何度も彼氏をつくる幼馴染を俺は諦めたい

とによ

何度も彼氏をつくる幼馴染を諦めるために俺も彼女をつくる

 ――ピンポーン


 とある日曜日のお昼ごろ。

 俺――新城恵あらしろけいは自宅で一人ゴロゴロしていると、突然インターホンがなった。


 のっそりと起き上がって玄関に向かい、ドアを開ける。

 すると、そこにはやはり見慣れた茶髪サイドテールの幼馴染がいた。


 宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。陶器のように白い肌。

 やや幼さが残るが整った顔立ち。モデルとまで言わんばかりのスタイル。

 そして、その溢れんばかりの生命力を感じる元気な雰囲気。

 いつもの陽キャ系美少女っぷりだった。


 そいつは俺が玄関から出てきた瞬間、にひひっと顔を綻ばせる。

 嬉しそうに目を細める表情は、まるで無邪気な子供のようだ。

 イラッとしていた気分も、その顔をみると毒気をぬかれたようにしぼんでいく。


 俺はわざとらしくため息を吐いて、目の前の幼馴染――天羽朱里あまはねじゅりに声をかけた。


「おい、朱里じゅり。お前今日佐藤とデートじゃなかったか?」

「うん。そーだよー」


 朱里は俺の問いにあっけらかんとそう答える。

 俺は嫌な予感、というかほぼ確信をもちつつも、一応聞いておくことにした。


「じゃあ、なんでこんな早く帰ってきてんだよ」

「んー? つまんなかったから!」


 その簡潔かつ非情な理由に、俺はガクッと肩を落とす。

 またか……。これでもう何度目だ。


 俺の幼馴染はモテる。

 朱里の美少女っぷりは小中と学校中を轟かせており、それは今の高校でも同じだった。

 スポーツ万能だし、誰に対しても気兼ねなく平等に接するし、ノリよくて優しいし、笑った顔なんかはもう太陽みたいにまぶしい……という評判だ。

 実際は結構テキトーでマイペースなやつなんだけども。


 まあ、モテることには変わりないので、告白された数も凄い。

 先輩、同級生、後輩、果てには違う学校の生徒から告白されたことだってある。

 勿論、それだけアタックされれば、彼女も彼氏を作らないわけがない。


 しかし、なぜか彼女は長続きしなかった。

 長くても一ヶ月とかそこらだと思う。

 冷める理由も大雑把で、相手が可哀想になるくらいだ。


 俺たちは一緒にリビングに入ると、朱里はいつも座っている椅子に腰掛ける。

 そして、じーっと俺を見つめてきた。

 まるでそれは餌を欲しがる子犬のようで……ってこいつまさか。


「お前昼飯も食わずに別れてきたのかよ」

「うん、そーだよ」

「すげーな。逆に関心するわ」

「だって、午前中からいきなりカラオケだよ? しかも、下手くそなラブソングを延々と聞かされたからね……。中々歌わせてもらえなかったし、地獄だったよ……」

「それは……なんというか、お疲れ様だな……」

「別にもういいの。佐藤くんとはもう別れるつもりだし。そんなことより今日のお昼! 今日のお昼はなになになに~?」


 そういって目をキラキラ輝かせて、前のめりにきいてくる朱里。


「なんで俺が作ることが確定してんだよ。自分の家で食えよ」


 今日はコンビニ飯で済まそうと思っていた。

 正直、作るのがだるい。それだけだった。


「だって今日はお母さんに、お昼いらないからって言っちゃったんだもーん。それにいつもけーちゃんに作ってもらってるし、いいじゃん」


 自分の服の裾をギュッと掴む朱里。

 それは彼女が決意を決めたサイン。


 昔からそうだ。

 こいつが服の裾をギュッと掴んだときは、なにをいっても言うことを聞かない。

 幼稚園のときにいじめっこを注意して、喧嘩にまで発展した時から、最近だと捨てられていた子犬を飼いたいと親にお願いしていた時まで。

 こいつは自分がしたいと思ったら、それを実現するためになんでもするやつだ。


 それがいい時に作用するときもあれば、悪いことに作用するときもあるけど。


 なにはともあれ、今日はどうしても俺の家で食べたいらしい。


「わかったよ。作ればいいんだろ、作れば。んー……じゃあ、そうだなあ……」

「わくわく」

「カルビ丼でもするか」

「! ほんとっ!? やったー!!」


 朱里は椅子から立ち上がって、バンザーイ! と言いながら、両手を広げて何度も上げ下げする。


「わーい! けーちゃんのカルビ丼美味しいんだよね~。いやあ~、けーちゃん大好き~! 愛してる~!!」


 朱里の言葉に思わずドキッとしてしまう。

 ……待て待て、なに動揺してるんだ自分。

 調子のいいことを言ってきてるだけだろ。


 平静に。冷静に。

 表情を崩すな。ニヤけそうになるな。


 こいつにだけは悟られたくない。

 悟られたら、この関係が壊れてしまうから。

 だからバレるわけにはいかない。


 俺が、天羽朱里を好きなことは。



  ※



 俺が朱里を好きになったきっかけはない。

 覚えてないだけかもしれないが、気づけば好きになっていた。


 ただこの恋心に気づいたのは、よく覚えている。

 初めて彼女に彼氏が出来たと報告された時だ。


 幼稚園のころから今に至るまで、ずーっと一緒で、いつも一緒にいて当たり前。

 そんな関係性で、俺はどこか慢心していたのかもしれない。

 きっとずっと俺はこの幼馴染とずっと一緒にいるんだ、と。


 しかし、現実はそんなに甘くなかった。

 中学、高校と上がっていくにつれて、綺麗になっていく彼女。

 そんな彼女から、断り続けた告白をついにOKした。と告げられた時、ボロボロと足元が崩れ落ちていく感覚がした。

 いつまでも俺の横にいると思ってた存在が、実はそうじゃなかった。


 そして、そこで初めて気づいた。

 ああ、朱里は俺にとってかけがえのない、なくてはならない存在なんだって。

 でも、もう遅い。今更もう取り返しがつかないんだと知った。

 その日の夜は死ぬほど泣いた。これまでの人生の中で、一番泣いたと思う。


 もう彼女とこれまでのように料理をつくってあげたり、一緒にゲームしたり、一緒に夜ふかししたり出来ないと悟った。


 しかし、ここで誤算が生まれる。

 なぜか朱里はこれまでと変わらない感じで、俺の家にきたり、彼氏とのデートよりも俺との約束を優先したりしてきたのだ。

 俺はその変わらない態度に動揺する。


 勿論、流石に彼氏を優先したほうがいいとか。俺の家にくるのは良くないとか、何度も注意した。

 でも「えー、でもけーちゃんと会えないのはやだよ」と最終的に返されてしまう。

 俺がどういう事なんだと問うと、彼女はまるで当たり前かのように「だって幼馴染だからね!」と、そう平然といってのけるのだった。


 彼女の言葉に思わず嬉しくなった。ホッとした。泣きたくなった。

 そして最後に、がっかりした。


 朱里にとって俺は、いつまでたっても、どこまでいっても幼馴染で。

 それ以上でもそれ以下でもないと、そう言われた気がしたからだ。


 そういう理由もあって、俺は朱里が彼氏と別れたあとでも告白することはなかった。

 どうせ彼氏がいようがいまいが、彼女が俺の側にいてくれるなら。

 せめてこの関係性が崩れないように、この思いが風化して塵になるまで隠しておこう。

 幼馴染以外になることが出来ないなら、諦めてしまえばいい。


 だから俺は、俺は――


「っと、こんなもんでいいかな」


 俺は火を止めて、いい焼き加減になった牛肉とたまねぎを丼ぶりに盛り付ける。


「おーい、できたぞー。……って、なんつーカッコしてんだおい」


 振り返ると、鼻歌を歌いながら朱里はソファに寝そべって、スマホをいじっていた。

 かなりだらしない格好で、ちょっと下着が見えそうになっている。


 俺は顔をそむけながら、小さくため息をはく。

 こういうところも、全然俺を男として意識してないからなんだろうなあ……。

 あくまで幼馴染。だから気を遣わないし、遣う必要もない。

 まあ、別に気を遣ってくれなくてもいいけど、ここまで露骨だとちょっと傷つく。


 ……というかいい加減気づけよ。このどアホ。


「おい、聞いてるか? 昼飯できたぞ」

「んにゃ? あ、できたー?」


 朱里はバッと起き上がると、目を輝かせてこちらを見てくる。

 具体的には丼ぶりを。


「おう、できたぞ。ほら、もってけ」

「わーい! けーちゃん愛してるー!」

「っ……。ほんと、お前はこういう時だけ調子いいよなー」

「えー、そんなことないよー。けーちゃんだから調子がいいんだよー?」

「なんだそれ」

「まあまあ。とりあえず、早く食べようよー! 冷めちゃうよ?」


 そういって急かしてくる朱里。

 仕方ないので、俺はカルビ丼を運んで、椅子に座る。

 すると、彼女はいつも座っている定位置ではなく、俺の隣に座りなおしてきた。


「おい。なんで隣にきた」

「んー? 気分かな」

「はあ?」

「今日はなんだかけーちゃんの隣で食べたい気分なの。別にいいでしょ?」

「お、おう。別にいいけどよ」


 俺がそういうと、朱里はパアッと顔をほころばせる。

 しかも、椅子をこちらに近づけてきた。おかげでお互いの肩がくっついてしまう。


「お、おい。なんだか近くないか?」

「んー。そうかもねー」

「わかってるなら離れろよ。食べにくいだろ?」

「そう? ……私は別にそうでもないけどなー。ダメ?」

「……勝手にしろ」

「やったー! えへへー」


 そういうと朱里は、遠慮なく自分の肩を俺に押し付けてきた。

 彼女の柔らかい腕の感触に、思わず思考が乱されそうになる。


 気にするな気にするな……! こんなのペットに懐かれてると思えば、可愛いもんだろ……!

 今は食事に集中するんだ……!


 俺は無心でカルビ丼をかっこんでいく。

 うん……今日のカルビ丼も中々の出来だ。

 自作のタレもいい感じに甘辛いし、玉ねぎの甘み牛肉の旨味がとてもマッチしていて美味い。


 ふと、チラッと横にいる朱里を見る。

 彼女は「ん~、おいし~」といいながら、満面の笑みでカルビ丼を頬張っていた。


 よかった。今回も口にあったようだな……なんて思っていると、ふいに朱里がスプーンをこちらに向けてきた。


「けーちゃん。はい、あーん」

「……なにやってんだ、お前」

「えー、わかるでしょー? 食べさせっこ!」

「いやいやいや、そーいうのって違う食事を食べてるカップルがやることだろ。食ってんの同じカルビ丼だし、そもそも俺たちは――」

「あー、もううるさいなあ。さっさと食べてよ。はいっ」

「もがっ!?」


 強引にスプーンを口の中に入れられた。

 なすすべなく俺は朱里が食べていた牛丼を食べてしまう。


「もぐもぐ……お前……もぐもぐ……危ないだろ」

「ごめんごめん。で、どう? 私のほうが美味しい?」

「……別に。同じだ」


 嘘だ。

 なんだか朱里からあーんしてもらった牛丼は、俺が無心で食べていた牛丼より美味しく感じた。

 なんかほのかに甘い香りもしたし……、というか関節キスだし、これ。


 俺が顔が熱くなるのを感じていると、今度は朱里は口を大きく開いて「あーん」と迫ってきた。

 こいつ……まさか……。


「俺にもやれってか?」

「うん。やってあげたのに、お返ししてくれないなんて平等じゃないでしょ?」

「まあ、それはそうだけどよ……」


 流石に恥ずかしかった。

 というか、今日はどうしたんだ。いつもはこんな積極的に甘えてきたりしないのに……やめてほしい。

 俺の心を乱さないでほしい。そっとしておいてほしい。


 でも、朱里は本気のようだった。だって、服の裾をさっきよりも力強く握りしめていたからだ。


「はあ……わかったよ。やればいいんだろ?」

「わーい! けーちゃん太っ腹ー! ぶよぶよー!」

「ぶっとばすぞ。別に太ってねえし。……ほら、いくぞ?」


 俺はカルビ丼をすくい上げると、彼女の桜色の唇に自分がさっき使っていスプーンを近づけた。

 そしてゆっくりと彼女の口の中へ押し込んでいく。


 なんだか不思議な気持ちだった。

 世の中のカップルはこんなことやってんのかよ。

 メンタル強すぎだろ。いや、このドキドキ感が幸せなんだろうけどさ。

 今の俺には毒でしかない。


「ど、どうだ? 美味いか?」

「もぐもぐ……。うんっ。普通!!」

「チョップしていいか?」

「わー!! 嘘ですごめんなさい美味しかったです!!」


 なんてくだらないやりとりをして、時間は過ぎていく。

 うん。やっぱりこいつと食べる食事は、どんな高級なディナーよりも美味しくて、楽しいと思う。


 やっぱり今の関係性を崩したくないな。と強く思う昼下がりだった。



  ※



 昼ごはんを食べ終わり、俺は食器を洗っていると、ふいに朱里が声をかけてきた。


「ねー、さっきラインちらっと見たんだけどさー。けーちゃん、松本さんと別れるのー?」

「……おう」



 松本さんとは俺の彼女のことである。

 幼馴染に彼氏が出来たあと、俺は彼女をつくることにしたの


 これは朱里を諦めるための俺なりの努力である。

 朱里以外の誰かと付き合えば、他の誰かを好きになれば。

 この鬱屈した気持ちもどこかへ吹き飛ぶかもしれない。そう思って。


 しかし、現実はそうじゃなかった。

 他の女の子を知れば知るほど、朱里と比べてしまう。

 そのたびに、好きって気持ちがどんどん大きくなり、俺はどんどん泥沼へとハマっていってしまった。


 すると、そんな俺の気持ちを相手の女の子は察したようで、怒らせたり、悲しませてしまう。


 それでも、俺は誰かと付き合うことをやめたりしなかった。


 わらにもすがる思いで、誰かと付き合い。

 ごまかすようにデートし、思ってもいない言葉を口にして。

 楽しいフリをしながら、彼女と朱里を比べて、勝手に失望する。


 どこまで自己中なんだろう。クズなんだろう。

 そう思うと、自分に対する嫌悪感で溺れてしまいそうだった。


「ぎゅー」


 なんて暗い自己陶酔に浸っていると、突然後ろから柔らかくて、温かい感触が。

 朱里だ。朱里が抱きついてきたのだ。


 そうだとわかると、思わずドクンと心臓が跳ね上がる。

 一瞬で顔が熱くなるし、体も強張こわばってしまう。


「……なんだよいきなり」

「んー? いやー、彼女と別れて落ち込んでいるだろう君を慰めようと思ってねー」


 上機嫌な声色でそういって、さらに力強く抱きしめてくる朱里。


「ウソつけ。ただ面白がってるだけだろ」

「えー? ほんとだってぇ~。あー、いいにおい」


 そういって朱里は、俺の頭に顔をうずめて、すんすんと匂いを嗅ぎ始めた。


「やめろ」

「やだー。けーちゃんいい匂いなんだもーん」

「いい匂いって……お前と使ってるシャンプー同じだろうが」


 俺たちよく互いの家に遊びに来る。

 風呂まで借りることだってよくあった。

 そのため、お互いの家にあるボディソープやシャンプーなどは、同じものに統一しているのだった。


「んー、まあそれはそうだけどさー。なんか違うんだよねー。なんというかー、男臭い? みたいな」

「シンプルな悪口だな、おい」

「悪口じゃないよー。私この匂い好きだもん。すーはーすーはー」

「はあ……勝手にしろ」


 わざわざ邪険にする理由もなかった俺は、そのまま皿洗いを続行する。

 しかし、中々うまく洗えない。

 邪魔ということもあるが、手が震えてうまく動かせなかった。


 俺はこんなに動揺してんのに……こいつはほんと……。

 なんだが深く考えると悲しくなってくるので、無心で皿を片付けていく。


 そうして数分だったところで、俺は皿をすべて洗い終わった。


「お、洗いおわったー?」

「おう」

「じゃあ、ゲームしよー!」

「わかった。じゃあ、いい加減離れてくれ」


 あんまりくっつかれると、ほんと色々と我慢できなくなりそうだ。


「やーだね。ほらほら、けーちゃんの部屋にレッツゴー! ガタンゴトーン、ガタンゴトーン」


 そういって朱里は俺に抱きついたまま、俺を後ろから押し始める。

 ……久しぶりだな、この電車ごっこも。

 小学校まではよくふざけてやっていたが、高校生にもなってもやる羽目になるとは。


 きっと朱里の中では、俺は昔の幼いころと同じイメージなんだろうな。

 だからこうやって恥ずかしげもなく、変わらぬ距離感でスキンシップをとってきているんだと思う。

 やっぱり幼馴染はどこまでいっても幼馴染なんだな。

 そう実感して、俺は朱里に押されながら階段を登っていった。



  ※



「わー! 負けたー!!」

「よし。これで同点だ」

「くっそー! もう一回! 次は勝つからー!」


 俺たちは格闘ゲームで対戦していた。

 今のところ、10戦やって5勝5敗。全くの互角だった。


 俺と朱里は昔からよくこうやって一緒にゲームをしている。

 そのため、互いのプレイスタイルやら、戦術、思考などは手にとるようにわかるのだ。

 なので、毎回どんなゲームで対戦してもいい勝負になる。


 こいつとの勝負は単純に好きとか、そういう感情を抜きにしても楽しかった。

 次のバトルが始まると、ふいに朱里が声をかけてくる。


「そーいえばさ。さっきラインで、高橋先輩に告白されたんだけどさー」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、俺はちょっと手元が狂ってしまった。

 そのせいで朱里の攻撃をうまく防げず、必殺技をモロに食らってしまい、1セットを先取されてしまう。


「あらあら~? どうしました恵選手~? らしくないですなぁ~」

「うっせ。いきなりそんなこと言われたら動揺するに決まってんだろ」


 いつまで経ってもこの報告には慣れない。

 朱里は誰かにアプローチをかけられると、決まって俺に相談してくる。

 佐藤のときもそうだったし。


 その度、俺はその男がいいヤツがダメなやつが調べて、それを朱里に伝えている。

 気乗りはしないのだが、せめて理想の彼氏を見つけて幸せになってほしい。その思いから、なんとか自分の気持ちをごまかして、こんな慈善活動を請け負っていた。


「へぇ~? なんで動揺してるのかなぁ~? ん~?」


 朱里は俺の言葉を面白がって、ニヤニヤと問い詰めてくる。

 ちっ……失言だったか……。なんか適当にいって、ごまかさなければ。


「俺が彼女と別れたばっかなのに、お前がすぐそうやって彼氏作ったら焦るだろ、普通。正直、ちょっと悔しいし。負けたみたいで」

「……ふーん。あっそ」

「なんだその顔は。なんか言いたいことでもあんのか」

「別にー。で、どうなの? 高橋先輩って」


 俺はうーんと高橋先輩のことを思い出す。

 今回は調べなくても、俺の部活の先輩だから彼のことはよく知っているつもりだ。


 バスケ部のキャプテンとして周りから人望もあり、顔もイケメンで女子からモテる。

 俺が知る限りでは聖人君子みたいな優しい先輩だったし、かなりお世話にもなった。

 正直、彼なら朱里を任せてもいいと普通に思ってしまう。


「別にいいと思うぞ。かなり良い人だし、イケメンだしな」


 あまり男子を褒めない俺がそう伝えると、朱里は「……そっか」とやや沈んだ声。

 そして、そのままお互い黙ってしまい、ゲームは第2ラウンドへ。


 互いになにも発さずにバトルを繰り広げる。すると、沈黙を破ったのは朱里からだった。


「ねえ……、そうやってさ。悔しいとか思ってるくせに、なんで毎回助けてくれるの?」

「え?」

「だっておかしいじゃん。悔しいなら、私のためにわざわざ調べたりなんだりしないでしょ。なんで? 幼馴染だから?」


 朱里はそういいながら、やけくそみたいに必殺技をうってくる。

 なんだからしくないな、と思いつつそれを必死にすべてガード。


「それは、あれだよ。お前に幸せになってほしいからだよ」

「……ふぇ?」


 ゲームに集中しすぎていただからか。

 俺は本来なら口にするはずもない、素直な気持ちをポロッとこぼしてしまっていた。


 やべぇと思う暇もなく、彼女の必殺技はまだ続いており、俺は必死にゲーム画面に集中する。


「腐っても、お前は俺にとって大切な人だからさ。お前のためだったらなんでもするよ」


 そう言い切ったところで朱里の必殺技が出し終わる。

 すると、なぜか彼女のキャラは、ピタッと止まったまま動かなくなった。

 これはチャンスだと思った俺は、一気に技を畳み掛けて瞬殺する。


「よっし! 第2ラウンドとったぞ! ――ん?」


 そこで俺はさっき自分が言った言葉を、頭の中で反芻はんすうする。


 あれ、俺なんてさっき言った……? 

 お前に幸せになってほしい?

 お前のことが大切?


 …………やっべぇ。口が滑っちまった……


 どうしよう。なんて弁明しようか。

 そんなことを考えようとすると、急に隣からぷっと吹き出す音が。


「あっははははははは! な、なにそれ。私のことそんな風に思ってたんだ! あははははっ! く、苦しい……!」


 横を向くと、そこにはそっぽを向きながら、腹を抱えている朱里がいた。


「わ、笑うなよ」

「ごめんごめんっ。でも、おかしくって……あはははっ」


 そうやって笑われること数十秒。

 落ち着いてきた朱里が口を開く。


「そっかぁ~。けーちゃんは私に幸せになってほしいんだぁ~。へぇ~」

「……そうだよ。悪いかよ」

「んーん。悪くないよ。……とっても、とってもいいと思う」


 そうしてまた訪れる沈黙。

 第3ラウンドのゴングがなる。しかし、どちらのキャラも動くことはない。

 ただひたすらに、ゲームの軽快なBGMが部屋中に寂しく鳴り響く。

 朱里は未だにそっぽをむいたまま、腹を抱えて固まっていた。


「おい。いつまで腹抱えてんだ。もう3ラウンド目始まったぞ」

「ねえ……けーちゃん」

「なんだよ」


 朱里は顔をぐるんと俺に向けてきた。

 これまで見たことのない……とても真剣な表情で。


「もしもの話だけどさ。20歳を超えても私が幸せじゃなかったとして。それでお互い独り身だったら……私を、幸せにしてくれる?」


 その言葉に俺は固まる。

 幸せにしてくれ……って、どういう意味なんだ。

 それって、もしかしなくても……そういうことなんだろうか。

 もしそうなんだとしたら、俺は、俺は――


「お前……。それって、もしかして」

「うん、具体的には月に30万はほしいかな!」


 俺の言葉を遮るように、朱里はおちゃらけた笑顔でそういってきた。

 ガクッと肩を落とす。

 な、なんだよ……ただのジョークかよ……。

 この野郎。人の心を弄びやがって……。


「やるかアホ。自分で稼げ」

「えー! 話が違うよー! ぶーぶー!」


 口を尖らせて抗議してくるこいつを無視して、俺は無防備な朱里のキャラに必殺技を叩き込む。

 KOと画面に表示されたところで、朱里はおもむろに立ち上がった。


「あー、がっかりした。私トイレいってくるね」


 がっかりしたのはこっちのセリフだ。

 なんて言葉を飲み込んで、俺は「おう、いってら」と返す。


 ……それにしても、大笑いされた、か。

 ちょっと、いや、結構ショックだな……。


 俺がどれだけあいつの事を思ってたとしても、やっぱり俺は彼女にとって特別な存在にはなれなさそうだ。


「はあ……、なんで俺はあいつと幼馴染なんだよ……くそ」


 そう一人こぼした愚痴は、誰の耳に届くことなく消えていった。



  ※



 私は早足でトイレへ駆け込む。

 これ以上けーちゃんと一緒にいたら、きっとごまかしきれなくなるから。


 トイレの中に入ると、私はゆっくりと深呼吸する。

 そして落ち着くと、私は頬に手を当てて「えへへ」とニヤける。


「そっかぁ……けーちゃん。私のことが大切なんだぁ……。嬉しいな、えへへ……」


 けーちゃんの言葉を思い出す。

 幸せになってほしい。お前は大切な人だから。


 その言葉を頭の中で何度も反芻する。

 どんどん自分の顔が熱くなっていくのがわかった。


「好き……。けーちゃん、ほんとに大好き……!」


 もうどうしようもない。気持ちが溢れてとまらない。

 幼馴染としてではない。

 一人の男性として、わたし天羽朱里は新城恵が好きだった。


 いつ好きだったかなんて覚えていない。

 気づいたら好きになっていた。

 ずっと一緒にいたから。もう今更離れることのできない、かけがえのない存在だから。


「でも、けーちゃん。私の幸せを願うならね、私のサポートをしてほしいんじゃないんだよ……」


 さっきは思わず冗談をいってごまかしてしまったが、あの言葉は本心からだった。

 むしろ20歳とは言わず、今すぐだって付き合いたい……けど。


「けーちゃん。私のこと全然、意識してないだろうからなぁ……」


 おそらくけーちゃんは私のことを、幼馴染としか思っていない。


 だって、どんなにアピールしても反応薄いし!

 私が彼氏を作るっていっても、全然焦ったりしてくれなかったし!

 それどころか、私の彼氏作りのお手伝いとかしてくるし……はあ……。


 私はガクッと落ち込む。


 最初は気を引くために告白を受けたって嘘をついたけど、それでも全然けーちゃんは反応してくれなくて。

 なんだかそれが悔しくて、いつしか本当に告白を受けるようになって……。


 気がついたらけーちゃんに彼女が出来てたし……。

 あれはめちゃくちゃ萎えた。いや、泣いた。人生で一番泣いたと思う。


 こうなったら、もういっそのこと私もけーちゃんのことを諦めよう。

 そう思って、別の人を好きになろうと努力してみたりもした。


 でも、ダメだった。

 どうしても付き合ってる時に、けーちゃんの顔が浮かんでしまって、彼氏に集中できない。

 手をつないでも全然ドキドキ出来なかったし、キスなんてしたいとも思わなかった。

 違う彼氏と付き合えば付き合うほど、この思いはどんどん膨らむばかりで。

 少し触れれば破裂してしまいそうなくらいだった。


「はあ……なんで私たちって幼馴染なんだろ……」


 私はそういってため息をつく。

 こんなに好きなのに、神様はなんて残酷なんだろうか。

 そう思わずにはいられなかった。


 そうして今日も二人はすれ違っていく。


 二人が彼女彼氏をすっとばして夫婦になったのは、成人式のあとのことだった。

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