本番前
「なあお前さん、お手洗いってどこにあるかわかるかい?」
部屋に戻ろうとしたところ、弦真は一人の青年に声をかけられた。
年は弦真と同じくらいだろうか。
「トイレならそこですよ」
弦真は指をさして指示する。
「おー、そこかそこか。ありがとな弦真君」
青年はそう言って、手をひらひら振る。
「あの失礼ですけどお名前を伺っても?それとどうして僕の名前を?」
弦真はけげんそうな表情で尋ねる。
「悪い悪い。俺は
てか今この会場に来てるやつで弦真君のこと知らん奴おらんしょ。
あの雪姫の騎士になったちゅう、軽い有名人やぞ」
響也は軽く驚いたような顔で言った。
「じゃ、また後でなー」
一方的にそう告げて、響也はトイレへと向かっていった。
「・・・有名人なのか」
自分の今置かれている特異な境遇を改めて理解した弦真だった。
「弓波様、雪姫様がお待ちです」
廊下をフラフラ歩いていた弦真に、スタッフが部屋の奥から声をかける。
「あ、はい。今行きます」
弦真は返事をすると、早歩きで衣装部屋へと向かっていった。
コンコン、と弦真が部屋の扉を叩く。
「お、弦真くん。おいでおいで」
「入るぞー」
舞雪に呼ばれ、弦真は小部屋の扉を開いた。
「うぉ、本当に舞雪か?」
「失礼な、本物ですぅ」
弦真は、美しくメイクアップされた舞雪の姿を見て驚きの声をあげる。
あとはドレスの着用で、準備は整う見たいだった。
「そう言う弦真くんこそ、喫茶店の店員見たい」
「うるさいな。自分でも似合わないのわかってるよ」
「似合ってないとは言ってないでしょぅ」
自虐気味に言う弦真をフォローする舞雪。
「それで、用件って?」
「あ、そうだったそうだった」
舞雪は、今思い出したとばかりに、足元においた鞄の中に手を入れる。
「これこれ。はい、どうぞ」
「お守り?なのか?」
弦真が舞雪から手渡されたのは、かなり年季の入ったお守りだった。
掠れていて文字の識別は不可能となってしまっている。
「うん、お守り。私のひいひいおばあちゃんの頃から、代々受け継がれてきたものらしいよ」
「そんなすごいものなのか。で、これを?」
「これ、弦真君が持ってて」
「は!?俺が!?」
弦真は驚いて舞雪に聞き返す。
「どうして俺がそんな大事なものを?無くしたりしたら殺される気しかしないんですが」
「いいの!いいから持ってろ!いいね!?」
「あ、う、うん。わかりました」
舞雪に返そうと伸ばした手を、無理やり押し戻され、弦真は渋々お守りを持っていることになった。
「じゃ、と言うわけで。私は今からドレスを着せてもらうから、またねー」
と、有無を言わせぬ舞雪に押し出されて、弦真は廊下に出る。
「なんだったんだ。一体」
弦真は小さく呟いてみるも、その呟きに答える者は、誰もいなかった。
マユキソナタ 富士蜜柑 @fujimikan
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