第4話 少女入り

 翌日、木谷は平に起こされた。

「起きろ。もう朝だ」

 木谷はぼんやりとして携帯電話を使うのを忘れている。

「喜べ。貴様を戻す名案が浮かんだ」

 平がフッ笑うと、木谷は言葉を理解して飛び上がった。

「さあ、髪を切るぞ!」


 *


 平は木谷を持って外に出ると、玄関と門の間の地面に新聞紙を敷いた。そしてその上に木谷を載せる。

『どして』

 木谷は携帯電話を持っている。

「今朝散歩に出た時に思いついたのだ。これを見ろ」

 平は着物の袖から何かを取り出して、木谷の前に置く。

 ビー玉だった。透明で少しだけ傷がついている。

『これみた』

「そうか。ではお前が門の前に置いてくれたのか。私はな、小説のアイデアが浮かばない時はこいつを坂の上から転がして、それを探しながら思索にふけるのだ。それが昨日転がした後に見つからなくてどうしたものかと思っていた。感謝する」

『?』

「最近、私の小説に出てくる、髪の長い“誰か”をずっと考えていてたんだが、肝心の体がどうにも浮かばなくて悩んでいたのだ。それがやっと昨日、ビー玉を探している時に浮かんだ。つまり髪の体が見つかったのだ。そして昨日お前は髪だけになった。ここまで言えばわかるだろう」

『からだ、もどるの』

「髪を切れば戻るだろう。髪が長くなければならんのだから」

『伸びたら、またなる』

「それは問題ないだろう。この世に髪の長い人間は多い。おそらく今回は何かキッカケがあってそうなったに過ぎないはずだ」

『どうだろ』

「まあ、そうなったらまた切られに来い」

 平はハサミを手に持つ。

『さいごに』

「何だ」

『きのうの、しあわせはてきだというのは』

「ああ、あれか。あれはな、思い浮かんだ黒髪の人物が美しすぎて現実で見たら正気でいられる自信がなかったから気合を入れたんだ」

『あ、さよなら』

「だが幸せとは戦ってこその創造的――」

『りょ』

「おい飽きるな。……ではな」

 平は木谷の髪を切り始めた。


 *


 木谷はいつの間にか、自宅の玄関と門の間に立っていた。髪を触って確認すると、ショートくらいの長さになっている。

 ぐう。

 腹が鳴った。もう昨日の昼からずっと何も食べていない。

 自宅へ入ると、両親の言い争いが聞こえる。もしやと思い、玄関の棚にある置時計を見ると時刻は昼過ぎ。平に髪を切ってもらったのは朝だった。もしかすると髪になってからほとんど時間は経っていないのかもしれない。


 とりあえず、木谷はリビングのドアを開けて叫んだ。

「幸せは敵だ!」

 静かになったリビングへ入り、食パンの袋を持って出てくる。

「幸せとは戦ってこその何とやらだ」


 木谷は食パンをモシャモシャやりながら書店へ向かった。

 入り口のポスターが目に入る。


〈平 和――没後五十年記念フェア〉


 平に髪を切ってもらった時に載っていた新聞は、一世紀以上前のものだった。

 木谷はあの時から時間がおかしなことになっているような気がしていた。

 少女は、ショートヘアを揺らして書店に入っていった。

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黒髪少女の少女抜き 向日葵椎 @hima_see

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