第42話 美容師が見た、一触即発(下)

 店長にゴリ押しをして十五分。

 無事に予約を入れる事に成功。

 小さなガッツポーでほくそ笑み、店内へと戻る。

 すると、彼女が待つ席の前にスーツ姿の男が。

 その傍らには長身のSP後輩氏。

 緊急警護モードの発動か?

 慌てて向かい、声を掛ける。

「すみません、ツレに何か御用ですか?」

「あぁ? 誰のツレだって?」

 振り向きざまに唸るスーツ男。

 それこそ彼女の彼ピッピ。

 待ち合わせしたのかと勘繰るが、違うようだ。

 彼女の驚いた表情がそれを物語っている。

 それにしても。

 漸く得られた二人きりの貴重な時間。

 こんな形で邪魔をされては気分が悪い。

 腹いせにジャブを打つ。

「へぇ〜、営業職っていうのは随分と長い昼休憩が取れるんだな。お気楽でよござんすね」

 空気は一転、物々しい雰囲気が漂い始める。


「お前……まだトウコに付きまとってるのか」


「人聞きの悪い言い方はやめてくれません? 無理強いしてない証拠にSP谷田部氏の警護も無かったでしょう? しかも見ての通りオレは昼飯の、そして彼女はお茶の真っ最中。和やかに一つのテーブルを囲んでね」


「嘘を吐くな。谷田部の目を掻い潜って無理矢理にでも座ったんだろうが!」


「おー、怖い。沸点の低い男は嫌われますよ。例え恋人同士でもね」


「くっ……行こう、トウコ。こんな奴と一緒にいるだけで気分が悪くなる」


「おや、彼女の意見は完全無視ですか? それは、横暴すぎやしませんかね。そこのところ、どうお考えで?」

 事態を見守る彼女に意見を乞う。

 どうやら今日は奇跡に次ぐ奇跡が訪れるらしい。


「あっくん、話の途中なの。席は立てない」

「何……言ってんだよ……」

「私のことは心配せずとも大丈夫。用が済み次第、即刻帰る。だから、仕事に戻って」


 柔らかな微笑みとは裏腹の諭すように静かな声。

 彼女への庇護欲に別の感情が加わる彼ピッピ。

 怒りの矛先が在らぬ方向へと舵を取りそうだ。

 カフェラテで喉の詰まりを流して注視すると、

「コイツに用があるなら、俺も聞く。いいだろ?」

 複雑な心境を押し殺して提案してきた。

 さすがは三十路のおっさん。

 平静を保つスキルだけは無駄にある。

 しかし、彼女の次の言葉には敵わなかった。

「これは、この人と私の問題なの。だから、席を外してください……ごめんなさい」

 淡々と語る物言いと追い打ちをかける謝罪。

 遂に彼ピッピの堪忍袋の緒が切れる音を聞く。


 お怒りはごもっとも、だろう。

 疚しさは皆無だが、彼氏の知らぬ間に男と密会。

 バレても内容を一切語らず、同席をも拒否。

 そりゃ、声を荒げたくもなる。

 どうして真実を話さないのか、謎でしか無い。

 隠したがるその理由を知る権利。

 それはこのオレにも有るのだろうか?


 何はともあれ、どうするべきか、この重い空気。

 客は元より、訝しむ店員の視線は非常に困る。

 ここは休憩時間のオアシスの一つ。

 出禁を言い渡されるのだけは御免被りたい。

 そして。

 今後に繋げるならば、恩を売るのが得策だろう。


「お取込み中に悪いけど、飯の途中なんですよね」

 あ、と気付きバツが悪そうに縮こまる彼女。

 対して興奮冷めやらぬ彼ピッピ。

 後輩氏にも宥められて険悪なムード満載。

「出直します。話の続きは後ほど……」

 荷物を持って彼ピッピを連れ出そうとする彼女。

 ドリンクに手を伸ばすも、制止するおっさん。

 何が盛られてるか分からない、との警告付きで。

 ご丁寧にどうも。

 信用ならない事をしでかした罰が、これ。

 自嘲するように薄く笑うと、

「私が注文した物なの、持っていきます」

 毅然とした彼女の応えにぐうの音もでない彼氏。  

 意図せず救われる身としては有り難い限りだが。

 もうそろそろ、良いんじゃね?

 ここら辺が潮時ってもんだろ?

 心証に配慮した態度や口調に別れを告げる。


「あのさ、いい加減、諦めたらどうよ?」

「はぁ? お前が言うか、このクズ野郎が!」

「オッサンじゃなくて、アンタだよ――」

 夏見トウコさん。

 これまで口に出せずにいたその名を初めて呼ぶ。

 ハッとして振り向く彼女と視線が合う。

 拗れるだけ拗れて別れてくれれば万々歳。

 そう願う一方で湧く感情を何と呼ぶ?

 ここは〈惚れた弱味〉の一言で片付けておこう。

 嫌々ながらも対話に応じてくれた彼女の為にも。


「アンタが何一つ説明しないから拗れてるんだろ? さっさと打ち明けろよ。美容室ウチへの予約を入れてただけだ、って」

「それは……どういう事だ?」

「去年のGW頃にウチでヘアアレンジしたらしく、それと同じ髪型に仕上げてくれって依頼されて都合をつけてたんだよ。それを秘密にする理由は分かり兼ねますがね」

「よりによって、どうしてコイツの勤める所に……あれ? その頃って……まさか、あの日か!」

「何か知ってんのかよ、オッサン」

「うるせー、お前は黙ってろ」

 経緯を話しただけで邪魔者扱いの理不尽さよ。

 その側で、暫し頭を抱えて唸る彼女。

 観念したように一つ頷くとその理由が語られる。


 この度迎える交際一周年記念&彼ピッピの誕生日に向けてサプライズを画策する最中、とある美容室から配布物を受け取る。

 そこは、遡ること一年とひと月、ATMの列に並んでいる最中に半ば強引に連れ込まれて神憑りアレンジを施された店舗。

 しかもその日に恋が成就した縁を思い出し、予約が可能か声を掛けてみた。が、応対者が在ろうことかオレである上にまさかのターゲットも出現。

 どうにか誤魔化して事なきを得ようと宥めるも、敢え無く失敗、そして今に至る――と。


「お祝いなのに何一つ渡せない、ならばあの日の髪型で出迎えよう……そう考えたら居ても立っても居られなくなって……電話をすれば事足りるのに、目先の欲が勝ってしまって……」 


 あぁ、最悪だ。

 知りたくもない馴れ初めを聞く羽目になるとは。

 おまけに、秘密の共有時間は十五分の儚い命。

 ここで、唐突に蘇る記憶。

 ちょっと、待て?

 その強引な美容師の一人って、オレなのでは?

 オレだな、間違いない。

 ウソ〜〜ん!

 あの時、丁寧に対応していたら、と後悔する。

 彼女との関係も違っていたのかも知れない、と。


「この人の言う通り、先に伝えるべきだった。ごめんなさい、あっくん……」

 彼女の言葉を皮切りに始まる謝罪の応酬。

 三十路おっさんのデレ顔が気色悪いったらない。

 傍らに立つ長身SPが深いため息をつく。

 おい、そこのふたり。

 イチャコラを見せられる赤の他人ひとの気を知れ。


「では、ご来店を楽しみにお待ちしております。当日は、入店からお帰りになるまで誠心誠意尽くして参りますので、ご心配なく」

「いえ、そちらの手を煩わせる気は毛頭ありませんので、他の職務を全うなさってください」

 指一本たりとも触れさせぬ強い意志を含む言葉。

 ぶり返した激塩対応で立ち去る彼女。

 黙って見送るしかない立場は変わらない――が。

 か細く儚い縁は辛うじて繋がり続けそうだ。

 今後に淡い期待を抱き、ひらひらと手を振る。 


「余計に拗らせるな、馬鹿者が」

 高みからペシッと頭を叩かれる。

 長身の後輩氏の掌は、なかなかにデカい。

「結果良ければ全て良し、でしょうよ」

 乱れた髪を撫で直し、残るカップに口をつける。

 彼女との再会が縁で関わるようになった後輩氏。

 この力量も無視できない。

 使える駒は何でも使う。

 ずる賢い生き方はもう少し治りそうにない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

I'm in love? 〜“一目”ならぬ“二目”惚れから始まる俺の日常〜 Shino★eno @SHINOENO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ