第3話 二階の男

大家は男の申し出を渋々ではあるが了承して帰って行った。

すると、また直ぐに玄関が開く音がした。誰だろうと思って、下を覗こうとすると、男が慌てた様子で階段を駆け上がって来るのだ。

「僕が大家さんを追い払ったんだ。次は君が彼をなんとかするばんだ」

そう言って男は部屋の扉を閉めた。

「先生~高橋ですけど~原稿取りに来ましたよ~」

あの慌てぶりだ。原稿はまだ出来てはいないのだろう。

男が言うように、大家を追っ払ったのは彼だ。

「次は私の番か・・・」

妙な使命感で私が一階に下りていくと高橋なる男は、勝手に家に上がって来た。

「君!勝手に人の家に入って来るなんて失礼じゃないか」

高橋は私の声に、耳を傾ける事もなく、二階ではなく、奥の台所へと向かっていくと、冷蔵庫を開けた。

「君!」

「麦茶、頂きますよ」

あろう事か勝手に冷蔵庫まで開けて麦茶を飲むといった具合だ。

「全く・・・先生にも困ったもんだ」

「あの男には私も困っいるんだ」

 高橋は、疲れた様子で椅子に腰かける。

「締め切りを守ったこともないし・・」

「君も大変なんだね」

なんだか疲れ切った顔をした高橋を、少し気の毒に感じていた。

高橋は麦茶を飲むと、よほど疲れていたのか、テーブルに顔を埋める様にして眠ってしまった。

台所に来たついでだ。男に冷たい麦茶でも持って行ってやろうと、私はコップに麦茶を注ぎ、二階に持って行った。

考えてみれば、同業者といってもいい。男がどんな話を書いているのかは知らないが、もしかしたら仲良くやっていけるかもしれない。

そっと襖を開けると、男は机に向かっていた。

「麦茶、置いておくから」

私の言葉に返事すらしない。

いつの間にか、すっかりと外は暗くなっていた。

「ねぇ、君に話しておかなきゃならない事があるのだが・・・」

ペンを置くとおもむろに男は口を開いた。

「なんです?」

「君と僕だが・・・おかしいとは思わないかね?君はいつの間にか僕が二階に居たと思っているだろうが、これらの荷物がいつ二階に運び込まれたか、不思議には思わなかったかい?それに高橋は僕の原稿を毎回取りに来るが、君は一度でも高橋に会ったことがあったかい?」

私は混乱してきた。よく考えれば、私は大家に家賃など支払ったことがないだ。

「じゃ・・・私は誰だって言うんだ」

私が更に混乱していると、高橋が上がってきた。

「先生、もう待てませんよ」

男は、原稿用紙を高橋に手渡す。

高橋は原稿を読んでいる。

「僕の住む、おんぼろ一軒家の二階に、見知らぬ男が勝手に住みついた話なんだけれどね、どうかな?」


               完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二階の男 tori tori @dodo44

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ