偏屈な老猟師が体験する恐怖の一夜。

 山で猟をして暮らす老人が体験した奇妙な一夜を描いた作品だが、雰囲気の作り方がとにかく抜群。

 健康な歯も連れ添った妻も相棒だった犬も失い、身体はすっかり衰えた。人生で残った楽しみらしい楽しみは山での狩猟のみ。そんな世間から孤立した老人の強情さや頑固さをわずかなセリフやモノローグでしっかりと伝えてくるのが非常に上手い。

 息子が家でチワワを飼っていることに憤り「いのししを、三日は追いかけまわすような動物だけが……犬なんだ。」と考えるあたりの頑固ジジイ感が最高だが、一方でこうした考えが既に時代遅れなことに薄々気づいている姿には哀愁が漂う。この老人の造形だけでも素晴らしいのだが、ここまで老人の境遇と心情を丁寧に描いた後に炸裂する山で起きた怪奇現象も非常に強烈。

 老人に突き付けられた異常な状況はただ生命の危機を感じさせるだけでなく、老人が自負してきたこれまでの生き様や尊厳までをも完膚なきまでに蹂躙していく。ただ恐ろしいシチュエーションを用意しただけではなく、そこに至るまで丁寧に登場人物を掘り下げたからこその恐ろしさが本作にはある。


(「山を登る人々」4選/文=柿崎憲)

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