わらわの死体をわらうでない

naka-motoo

未来が大事としれたなら一じもへんじも片時も急ぎて後世を願うべし

 後世ではわらわたちのするような所業を異世界とかファンタジーとか言う絵空事としてしか描けんそうじゃな。


 たわ事もたいがいにせえよ。


緑子りょっこ、昨夜の敵襲で何人死んだ」

「ひいさま、50人です」

「すると生存は後250人か。青子しょうこ、弔いはどうした」

「ひいさま、火葬が無理なので土葬にしました」

「穴はどうしたのじゃ」

「発破で開けました」

赤子せきこ、食糧は?」

「尽きました」

「・・・・・・なんじゃと?」

「尽きました」

「そんな訳なかろうが。乾物と乾飯が全員の三日分はあったはずだ。口に含んで噛み締めながら食えば満腹感も得られる」

「無くなりました」

「水は」

「尽きました」

「・・・・そんな訳なかろう?では、果菜は?」

「くい・・・・・尽きました」

「赤子」

「はい」

「文の法律が間違っておる。『食い』と来れば自発の用法であろうから『尽くしました』ではないのか」

「食い尽くされました」

「主語が無いぞ」

「食糧が食い尽くされました」

「だから食べ物が自発的に食われようとする訳がなかろうが」

「ひいさま、果物が甘いのは種を鳥や獣に運んでもらおうとして果物自身がアピールしておる・・・つまり食われようとしているのですよ」

「そうそう。ウチら子供の頃からそう聞かされて育って参りました。のう?青子」

「まことまこと。実の中の実ですよ〜」

「おのれら、食ったな。飲んだな」

「食われたのですよ〜。飲まれたのですよ〜」

「・・・・もうよい」

「おお!ひいさまのお赦しをいただいたぞ!」


 この3人はなぜにこんなにあんぽんたんなのじゃ。


 たみに顔向けできんわ。


 じゃが、事実を告げねばのう。


「皆のもの。聴いておくれ」


 わらわはほとんど半裸状態になった老若男女の前に立って語ったのじゃ。


「すまぬ。食糧は尽きた。わらわが食うてしもうた」


 さて・・・・・石つぶてを浴びようかの・・・・・・


「ひいさま!是非もないことでございます!ひいさまは我々のために不眠不休飲まず食わずで我らに安眠と食糧を譲られていくさに臨んでこられました。我々がひいさまを責めることなどどうしてできましょうか」

「すまぬ。そういう問題ではないと思うのじゃ。わらわは四方の外敵からそなたらを守り且つ敵を滅ぼすにあたって信託を得た身でありながらそれを裏切ってしもうた」

「ひいさま!ご自分をお責めにならないでください!我々はもとより死んでもやむなしと思い、この国もろとも滅びる覚悟でおりました・・・それを燦然と輝くゲカキツ国の皇太子にお嫁ぎになられた身でありながらこうしてお戻りくださりいくさに身を投じてくださっただけで・・・それだけで死したとしても未来永劫感謝の念を捧げる次第です」

「わらわの父も兄たちも皆を護ることができなんだ・・・護国の神の信託にも応えることができなかったのじゃ・・・わらわこそ誠に済まぬことをした」


 さて。


 わらわは概ねほんとうのことを言ったが・・・・・・・責任と義務を負う者ならばやはり言わねばならぬな。


「わらわも、この3人の者共も食糧を一緒になって食うたのじゃ。すまぬ」

「ひ、ひいさま!う、ウチらを道連れにするのですか!?」


 緑子・・・・・・


「ひいさま!ウチも心外ですぅ!ウチが食べた量はみんなの1/5以下ですぅ」


 青子・・・・・・


「ひいさまぁ。ウチは好むものは食べずに好まぬものばかり食べておりましたぁ。緑子や青子よりも罪が軽いと思いますぅ」

「こ、こら!赤子!自分だけ卑怯だぞ!」

「卑怯などとどの口がいえるのだ!ひいさまぁ、ウチは甘ーい柿が大嫌いでございますぅ。ですから柿を重点的に食べて苦瓜にがうりは残しましたぁ」

「童子の好き嫌いか!」


 わらわはもう一度皆に謝ったよ。


「すまぬ。どのような罰でも受け入れる。皆のしたいようにわらわにしてくれ」


 静寂か・・・・・


 静寂が一番怖い。


 無視が一番怖い。


 我慢とて仏の嫌わせ給う自慢あればこれを慎みたまうべしというが・・・・皆はわらわを恐ろしく思って何も言えぬのだろうか・・・・・・


「ひいさま。何もございません」

「わらわを恐れておるのであろう」

「いいえ、違います。緑子さまも青子さまも赤子さまもひいさまのお側で盾となり矛となりこの国を護って来てくださいました。それだけで十分です」

「ほんとほんと!いやー、ウチらのことをよく分かっておるわ!」

「黙らぬか!赤子!」

「すいませぇん・・・・ひいさまぁ・・・」

「ひいさま・・・・どうぞ緑子さま・青子さま・赤子さまをお叱りにならないでください。育ち盛りの女子であるお三方にも大変なご苦労をおかけしたのですから、もう今までのご献身のみで十分でございます」


 育ち盛りというが・・・・・3人の平均年齢は5千歳なのだがのう・・・・


「だが、このままだとわらわの大切な母国が滅んでしまう・・・・・ならばせめて皆と運命を共にさせてはくれまいか」

「いいえ!ひいさまはお逃げになってください!お嫁ぎ先であるゲカキツ国にお帰りになってください」

「それは無理だ」

「なぜにでございますか?」

「離縁されてきたのだ」


 お・・・・・

 皆、仰天しておるな。


「り、離縁とは・・・・・そこまでしてひいさまは・・・・・・もったいないことでございます・・・・」

「それゆえわらわはもうこの故郷以外戻る所もないのじゃ。どうか皆と共に最期まで居らせてくれ」

「ふざけるなあ!」


 お。

 凱旋がいせんか・・・・・・・


「今頃もうどうにもならぬなどと言い出すなあ!」

「凱旋。そなたの父母は火を放たれて死したのであったな」

「父上母上だけではない!妹が!」


 ああ・・・・・・そうであった・・・・・


「すまなかった。わらわはどうすればよい」

「元に戻せ」

「・・・・・・・・できぬ」

「なんとしても元に戻せ」

「すまぬ・・・・・わらわの無能のためにそなたの大事な父母も妹も・・・・・じいさまばあさまも皆、死なせてしもうた」

「何人死んだと思っとる!」

「・・・・・・三年間で1,232人じゃ・・・・」

「1,236人だ!おのれら4人、今すぐ自害しろ!」

「・・・・・・・・」

「いいや!自害では俺の怒りが収まらん!俺がおのれらを刺し殺してやる!」

「・・・・・わかった。構わぬ」

「やめろ、凱旋」


 ?


 誰じゃ?


力人りきんど!口を出すな!」

「凱旋。ならばお前は何をした」

「な、なんだと!」

「お前は確かにまだ14歳の子供といえば子供だ。だが、思い出してみろ。ひいさまが3年前、この国にお戻りになった時お幾つだったと思う?」

「う・・・・・・・14じゃ」

「おのれと同年ではないか」

「うう・・・・・」

「よいか。武家だろうが農家だろうが漁師だろうが我々はこの国の一員だ。17になられたばかりのひいさまにおのれはそういうことを言えるのか。おのれは火を放たれた時にどうしたのだ」

「み、水を運んだ。隣近所が手伝ってくれて一緒になって必死に火を消そうとした」

「だが、火に飛び込んではおらぬ」

「うう・・・・・・・」

「冷静な判断であったことは間違いがない。飛び込んでもおのれも死ぬだけの話だ。だが、ひいさまがこの国に戻ってきたのは・・・しかも離縁されると分かっておってまで戻ってきたのは、火に飛び込んだも同然ではないのか?」

「じゅ、14ならまだやり直しがきくであろうが!子供もおるわけでもなかろうに!」

「おられたのだ」

「えっ・・・・・・・」

「ひいさまは13で皇太子さまのお情けを頂戴して14で男子をお産みになられたのだ。ゲカキツ国の将来の君主だ。その愛らしい王の子と永遠の別れをしてまでも・・・・・我々を救いにお戻りになられたのだ。それにな、従者のお三方もな」


 ああ・・・・・

 力人、緑子と青子と赤子のことも言ってくれるのか・・・・・


「お三方も出発に当たってゲカキツ国に自らの墓標を建てられ、墓の中に髪を遺髪として切り落としてきておられるのだ」

「そうだそうだ!ウチらが髪を落としているのは尼さんだからではないぞ!」


 ・・・・・まあ、尼というよりは5千年生きとる妖怪みたいなものだがな・・・・


「な、なら力人!お前はどうするんだよ!」

「さあ」

「な、なんだと!?」

「分からぬのだ、自分では。ただ、ひいさまならばお分かりになる」

「じ、自分の運命を自分で決めずに17歳の女子に託すのか!?」

「ならば訊こう。何歳なら託せるのだ」

「ひ、人に託すのではなく、自分で決めればよいのだ!」

「ほう。ならば凱旋。お前に託した。お前が決めてくれ。俺の行く末を・・・・・・」

「う・・・・・」

「俺の行く末を決めるということは俺の舅さまと姑さまの行く末も決めるということだぞ。俺も実の父母と妻と、兄貴兄嫁は死んだからな。俺は残ったふたりの年寄りの生き死ににも責任を持たんとならん」

「な、ならば、敵を討ち滅ぼそう」

「凱旋。武具も何も無い中でひいさまとお三方が唯一の武力となって敵からの攻撃を防いで防いでこれまで凌いできたのではないか。そうでなければ宣戦布告を受けた三年前のその瞬間に全滅しておるわ」

「さ、最初に死んだ奴らが一番幸せだった!生き残った我々は塗炭の苦しみを味わって生きて来たではないか!」

「凱旋、それはお前が天涯孤独になったからだ。まだ子も親も夫も妻も生きている人間が残った250人の中にいる」

「う」

「そういう者たちにも死んだ方がよかったと言い切れるのか、お前は」

「う、う、う」

「家族でないとしても、お前には生きていてくれてよかったと思えるものはおらぬのか」

「お、俺は家族が居らぬ今となっては・・・」

「アタシが居るよ!」


 ?


 あ、華乃かの、か?


「な、なんだよ、華乃。何言ってんだよ」

「ひいさま。華乃でございます。でしゃばったことを申し上げますが、わたしはひいさまに感謝しています」

「なぜじゃ?」

「ひいさまのお陰で凱旋だけでも生きてくれています」

「華乃。そなた、凱旋を好いておるのか?」

「はい。怒らないで頂けますか。仮にこの国が全滅したとしても凱旋を生かしておいてくださっただけでひいさまに感謝します」

「俺はこの女のお陰で生き残ったわけじゃない!」

「女って言うな!あほ凱旋!」


 わらわは償いをせねば。


 わらわが結局は役に立たなかったことを。

 皆を救えなかったことを。


 ・・・・・・・・そうなのかの?


 わらわは全くの役立たずだったのかの?


 わらわが舅・姑であるゲカキツ国の国王さま・王女さまに自ら離縁を願い出てまで故国を救おうとしたことは無意味であったのかの?


 舅・姑である国王さま・王女さまは、嫁ぎ先の繁栄だけでは不十分でお里の繁栄もない限りそれは本当の『平和』ではないとおっしゃってくださって、離縁せずとも助けに征くがよい、皇国の近衛兵を出しても構わぬとまでおっしゃってくださったそれを・・・・・・・『皇太子さまが将来お治めになる皇国の国民を不幸にするわけに参りません。けじめですから』と断って、坊やとも二度と遭いませぬと誓って出立して参ったことが、すべて・・・・・・・


 すべて夢まぼろしの間なり、であったのかの?


「力人」

「なんですか?ひいさま」

「力人の意見を聞かせてくれ。わらわは皆を戦闘に巻き込むことはなんとしても避けねばならぬと四人でのみ敵に当たってきた・・・・・今、この時に至っては、徴兵すべきであろうか?」

「ひいさま。わたくしの意見としてお聞きください。徴兵ではなく、志願兵のみとすべきでしょう」

「志願」

「ひいさま。お怒りにならずにお聞きください。兵糧も尽きたここに至っては、戦闘でなかったとしても、いずれこの国は滅びます」

「・・・・・・・ほんとうにすまぬ」

「更に申し上げれば仮に残った国民250人全員を老若男女問わず戦闘に投入したとしても全滅は避けられないでしょう」

「力人もか」

「はい。敵は総勢3万。100倍以上です」

「わらわたち4人で三年間持ちこたえたが」

「それがすべてです。ひいさまたちが全力を傾け続けて、だからこそ国民が死ぬスピードも1,232人/3年に抑えられたのです。そこに凡才であるわたくしが加わったとしてもわたくしは数分ともたぬかもしれません」

「わかった・・・・・・引き続きわらわたち4人でやろうぞ」

「いいえ」

「なんだ?」

「わたくしも参戦いたします」

「力人。なぜだ。自ら無駄だと言ったではないか」

「無駄とは申しておりません。もしかしたらわたしが参戦することによって全滅が一日伸びるかもしれません。そうすればもしかしたら敵国が例えば疫病の蔓延によって滅びるかもしれません」

「!」

「あるいは滅びぬまでも外の国まで遠征して戦闘をしているどころではなくなるかもしれません。そうすれば」


 ああ・・・・・・・・・

 なるほどのう・・・・・・・


いくさが終わります。その時点で生き残っている国民はそのまま生きて行くことができます」

「わかった」

「もっと言うと、仮にわたくしが稼げた時間がコンマ1秒でしかなかったとしても、そのコンマ1秒の間に、華乃という女子のシナプスが、この世を救う方法を思考するための接続をするかもしれない」

「ああ・・・・・・わらわも分かった。もしそのコンマ1秒の瞬間に華乃と凱旋が交わっていたとしたら、ふたりの子を受精しておるやもしれぬの」

「な!」


 凱旋。


 14なのに分からぬのだのう・・・・・・

 わらわは13で合点しておったというに・・・・・・


「では、参ろうぞ、力人。いざ敵陣へのう」

「はい」

「参りましょう!参りましょう!ひいさま、力人が加わればウチらが死ぬ確率がほんーの少し減りまする!」

「あ、あの・・・・・俺も・・・・・」

「なんじゃ、凱旋」

「俺も、戦う」

「要らぬ」

「えっ・・・・・・・・」

「『戦え!』だとか『戦う!』などという言葉を、いくさの本当の意味も分からぬ者がほざくではないぞ」

「で、でも・・・・・・・」

「要らぬ、と言ったのだ。同じ14でも華乃は既にして大人としての見識を備えておる。それに比して凱旋、そなたは」


 我らは


「まるで子供だのう」














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