第2話 男と私

「此処は、私が借りている家です。いい加減出て行ってもらえませんか?」

私は男を見るなり、勢いよく言った。

男はといえば、全く悪びれた様子もなく、寧ろ堂々としている。

「貴方が此処を借りている証拠が何処にありますでしょうか?」

「どっ・・・何処にって・・・毎月決まったお家賃を、大家さんに払っています。疑われるなら、大家さんに聞いてみるといい。それに貴方、一体何者なんですか?」

「何者って言われましてもね」

男は頭を掻いて、困った様に私を見ている。

「貴方は家賃を支払っているのが証拠だとおっしゃいましたがね、何故僕が家賃を払っていないと言えるんです?」

この男は涼しい顔をして嘘をついている。

「いいでしょう、貴方も家賃を支払っているとおっしゃるなら、今日家賃の支払い日で、大家さんのご自宅に伺う所だったので、ご一緒しましょう」

男はその言葉に怯むどころか、名案とばかりに手をポンと叩いた。

「いいでしょう。行きましょう」

男があっさり快諾したので、なんだか薄気味悪くなってきた。

とは言え、威勢よく言ってはみたものの、手持ちがない。

家賃の支払いはいつも遅れがちで決められた日に払えた試しがなかった。

気まずい思いで男をちらりとみると、男は財布の中を見ながら頭を掻きむしっている。

「もう少し待ってはくれませんか?今手持ちがないのです。じきに原稿料が入りますから」

男は照れ臭そうに笑いながら言った。初めは少々無愛想な男に見えてはいたが笑うとなかなかチャーミングな男であった。

なにより、男が私と同じ、物書きであった事に驚いたのだ。

「小説家ですか?」

 男は、右手をブンブンと振った。

「小説家だなんて、格好のいいものではありませんよ。三文雑誌に短編小説をちょこっと載せてもらっている程度のもんですよ」

一日中家に居たのは、モノを書いていたからだったのだ。

暫くして、玄関が開く音がした。

「いらっしゃるかしら?近くまで来たので家賃頂きにまいりましたの」

大家の声であった。小心者の私は、居留守を決め込もうと、息をひそめたというのに、男は呑気にはーいと返事を返した挙句、一階に下りて行ってしまった。

私は階段の上から、下の様子を伺っていた。

「あら、いらっしゃってたの?」

「すいません、大家さん、今持ち合わせがなくて。明日必ず家賃もっていきますので、一日だけ待っては頂けないでしょうか?」

「全く・・・これで何回目です?まぁ、ご職業柄仕方がないのかもしれませんが、必ず明日お願いしますね」

男の言っていた通り、男はこの家の借主であった。

大家め!勝手に入居させやがって・・・。

腹が立つものの、今月の家賃を支払ってない身だ。支払いの際は、文句の一つも言わなければ・・・。





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