習作:黄金のプリン戦争

ナシノ

第1話

我々は今日も幸せを求めて戦争をする。


今をときめく、とある超有名スイーツ店の高級プリンが、冷蔵庫の奥深くに宝物のように隠されているのを発見した。


おしゃれな銀色のラベルが貼られた透明な容器の中で、金色のプリンが魅惑的な輝きをはなっている。


冷蔵庫から取り出すと、黄金を手にしたかのように胸を高鳴らせながら、輝くそれを見つめていた。


このプリンを食べたことがある友人のことを思い出す。


「食べた時の事を思い出すだけで、体が熱くなって夜も眠れなくなるの」


恥じらいながらも語る様子は、まるで恋する乙女のようで、私はこのプリンのことがとても気になっていた。


食べてみたい。

きっと幸せな気持ちになれる。


無意識のうちに蓋を剥がそうとして、ハッと思いとどまる。


蓋に"姉"と書かれ、マーキングされてあった。


これはお姉ちゃんのものなのか。


お姉ちゃん。

それは、私にとって恐怖の象徴。


暴力の権化。

魔王。

鬼神。

死神。


お姉ちゃんを怒らせた時、私は、地獄を見ることになるのだ。


手が震えている。

蓋から手を離す。

諦めよう。


お姉ちゃんを怒らせてはならない。

怖い思いはしたくない。


私は、顔をうつむかせて、涙に潤んだ視界でプリンを見つめる。


さようなら。


あなたのことは好き。

けれど、お姉ちゃんには逆らえないの。


ゆっくりと、愛しい気持ちを心から引き剥がすように、プリンを冷蔵庫に戻そうとしたとき、声が聞こえた。


それでいいのかい?

「え?」


黄金に輝く美しいプリンが私に語りかけている。


姉を恐れて、そうしていつまでも望みを、夢を、幸せを諦め続けるかい?

「……でも、だって、あなたは姉の恐ろしさを知らないから」


恐怖に負けずに立ち向かう姿を、私は美しいと、そう思うよ。

「……」


「私は、私は……」

君の本当の望みを言ってごらん。


プリンは、まるで、私を勇気付けるかのように、優しく輝いている。


「私は……、私は強くなりたい」

前を向く。


「私はもう恐れない」

もう姉に怯えるだけの弱虫な私は捨てるのだ。


姉に負けない強い心を持つのだ。

幸せをこの手で掴み取るために!


そう、これは革命なのだ!

圧政に苦しむ人々が、反旗を翻すように!

お姉ちゃんに、空になった容器を見せつけてこう言ってやるんだ!


もうお姉ちゃんなんて怖くないと……!


「私は、プリンを……食べる!」


意を決して、蓋を剥がした。

蓋のテープが剥がれていく音は、まるでわたしを祝福しているかのよう。


スプーンで、ゆっくりと慎重にプリンを掬う。


最初の一口は、至高。


さながら、シルクを食べているかのような柔らさが舌を包み込み、上品な甘さに頬っぺたがジンジンとする。


ああ、なんて、幸せなんだろう。


早く次をと急く気持ちを抑え、一口一口、幸せを噛み締めながら味わっていった。


プリンを食べ終えて、わたしは幸せに浸る。


しかし余韻を楽しむ間もなく、時が来た。


「ただいまー」


玄関から姉の声。

鼓動が早くなる。


さあ、来たぞ。

覚悟はできている。


後悔はない。

これは革命なのだ。


もうお姉ちゃんなんか怖くない!

私は恐怖に打ち勝ったのだ!


「あれ、いたんだ」

「……おかえり」


「プリンプリンー」

調子良く口ずさみながら、冷蔵庫へ向かっていく。


機嫌がよさそうだ。

ガサゴソと冷蔵庫を漁っている。


「あれ?」


空の容器を強く握りしめた手に汗が滲んでいる。

お姉ちゃんは、冷蔵庫の扉を静かに閉めると、音もなく私の前に立った。


先ほどまでの上機嫌さはどこへいったのか、恐ろしい程の無表情で私を見ている。


さあ、いよいよだ。

まずは、この空の容器を見せつけるのだ。

さあ、高らかに!


「わたしのプリンしらない?」

全てが凍りつかせるような、絶対零度の声音が響いた。


氷水を頭から被ったかのように、冷静なった私は自分の行動を振り返る。


……私はただ姉のプリンを横取りしただけじゃないだろうか?

私はなんであんなことを……?

プリンが食べたかったから……。


冷や汗が流れる。

「しらない」


目を逸し、泳がせながら答える。

いかん怪しすぎる。


「……へえ。じゃあ誰が犯ったか知ってる?


「し、し、しらない」

どもってしまう。


怪しすぎる。

お姉ちゃんと目を合わせられない。


「あんたが食べたんじゃないんだね?」

「う、うん! 私食べてない!」


なんとか誤魔化し切るしかない。

姉のもたらす地獄だけは見たくない!


私は、真実の光(偽)を灯した瞳を見せるべく、意を決して正面を向い———。


「口にプリンが付いてんだよおおおおおお!!」


殺人も辞さないといった勢いのグーパンチが、頬にめり込む。

きりもみになって吹き飛びながら、私は意識を失った。



目がさめると、憤怒の顔で仁王立ちをしているお姉ちゃんが目の前に立っていた。


すでに窓の外は暗くなっている。


どれだけ気を失っていたのだろう?

プリンを食べた時は昼間だったはずだ。


もしかしてお姉ちゃんは、ずっとこうして立っていたのかしら。

怖い。


「正座」

「はい」


即座に従う。


「代わりのプリンを買ってきなさい」

「わかりました。朝一番に———」


「いますぐ」


時計を見る。

確か、あと10分で閉店の時間だ。


泣きそうな顔で姉を見る。 

「手に入るまで帰ってくるな」


有無を言わせぬ、容赦なき口調だった。

「はい」


わたしは頷くしかない。

一筋の涙が頬を伝う。


ーーーどう考えてもわたしが悪いやんけ。

わたしはいつもこうだ!

落ち込む。


仕事から帰ってきたお父さんに頼み込んで車を出してもらい、なんとか閉店ギリギリにプリンを手に入れることができた。


家に帰って、お姉ちゃんに返上する。

「ごめんなさい」


お姉ちゃんは笑った。

「あんたは馬鹿だけど勇気あるし悪い子じゃない」


傷心にしみる言葉だった。

お姉ちゃん大好き。

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習作:黄金のプリン戦争 ナシノ @rararuruka

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