第2話

ボスッ。

と、とりあえずリビングのソファーに女を置いた。

こんな状況を誰かに見られてしまえば、言い訳の余地はないが......まぁ、誰かも俺の家に来ることは無い。

いや......一人だけいるな。まぁでも、こんな時間には来ないだろう。


「......で、俺の手の事を話してもらおうか」


わざわざ痛めた手で、ここまで運んで来たんだ。

このまま警察に届けても良いのだが......それよりも、まずはこの謎を知りたい。


「その前に拘束だ。これを解いてくれなきゃ、話はしないぞ」

「ならしなくてもいい。話すまでそのまま放置だ」

「サディストが......」


別にそんな趣味はないが......しかし、このまま放置というのは正直気が引ける。どうして拘束を解いて欲しいと言うのは、拘束さえ解けば何か出来るということかもしれない。

なら尚更だ。この女が何者で、一体俺に何をしたのか......それを知るまでは、こちらが有利でありたい。


「......分かった。非常に不愉快だが、仕方あるまい」


話す気になったようだ。


「私はヴェセル、スキルホルダーだ。膨大な量の能力を保持している。お前に与えたのは、その一つだ」

「なに?」


膨大な量の能力を......保持?

どういう事だ?


「もう一度使ってみろ」

「え?」

「炎だ。もう一度出してみろ」

「このでか?それにこの手で、やれる訳が無いだろ」

「いいからやれ。どうせ何も出ない」


......そこまで言うなら。

そう思い、俺は少しだけ炎を出すイメージでやってみた。

だが、何も出なかった。


「あれ?」


あの時は勢いで出したから、もしかしたらやり方を忘れてしまったのかもしれない。

もう一度やってみる。

しかし、またもや何も起こらない。


「やはりな。せいぜい五分......と言ったところか。ま、使えるだけでも上出来だろう」

「何なんだ?どういう事だ?」

「能力に耐性の無い者が、能力を持つことは出来ないということだ。お前の場合、能力そのものを持つことを体が拒んでいる。だから自分のものに出来ず、時間と共に使えなくなるんだ」


ちょっと待ってくれ。

一体何を言っているんだ?

俺が能力を拒む?使えなくなる?確かに炎は使えないが......。


「私は、他人に能力を渡すことが出来る。そして、お前に炎の能力を渡した」

「......なるほど」


とにかく、この人が助けてくれたというわけか......いや、あの口調からすると、自分を助けさせるために利用した......と言うのが正しそうだ。


「ほら」

「......?」


女が、体を突き出した。


「解け」

「......あぁ」


一瞬何の事か分からなかったが、拘束を解けということか。

まだ分からないことだらけだが、約束は約束だ。

俺の手のことを説明してくれたことには間違い無い。

俺は、両手両足と拘束を解いた。


「ふぅ......やっと自由になれたな」


手足をブラブラし、その自由を味わっていた。


「これで一応、貸し借りは無しだ。用が済んだら、さっさと帰ってくれ」

「冷たいな。もう少し興味を持ってくれてもいいじゃないか。ほら、こんな美少女と二人っきりはんだぞ?」

「あぁ......」

「なんだその反応は......体に触れられるのは嫌だから、私的にはその方がいいが。全く興味が持たれないというのも考えものだな」


我儘な奴だ。

俺が興味があるのは、その他人に能力を渡せるという能力だけだ。


「そこでお前に交渉だ」

「な、なんだ......急に」

「協力してやる」


......協力。

何だか悪そうな笑みを浮かべる女。

一体何を協力しようと言うのだろうか。

俺は、何も頼んでいないというのに。


「お前、無能力者だろう?」

「......違う」

「今の言い方で言えば、旧人類だ」

「違う!俺は......俺には、『絶対記憶能力(メモリー)』が......」

「無駄だ。もう知っている」

「......」


バレていた......のか。

そう、俺には能力が無い。

超能力者達は、俺のような無能力者を残らず殺した。

そうでなくても、ほとんどの人が持っているものを、俺だけが持っていないというのはとても耐え難いものだった。

だから隠した。


「それにしても、よくもまぁそんな能力を選んだな」

「......?」


女は、自由になった体で部屋中を歩いて回る。

そして俺の机の前で止まると、上にあったノートを手に取った。そして、パラパラと中身を覗く。


「なるほどな。これがお前の記憶というわけか」


中身は、もちろん知っている。毎日俺が書いている物だからな。知らないはずがない。


「......そうだ。日記のようにそこに出来事を毎日記録し、毎日見返す。そうすることで、少なくとも俺の身の回りで起こった重要な事柄は覚えておける」


シンプルで古典的かもしれないが、これが最善の方法だった。


「もっと簡単な能力にしておけば楽だったろうに。例えば、指からパキパキと異音を出す能力とか、強酸性の尿を生成する能力とか、好きな時に吐血出来る能力とか」


まともな能力が一個も無いな。全部何とか偽れそうなのが、逆に嫌だ。

......というか、指をパキパキ鳴らすのは能力じゃないだろ。


「偽るのが難しそうなものの方が、疑われにくいだろう?まぁ身体強化系だけは避けたかったな」


俺の運動神経じゃ絶対に偽れないからな。


「だが辞める気はないんだろう?」

「やめるって、何を?」

「理想の世界」

「......そんな事までお見通しか」

「詳しく聞かせてもらおうか」


......そうだな。

もう大体は知られているだろうが、まぁ話しておくのも良いかもしれない。

そう思い、俺は話を始めた。


「俺は、家族に嫌われていた」


能力者の家系でも、稀に無能力者が産まれる事がある。

両親の染色体が、上手いこと噛み合わなかったとか何とか......そこら辺はよく分からないが、突然変異だと言ってもいいだろう。


「自分の子が、皆と肌の色が違ったらどうする?腕が無かったら。足がなかったら。皆が当たり前に持っているものを、持っていなかったら」


優しい家族なら、別にそれでも構わないと言い、可愛がってくれるだろう。愛してくれるだろう。

うちもそうだった。


「多少何かが欠けているくらいじゃ、家族に見放されたりはしなかったよ。始めはな」

「と言うと?」

「家族以外......周りの人だ。ご近所さんとか、学校とかな」


俺が無能力者だと知った途端に表情を変えたご近所さん。

俺が無能力者だと知った途端に距離を取った友達。

俺が無能力者だと知った途端に無視をする先生。

無能力者の何がいけないのだろうか。

超能力の授業についていけないからか?

皆が当たり前に出来ることを出来ないからか?

その人の家族など、周りの人から関わるなと言われているからか?


「俺が一体何をしたって言うんだ」


何もしていない。

何も出来ない。

だから嫌われた。


「俺が嫌われれば、もちろんその矛先は家族にまで向く。それで、遂に嫌になっちまったんだろうな」


家族は、俺の事を見放した。


「俺は、この世界を侵略しようと思っている」

「ほう......これはまた大きく出たな」

「俺は本気だ。この世界は間違っている......無能力者は虐げられ、超能力者という異常な人類が主導権を握っている。そんなこと、許せるはずが無い」


確かに道のりは険しいだろう。

ただの理想だ、夢だと言われればそれで終わりだ。

だが、例え少しでも可能性があるのなら......俺はそれを追いたい。

例えこの世界から超能力を持つ人類を、全て消し去ったとしても。

もしもその中に、実梨が入っていたとしても......俺は構わない。


「この地球を侵略し、支配者となり、そして俺の理想の世界を作る」


それが俺の、唯一にして無二の夢。

かつての侵略者達は正しかった。

カエル型宇宙人は、地球を侵略した後に何をしようとしたのだろう。

それはきっと、とても楽しいものだったのだろう。

だが、愚かな地球人によって、侵略は食い止められてしまった。

海のイカはどうだったか。

人類に姿を似せ、地球人を攻略したかと思いきや、今度は科学力が、力が足りなかった。

どちらも、地球のことをよく分かっていなかったのが敗因だと俺は考える。

なら、内側のものならどうだ?

外からではなく、内側にいる『人間』そのものが敵となり、支配者となり、侵略者となる。

変えてみせる。


「こんな風になった世界が、間違っているのだから......」

「......そうか。ならばそれに、私も手を貸そう」

「なに?」

「何だ不満か?私の能力さえあれば、か弱きお前でも超能力者と闘えると言うのに」

「いや、それは有難いのだが......なぜ?」


なぜ手を貸してくれるんだ?

もう貸し借りは無し。既に他人同士となっていてもいいのに。

俺に手を貸す理由が分からない。


「まぁ、私にも色々あるんだ。途中まで、お前と同じ道だからな」

「途中まで......と言うのが気になるな」

「そうだな......お前と目的は違えど、やりたいことは大体同じ。これでどうだ?」


言いたいことは分かった。

とりあえず俺に協力すれば、自分の目的も同時に達成出来るということだろう。

お零れを貰うコバンザメ......みたいなものか?いや、それよりももっと対等な協力関係か。


「私にとってこの状況は、とても都合がいいしな」

「都合......?」

「そうだ。私があの、武器を装備した男達に追われていた理由を考えてみろ」


......見たところ、犯罪者という感じではない。

例え犯罪者だとしても、あそこまでの拘束はしないはずだし、俺の事を撃つという行為もおかしい。

なぜ俺のことを殺そうとした?

目撃者を消すためか?なら、俺は何を目撃したんだ?奴らは何を、目撃されたく無かったんだ?

囚人を取り逃がすという自分達の失敗?

そもそも囚人自体を見られたから?

いや、違うな。


「お前、か......お前を見たから、俺は殺される事になったと」

「そういう事だ。つまり、政府は私が欲しいんだとさ。この最重要機密である私が......ね」


なるほど。

だから都合が良い......ね。

そりゃあ、本当に大量の能力を持っているというのであれば、野放しにしておけないに決まっている。

まるで一人歩きする宝箱。あまりこのような言い方はしたくないが、使い方によっては武器にもなる。

もし奴らに......政府にとってこいつが、何かしらの事を成し遂げるための鍵であるのならば、この状況は鍵の方から俺の元に来たってことだ。


「......そう言えば、超能力とか使えるんなら拘束衣ぐらい破壊できるんじゃないのか?」


なんの違和感もなく話を進めていたが、考えてみればそうだ。

そんなに沢山の能力を持っているのなら、自分で使えばいいのだ。

それで、何もかも万事解決。政府にも対抗できるし、世界を支配することだって簡単だろう。


「そんなことが出来たら捕まってはいない。私はあくまで、スキルホルダーなのだから」

「その、スキルホルダーってのは一体何なんだ?」

「スキルを持つスキル。私は、ただの入れ物だ。そこから取り出して人に与えたり、受け取ったりすることしか出来ない」

「つまり、スキルを大量に持っているのに、自分ではそれを使うことが出来ないわけか」

「まぁ、概ねそんなところだ」


概ね......曖昧な答えだ。

スキルを渡すことしか出来ない。

そんな超能力者がいるのか。なんとも嫌な能力だ。

他人を頼らなければ、力を使えないとはな。

まぁ恐らく、これは本当の話だろう。

もし嘘だとすれば、政府に捕まっていたことに矛盾が生じる。本当に能力を使えないからこそ、このように拘束衣を着る羽目になったと言うことだ。


「だから私には武器が必要だ。私の代わりに能力を奮ってくれる、お前という武器がな」

「ほう?それは奇遇だな。俺もお前という武器が欲しくなって来たところだ」

「ならどうする?体でも売り合うか?」


ふん、協力はどこへ行ったんだか。

まぁ途中までとは言え目的が同じなら、利用されるのも悪くは無い。

理由はなんであれ、協力してくれるのであれば心強いか。


「これからよろしくな、ヴェセル。お前の力を貸してくれ」

「あぁ、よろしく。そう言えば、まだお前の名を聞いていなかったな」

「あぁ、俺は一隆。貴貝塚 一隆(きかいづか いちたか)。数字の一と、『こざとへんに久しく生きる』で一隆だ」

「よろしくな、一隆」


俺達は固い握手を交わした。


「で、私はどこで眠ればいい?」

「は?」

「今日から世話になるんだ。私の部屋くらい用意してくれ」

「お前......ここに居座る気か?」

「仕方なくだ。家があれば帰っている。それに、協力関係だろう?いいじゃないか、一緒に暮らすくらい」


......まぁ、そうだな。

今まで政府のモルモットだったヴェセルに、住む家があるとは思えない。

そうか......なら、帰る場所くらい作ってやってもいいか。


「分かった。リビングのソファーは硬いから......まぁ、俺の部屋でよけれ─────」

「シャワーが浴びたい」

「なに?」


何を言い出したかと思えば。

部屋を寄越せの次はシャワーか。何だか、ただの我儘な子供のようだな。


「こんな焦げ臭いままでいろって言うのか?それは男として、女性に対するマナーがなってないな」

「はぁ......」


まぁ、こちらとしてもいつまでも焦げ臭いままでいて欲しくはない。

シャワーぐらい良いだろう。


「ん」

「......ん?」


ヴェセルは手を差し出して来た。


「着替え」

「......そんなものは無い」

「ならいい。その代わり私は全裸で過ごすぞ?」

「......」


凄い脅迫だ。

それは、困るのはそっちなんじゃないだろうか。

まぁ、少なくとも人間の女を模しているものを家の中に全裸で徘徊させるのは、人としてどうかと思う。

それに、こんな焦げ臭い拘束衣をずっと着させているのも悪いしな。

......というか、ここまで何だかんだ俺は、こいつの都合の良いように使われていないか?

まぁ、一応命の恩人ではあるわけだから、これぐらいは許そう。


「当たり前だが、俺の服しか無いぞ」

「母親のは?」

「親は、あっちが帰る場所なんでな。まぁ俺の服もそんなに無いが......」

「着れればなんでもいい」


ということで、シャワー。

を浴びている間は、俺は特にすることも無く、また今日の出来事を整理していた。

ヴェセル......奴は一体何者なんだ?それだけが疑問に残る。

今のところは、俺の味方をしてくれるようだが......正直言ってまだ信用はしきれていない。

能力を与える能力......他の能力者とは、少し違う感じだ。

とりあえずは様子見も兼ねて、家に置いておくか。まぁ、寝首を掻かれたら終わりだがな。


「さっぱり」


俺がそんなことを考えているうちに上がってきたようだ。

今まで捕まってたらしいから、もしかしたらシャワーとかの使い方が分からないのではと思ったが......日用品の使い方は分かっているらしい。

見た目は外国人だが......少なくとも生活に支障をきたさないレベルには使えているようだ。

だが、綺麗な青色の長い髪から、俺のスウェットに滴をしたたらしながら来た。

ドライヤーは知らないのか。


「髪、乾かしてから来いよ」

「ドライヤーがどこにあるかの分からん」

「あぁ、なるほど」


存在を知らないわけでは無いようだ。

だとしても、タオルで拭くくらいのことはして欲しかったものだ......。

俺はヴェセルと共にバスルームへと向かった。


「ドライヤーはここだ」

「ふーん。じゃあ、はい」


なんだ?

洗面台の前に座りやがった。

まさか、俺に乾かせと?


「ほら早く」

「それくらい自分でやれ」


といいつつも、乾かしてやる俺は何だろうか。

女に甘いのだろうか。

それとも、言われたことはやってしまう、いわゆるお人好しと言うやつなのだろうか。

いや、そんなわけが無い。

これくらいでお人好しなら、世の中の一体どれほどの人がお人好しなのだろうか。

それはお人好しに失礼ってもんだ。

何だか少し腹が立ったので、無駄に力を入れてタオルでわしゃわしゃとしてやった。あんまり嫌がらないのが微妙に嫌な気分だった。


「それで、これからどうするんだ?」

「どうって......まぁ俺のベッドを使え。俺は下で寝るから」


寝室は二階にある。

俺は別にソファーでも寝られる人なので、一階のリビングで寝るとしよう。硬いけど。


「そうでは無い。侵略の話だ」

「あぁ......そっちか。そりゃあまぁ計画はある。お前のおかげで前倒しになったしな」


いずれはやるつもりだったものだ。

それが早く実行できるのなら、この女と出会ったのは幸運だと言える。


「その計画とは?」

「まずは武器が必要だ」

「武器?私の能力じゃ不満か?」

「いや、それよりももっと良いものだ」

「ほう」


やっと、髪を乾かし終えた。

女の髪ってのは時間がかかってしょうがない。

特に、こいつは長髪だから、その分俺の貴重な時間が持って行かれる。

まぁ、さっきも言ったように、計画は前倒しになったので良しとしよう。


「明日、ある場所に向かう。お前も眠っておけ」

「なに?私も行くのか?」

「当たり前だ。お前には、ここにいる分しっかり働いて貰うぞ。ところでヴェセル、運転は?」

「......?出来るが」


意外だな......「出来ると思うか?」とか、返ってくると思ったのだが。


「免許は無いがな」

「じゃあ駄目だ」

「持っていなくても運転くらい出来る。乗り物に触れれば、それに似た系統のものなら操縦できる能力だ。だが、あまり私に頼るなよ?能力ってのは万能では無いのだから」

「分かっている。というか、スキルホルダーなんじゃないのか?」

「使えるものもある」


そこが曖昧な所か......一概に全て使えないとは言えないってわけだな。


「自分で使える能力と、そうでないものの違いは何だ?」

「そうだな......まぁ具体的に言えば、能力を使えるわけじゃない」

「ほう?」

「能力が、勝手に使われるんだ。私が意図的に発動しているのではなく、能力が勝手に発動している。理由は知らないがな」


なるほど......?詳しい理由は結局分からないといいことか。

だが助かる。

俺は高校生で、まだ免許は取っていないからな。


「それで、どこへ行くんだ?」

「国内最大にして最凶の監獄。アークプリズンだ」

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本気の侵略者 切見 @Kirimi1031

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