コキャクマンゾクドヲダナ……」


 いや、ダンジョンはテーマパークじゃないからね?

 そして、討伐にやって来る冒険者や勇者をお客様扱いするのは、おかしいでしょ。


「逆に、なに言ってるのかよく判らないし、やめなよ」


「……ダメカ?」


「駄目だね」


「そうか。我ながら、いい考えだと思ったのだが……」


 どんな事情があるのかまでは分からない。

 ボクにダメ出しされたグラビスは頭を抱えていた。


 このダンジョンは、その辺の冒険者風情が軽い気持ちで挑むと痛い目にあう。

 グラビスのいる最下層にたどり着ける者は、ごくわずか。


 当然、グラビスは暇を持て余すコトになるワケだ。

 そのためか、ロクでもないコトばかり考えている。


 けれども、なんだかいつもより深刻そうだ。

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