限界に挑め<リミットブレイク

石狩晴海

闘技も娯楽だ

「話は単純。戦えバトれ

 ただそれだけ」


「待てや、もう少し説明しろ」


 場所は灰色の闘技場。

 壁もなく彼方には地平線もなく、無限平面が敷かれている。

 ただし足元のグリッドは正方形ではなく正六角形。人間の感覚と効率ではなく、力学的な観点から形成されていた。


 案内と解説役の男は犬歯を見せながら楽しそうに言う。


「現出させる武装は最初の一回だけ。

 武装の制限として銃とかの近代飛び道具は無し。具体的には火薬の禁止。

 能力の飛ばしはあり。回復は無し。

 フィールドは地上と飛び上がれる高さまで。

 地面の硬さはパネル単位で結構ランダム。

 勝ち負けは、どちらかが戦闘不能で決着」


「ますます待てやぁ!

 藤太さんが相手とか、俺ぜってーに勝てねーじゃねーか!」


「カナト、これは勅命だ。

 そして勝敗よりも、如何いかに戦うかが重要だ」


 スーツ姿で糸目の対戦相手が静かにさとしてくる。


 叫んでいた学生服の少年は、文句をいくら並べても無駄だと理解した。最早何度目か解らない人生を諦める。

 こうなれば頭を切り替えていくしかない。

 諦めたらそこで終了だが、終わりから始まるものもあるのだ。


「おおうらぁ、やってやらぁ!

 ちなみに、火薬の分類だが雷管もダメなのか?」


「その質問の時点で何をしたいのかバレとるが、化学変化と錬金術の区別は難しいからNo。

 煙玉は無しな。やりたきゃ自前で煙吐け」


「ちっ、しゃーない。

 やるぞ、藤太さん」


 相手に頭を下げるカナト、糸目の男も応じて軽く礼。


 3人の年齢順は上から藤太を20代半ばとして、犬歯が20歳前後、カナトが10代後半といったぐあいだろうか。


 カナトと藤太では体格もかなり違う。圧倒的に藤太の有利だ。

 最初から敗北を嘆くのもうなづける話ではある。


 これが普通の格闘技であるのなら。


「ほいじゃ、戦士らしく名乗りからいくぞ。

 まずは立ち会い人のオレ、餓剣イーター

 常世の名はアンダルシア。

 起源オリジナルはファンタジーTRPGのセッションに出た魔力吸収の魔法剣アーティファクト

 外観モデル有翼ワーム百足ワイバーン

 魔王剣伍態『暴虐』に属する第四の魔獣。

 特技は牙の間にある麻痺の魔眼から氷雪ブリザードブレスを吐くこと。

 次、フラガさまどうぞ」


われは応酬丸。

 現在の名前は立川たちかわ藤太とうた

 起源オリジナル外観モデルは伝承の剣。

 魔王剣伍態のうち『漆黒』以外の全てに属する第二の輝閃。

 そして王覇の影である」


「カナト。ただのカナトだ。

 起源は盗掘屋。外観は普通の人間」


 唐突に糸目の男が覇気を発する。

 立っているだけなのに、空気が振動し床が揺れる。


「これは戦士の立ち会いだ。つるぎを名乗れ」


 熱くも冷たくもない言葉だが、切れ味は鋭かった。

 向けられた相手の心を切り裂かんとする殺気をはらんでいる。


 少年は両腕を交差して顔を庇う。足を開き踏ん張らねば気迫だけで吹き飛ばされそうになる。


「ぐっ……、ちくしょう」


 戦う前から格の違いを見せつけられている。


 やけくそになって主たちとの関係を叫ぶ。


「魔王剣伍態の一つ『無情』に属する肆の制動!

 そして『石版の司書』が携える鍵束の一つだっ!」


「ほいじゃ、武装解禁っ!」


 犬歯の男が柏手かしわでを打つ。


 それを合図に藤太が鎧を身にまとう。

 一見薄片鎧ラメラーメイルのようだが材質は不明。しっかりと兜を被り万全の防御だ。

 腰には大振りの剣を佩き、威風堂々としたたたずまい。

 なのより特徴的なのは、孔雀の尾のようなきらびやかな金属板を背負っている。


 対してカナトは、硬質素材の脚絆手甲に総合格闘技などで使われる指ぬきグローブ。胴体には防弾ボディベストを装備。ヘルメットはアクリルシールドが付いた機動隊仕様。

 おかしなのは、腰後ろに皮装丁の本が吊るされていることだ。


 アンダルシアが呆れる。


「お前さぁ。少しは自分の時代オリジンに合わせろよ」


「うるせぇ!

 アンサラー相手に形振なりふり構っていられるか!」


 相手に向かって走り出すカナト。


 どっぱっぁん!!


 そして水柱を上げて没する。


「おごどぼあごぉっ、ぷははぁっ!!

 なんじゃこりゃあ!」


 水から浮かび上がって絶叫するカナトに、指さしてアンダルシアが笑う。


「地面がランダムとはいえ、いきなり極端なに引っかかるとかwww。

 さすが薄幸チップラックの騎士www」


「草生やすんじゃねえ!

 接触するまで中身わかんねえのかよ。

 藤太さんの気迫で飛沫一つ立てなかったじゃねえか。

 外見で判別できないなんて、最悪過ぎるギミックだ!」


 六角形水槽をよじ登るカナトを見て藤太が剣を抜く。


「よくぞ先に動いてくれた。

 おかげで戦場が知れたぞ」


「礼ならいらねえっすよ」


 カナトは停滞波を逆転させた衝撃で全身の水滴を吹き飛ばし乾かす。


 構え合う2人の距離は4mヘックス


 少年はつま先だけで一つ前のヘックスを踏む。

 足先の硬い感触を確かめた時、無造作に藤太が近づく、切る。

 対してカナトは本を盾にして辛うじて受け止めた。

 無拍子での攻撃に、カナトの背中と額に脂汗がにじむ。

 来ると解っていてもタイミングが読めない攻撃をしのいだ自分を心の底から褒めたい。


「止まれっ!」


 本で受けた瞬間に自分の能力を全開放。

 魔導書で増幅された停滞波が藤太を拘束する。


 カナトの異能力は対象の速度を減少させる波動を放つことだ。

 生まれ育った世界では右てのひらからの数メートルの照射のみだった。

 『封龍機』に見出されてからは専用の魔導書をたまわり、能力の増強に反転作用も利用できるようになっている。


 さらには魔導書の”中身”も参照できる。


 カナトは革装丁に手を当てて、一気に引き抜く。

 不思議なことに、手と本の間に物質が形成された。

 魔導書から六角杖を取り出すと手首を返し、藤太に打ち掛かる。


 金属音が響いて六角杖が空中で止められた。


「さすが音に聞こえし応酬丸さま」


 カナトは一歩引いて汗を拭うと、魔導書をホルスターに戻し杖を両手で構え直す。


 攻撃を防いだのは中空に浮く一本の針剣。握りも無く上下ともに両刃もろはつるぎをしている。

 これは藤太の背中にある飾りから分離したもの。

 停滞波の影響を受ける前、戦闘が始まった時に一本だけ先に放っていた剣だ。

 この自在に空を飛ぶ剣が藤太の能力である。


 停滞波の影響が終わった藤太は、剣を構え直す。

 身体の周囲に針剣を浮遊させ、打ち込ませる隙きを一切見せない。


 停滞波はだいたい2秒ほどの効果しかない。魔導書で増幅しても呼気一つでは5秒程度。

 必死に念じればそれだけ影響も強く長く出来るが、単独の戦闘ではあまり利点がない。

 元より鍵開けや隠形おんぎょうの補助に使っていた斥候向きの異能だ。


 剣を遠隔操作できる藤太に対して、能力だけで対抗するのは愚策といえる。


 決め手フィニッシュブローを的確に当てるために、針剣の対処を優先すべきだ。


 長物持ちのカナトは手本の如く相手の膝を狙う。一歩踏み込み小さな払いの動作で六角杖を打つ。


 これに対して針剣が反応して防ぐ。


 カナトは小手を廻して逆サイドの腰に向けて杖を振る。


 藤太もそれを見越して剣で受ける。


 少年が更に踏み込み杖を旋回、半身をずらして杖の逆側で今一度相手の脚に打ち込む。


 連撃に対して、藤太は最低限の引き下がりで避けきった。

 感心して一声漏らす。


「戦力として十分な技量だ」


「お褒めに預かり至極光栄にござります」


 カナトも言葉では礼を言うが、内心は有効打がなかったことを悔しがっていた。


 ならば、と魔導書に触れ投げナイフスローイングダガーを取り出し投げる。


 針剣が自動的に感知して投げナイフと衝突する。


 この半呼吸の間に六角杖でのリーチをギリギリの突きで攻撃する。


 藤太は不動だった。

 六角杖が当たらないことが解っていたので、避けるまでもないと言わんばかりだ。


 この距離からカナトは六角杖を引き寄せ、大きく頭上に振りかぶる。

 大振りの打ち下ろし。


 針剣が戻る間も与えず強打を狙う。


 流石に藤太は一歩下がって避けるが、姿勢が不自然に崩れる。

 後ろに下がったパネルが弾力性のある材質だったのだ。

 足場の不全に体幹がれる。


 好機のがしてなるか。

 一旦地面を叩いた六角杖を反動で戻し、再度の突きこむ。


 驚くべきことに藤太は片膝の力だけで更に下がった。


 六角杖が空振りしたことをカナトが嘆く。


「肉体の基礎能力が違いすぎる。そんなのありか」


「カナトこそ攻撃手段が多彩ではないか。

 まだまだ攻め手はあるのだろ。見せてみろ」


「やるだけやりますよ」


「こちらも段階ギアを一つ上げるぞ」


 一言発した藤太が、針剣を更に追加で放つ。

 背面の金属板から細い金属が飛び出し風を切るが、かすかにしか音を発さない。

 同じ針剣でも視認性がとても低かった。


 カナトは今ので放出された数を8本と読み、六角杖をフルスイング。停滞波を放射状に打ち出す。


 これで5本は止めた感触を得て、再び藤太に接近する。


 武装の間合いを活かした突きを打つが、手持ちの剣で軽く弾かれる。

 カナトは横に転がり、カナトを追って動ける針剣が床に3本刺さる。

 そのまま2回転ほど転がって飛び上がる。今度の床はちゃんと硬かった。


 よし、8本であっているな。

 今の攻撃は針剣の数を確認するために出していた。

 これで具体的な対策に移れる。


 一度カナトは六角杖を手放し、両手を魔導書に当てる。

 戦輪チャクラムを呼び出し釣瓶つるべ打ちで四連。


 投げ方を4つ全部別々にすることで軌道をバラバラにする。

 個別にを描いて飛ぶ戦輪は、藤太に届く前に針剣たちで迎撃された。

 だがこれでよい。最初から戦輪は針剣に防御させるための牽制投擲だ。

 針剣は自立行動と藤太の操縦の二種類がある。複数挙動の防御には意識を割かざるを得ないはず。


 足先で六角杖を蹴り上げ握り、力強く払いを仕掛ける。

 途中で2本の針剣を巻き込んで、藤太の手持ち剣で受けさせる。


 隙きとなったカナトの背後から針剣が迫る。


 カナトは片手を魔導書に当て、今度は緑色したトカゲのぬいぐるみを背中に取り出す。

 針剣は盾にされたぬいぐるみに突き刺さり止まった。


 ぬいぐるみをその場に残してカナトはバク転2回。

 両者は間合いとって、再び対峙する。


 藤太が眉をしかめる。


「シリス様の似姿で何をした」


「そりゃもー『封龍機』なんだから封印でしょ」


 地面に落ちたぬいぐるみから生えた針剣は振動するばかりで、飛び立てずにいた。

 ぬいぐるみに触れた相手の能力を抑制する力があるのだ。


「よくぞ考えついたな」


「これぐらいしないと勝てないだろっと!」


 カナトは魔導書を手にすると強く念じる。


「同調、拡張!」


 言葉と同時にぬいぐるみが破裂して、他の針剣も地に落ちた。

 ぬいぐるみに刺さった針剣を媒介に他のものにも同様の効果を及ぼしたのだ。


 藤太の目がかすかに開く。


「文言は左舷『魅龍機』か。それだけでこれほどの影響を及ぼせるとは、素晴らしい研鑽だ」


 アンダルシアも口笛を吹いて驚く。


「いつの間に魔導書をアップデートしたんだ?

 よくやるねえ」


「あんたらが厄介事に引きずり込みまくるからだろうがぁ!」


 キレるカナトくん。


「強くならねぇと問答無用で死ねるから、こっちも頑張ってんだよ!」


 地団駄じだんだを踏むカナトくん。


「俺は荒事あらごと向きじゃないって何度言えば解るんだ、おらぁ!」


 ふむと考える藤太。


「対象に私も含まれているなら左舷後方全般に対しての憤慨か。

 以後は気に留めておこう」


 アンダルシアがぼそっと呟く。


「反応が面白おかしいから狙われるんだぜ。ぎゃは」


「ぜーはー、ぜーはー……」


 心中を吠えて鬱憤を発散させたカナトが呼吸を整える。


「よし、こんな無益な戦いは手早く終わらせようぜ」


 藤太は真正面から相手の言葉を否定した。


「いや、まだまだこれからだ。ゆくぞ」


 今度は藤太本人が切り込んでくる。


 素早い中段の横切りを六角杖で受ける。


 藤太は一度身を引き、逆袈裟で踏み込み直す。


 これは身をよじって避けた。

 反撃に六角杖を振り下ろす。


 鎧の男は頭上に剣を掲げ、攻撃を受けると同時に体当たりのような肘突きを放つ。


 肘はボディに当たりベストをへこませ、内部にまで衝撃を通してくる。


「くはっ……」


 達人技による”通し”をくらい、呼吸が詰まる。

 武術がある程度の技量を超えると、攻撃した箇所の”先”にまで打撃を与えられるようになる。これは裏当てなどとも呼ばれ、ガードで受けたり防具で防いでも中まで突き抜けてくる。


 カナトは受けた衝撃のまま、後ろに転がり間合いを取ろうと図る。


 追撃があるかと痛みに耐えて構え直すが、藤太はじっと動かなかった。


 応酬丸がゆるく嘆息する。


「確かに荒事には向かないな。この程度の攻撃を受けてしまうようでは。

 初撃を防げたのは偶然だったのか?」


「偶然も偶然。あんなの超幸運の出来事っすよ」


 最初の一撃を思い出し、素直に認める。


 ボディに受けた衝撃はまだ残っているが、骨がやられた感触はない。

 青痣ぐらいにはなっているだろう。それでも時間を稼げは痛みを無視できるまでには回復できるはずだ。


 できるだけ会話を長引かせようとする。


「今更の懇願なんですが。

 生粋の武具と違って、こっちは普通の人間なんだから手加減してもらえません?」


 横合いからアンダルシアが欠伸を噛み殺しながら割り込む。


「手を抜いたらこの戦いの意味が無くなるじゃん」


「元から戦いの意味がわかんねーんだよ!」


「それこそ今更だ。

 強者は余裕を持って、弱者は全霊で戦えってお達しなんだから」


 藤太が言葉を紡ぐ。


「最初に言ったはずだ。これは如何にして戦うかが目的なのだと」


「わかりましたよ。応酬丸さま。

 続きといきましょう」


 会話の間に痛み無く呼吸できるまでにはなった。

 後はどうやって藤太に一撃加えるかだ。


 針剣は能力を応用して使えば抑えることは出来る。

 問題はやはり藤太本人に攻撃が当たらないことだ。

 もっと踏み込んだ攻撃を考える必用がある。


 あれやこれやと方策を考えていると、先に藤太が動いた。


 踏み込み斬りつける。攻撃の”起こり”がまったくわからない無拍子の斬撃。

 カナトの篭手が無残に切り裂かれる。特殊素材の防具で無ければ腕ごと持っていかれていただろう。


 奥歯を噛み締め腰を落としたカナトが体当たりする。


 藤太は紙一重で避ける。

 ぶつかったように見えて、両者は触れていない。


「くそっ!」


 カナトは腕を伸ばして藤太を捕まえようとするが、諦めて身を引いた。


 新しい針剣が狙っていた。


 藤太の脇を抜けるように走り、針剣の突き刺しをやり過ごす。


 3mヘックスの距離を取って踵を返す。

 カナトは割れてぶら下がる篭手を外して捨てた。


 鎧を着た宝刀は手に持った剣をまっすぐカナトに向ける。


「もう一つ段階を上げるぞ」


 背面の金属板が外れて浮く。

 それが2つに割れ、更に4つに裂かれる。

 浮遊する金属片は8、16と倍々に増えて、32までを数える。


 応酬丸が手持ちの剣で指示し飛翔剣が殺到する。


 カナトは一目散いちもくさんに走って逃げた。


「ちくしょーう!

 やっぱり勝てる気がしねー!」


 足場に不安はあるが、30を超える飛翔剣を受けるよりマシだ。


 飛翔剣にもサイズの大小や速度の差があるのか、小型で速いものはカナトに追いついた。


 覚悟を決めて向き直る。


 先遣群には掌を向け停滞波を照射。動きを鈍らせたところを六角杖で叩き落とす。


 残り飛翔剣に関しては、もう物理的な防御を信じるしかない。

 魔導書から特殊ジェラルミンシールドを取り出すと、しっかりと地面に据えて構える。


 きしむ音を上げて衝突する盾と剣。


「その程度では防ぎきれんぞ」


 藤太の忠告に目を向ければ、一度弾かれた飛翔剣が向きを変えて、横合いからカナトに迫る。


 咄嗟とっさにジェラルミンシールドを駆け登り上空へと逃げる。


 四方八方から衝突され、盾がいびつに変形する。


 カナトは停滞波の反転利用でジェット噴射し一時離脱。

 少し距離がある場所に着地した。


「いよいよ本気モードか。どうにか近づいて一発入れないと……」


 一歩脚を出すと、膝まで地面にめり込みでバランスを崩す。


「また外れパネルか。いい加減にしろよ」


 脚を引き抜き涙目で毒づきながら、飛んでくる剣群に目を向けた。


 逃げても無駄、防御も役に立たない。

 それなら後は突っ込むしかない。

 ただし闇雲に突撃してもやられるだけだ。


「あれしかないか」


 ……アイデアは一つある。


「だとしても、手垢の付いた分身の術なんてどこまで通じるか」


 魔導書を開き、数枚のページを破り取る。

 ばっと投げると、ページはカナトと同じ姿に変わった。


 諦めるよりマシだと思い賭けるしかない。


「やるっきゃない!」


 気合を入れて全員で走り出す。


 一直線に向かうカナト1号。

 剣群をギリギリ避ける算段の2号。

 大きく迂回する3号。

 全体を見ながら小走りの4号。


 剣群もそれに反応して、3つグループに別れる。


 まっすぐ直進する本隊と、2号の進行ルートを防ぐ形になるグループ。そして速度のあるグループが3号を追う。


 1号がさっそくと飛翔剣に接触。

 六角杖を旋回させて防御するが、そんなもの毛ほどの役にも立たずカナトの全身に剣が突き刺さる。

 哀れ、カナト1号は古式ゆかしく煙を出して項に戻った。


 2号にも剣群が迫る。

 最初の数本は前方への飛び込みでやり過ごし、前転立ち上がりまた疾走。

 残りに対して六角杖を投げていくつかを巻き込んで止める。

 藤太目指して走る2号。

 左右ランダムに振れる回避動作を取る。

 しかし苦労甲斐なく広範囲に剣が降り注ぐ。

 複数の剣が突き刺さり、こちらも煙と消える。


「まだまだぁ」


 全力で走る3号が母衣ほろを取り出す。竹組みに布を被せた矢止めの防具である。

 素早い飛翔剣は、先の針剣より細く軽い。母衣で防げると踏んでの選択だ。


 実際に布に突き刺さるが、カナトまでは届かない。


「いける!」


 勝機を見出し突き進む。

 分身して相手の攻撃を散らした成果があった。


 浅い見込みにアンダルシアが呆れる。


「いやさ。お前がフラガさまに勝てるかが問題なんじゃん」


 格闘戦においてカナトが不利なのはこれまでの会合で明白である。


 それならば。


「能力の飛ばしはありなんだろ!」


 3mヘックスほどまで迫って、六角杖も母衣も手放し、を殴る。


 当たるはずのない攻撃に藤太が姿勢を崩した。


 更に近づきもう一発。


 藤太は剣を投げ捨て、なにかに耐える姿勢で凌ぐ。


 不可視の攻撃の正体は、停滞波の応用による遠当てだ。


 だが、これでは決定打にならない。


 相手を戦闘不能にさせるのならば、直接殴らないと。

 その際に能力を威力増大に振り切った攻撃でなければ効かない。

 藤太とカナトの性能差はそれ程までにあった。


 最後の一撃を与える距離まで詰めた。


「よっしゃぁ!」


 勝利に雄叫びと一緒に、フィニッシュブローを放つ。


 拳が鎧に振れる寸前に止められた。

 正確には縫い止められた。


「そりゃねぇよ……」


 嘆くカナト3号の背中に藤太の剣が刺さっていた。

 投げ捨てたと思わせて、飛翔剣と同じく空中で操作していたのだ。


 どろんっと項に変わる3号。


 その様子を見ていた最後のカナトは顔色を変えて逃げ出す。


「無理無理、今ので届かないなら打つ手無しだぁ!」


 剣群から逃れようと必死だ。


「ならば一思いに介錯してやる。脚を止めろ」


「それはお断り」


 藤太の背後で布が舞う。


 布の下から姿を現したカナトが、必殺の拳を藤太に当てた!


 その衝撃は藤太の身体だけでなく、周辺の空気をも振動させた。


 停滞波を逆転させて強力な噴出に変えた一撃だ。

 カナトが扱える技の中で一番の汎用性と威力を誇る。


 カナトは分身したと同時に、不可視化の外套に身を包み徐々に接近してきたのである。

 分身のどれかが本物とみせかけて、その実本命は別の場所にいるという古典的な手段だ。


 通じて良かったとカナトは心から歓喜する。


 遠くでは4号も飛び上がって喜んでいる。



「久方ぶりの被弾か。

 よくやった。褒めてやる」



 攻撃を食らったはずの藤太は平然とカナトを見下ろす。


「あれ? 効いてない? うそ?」


「いや、ダメージはあるさ。

 ゲームで言うならヒットポイントが1万は削れた」


「それならなんで……?」


 アンダルシアが腹を抱えて笑う。


「ぎゃっはっはっはっは!

 そんなん最大HPが100万超えてるキャラには余裕あるだけの話なんだよ」


「やっぱり、俺勝てねーじゃねえかっ!!」


「ここまで来たんだ。勝算をやろう。

 今から能力を使わない」


 宣言して打ち下ろし気味のフックが空気を叩く。


 カナトのヘルメットにハンマーの如き拳がぶつかる。

 一発で床に叩きつけられ失神しそうになるカナト。

 気合いで意識を保ち、転がって逃げる。


 追撃がなかったことを喜ぶべきか、相手の余裕と見るべきか。


 ふらふらと立ち上がりながら、割れたヘルメットを脱ぎ捨てる。


「いいんすか。計算上100発殴れば俺の勝ちみたいなんですが」


 自分で言っていて頭が振らつく内容だ。無理筋すぎる。


「問題ない。どちらが勝つかではなく、この戦いそのものに意味があるからだ」


 言って素早い踏み込みから藤太の掌底。

 きれいに肋骨中央に決まる。


 姿勢を整えるまでもなく、軽く放物線を描いて飛ぶカナト。

 ボディベストがなければ気を失っていたであろう。


 空中で停滞波を応用放射、姿勢制御を取り戻しなんとか着地。


 しかしこのままではなぶり殺される。

 対策を立てなくては……。


 能力を使わない宣言は本当のようで、藤太は剣を拾わずにいた。

 ゆっくりと歩いてカナトに近づいてくる。


 意を決してカナトも格闘戦に備え構える。


 ふとした思い立ちを口にする。


「そこのマス、俺が最初にハマった水ですよ」


「違うな。あれは8つ横だ」


「やっぱり引っかからないや」


「随分と余裕があるじゃないか」


 先程と同じく藤太の素早いステップからジャブが2発。

 いい感じに顎を打つ。


 がくっと膝が崩れるカナトに右ストレート。


 再び倒れるカナト。


 踏みつけに脚を上げる藤太に停滞波を浴びせ、みっともなく足元から離脱する。


 カナトは笑う膝を叩きながら立ち上がる。


「よい闘志だ」


「そんなに褒めても何もでませんぜ。

 これぐらいしか」


 唐突に藤太の身体がぐらつく。


「一矢報いたぜ」


 カナトと藤太が格闘している間に自由になった4号が近づいて来て、遠当てを放ったのである。


「今だっ!」


 2人のカナトが連続で空中を殴る。

 時折投げナイフや戦輪も混ぜた異能力と物理の混成攻撃。


 鎧の男が顔をかばかしぐ。

 攻撃できずに防戦一方になる。


 ここが押し時と、2人のカナトは魔導書から短剣を両手に取り出して斬りかかる。


 鏡写しのように旋回するカナトたち。

 右は順手、左は逆手で握り、駒のようにぶつかる。


 4連続斬撃は、ちょうど手数が上回るだけ入った。


 2人のカナトの右腕が藤太に両手に掴まれている。

 かわりに左の短剣は鎧を貫き刺さっているが、感触からして浅い。片腕が握られ勢いを抑えられたのもあるし、鍛えられた筋肉で防がれてもいる。


 捕まえていた腕を振り払い、2人のカナトが今一度連続攻撃を仕掛けようとする。


 手傷を負ったはずの藤太が笑う。


「やはりお前は見込みがある」


 左右を挟むカナトに対して両手で手刀を繰り出す。


 無傷の4号は避けれたが、ダメージが深い方は反応が遅れた。短剣を弾き飛ばされる。


「やられ放題な身分には過分な期待だ」


 2人のカナトは出来る限り直線の位置取りをしようと、藤太の周囲をゆっくりと周る。


 そんな少年の目論見を解った上で藤太は動かない。

 このままなら4号が完全に背後を取れる。


 はじめて藤太が笑った。


「こちらの能力は使わないと言ったな」


 宝刀が上を指差す。


「もちろん、嘘だ」


 空には飛翔剣が集まり、切っ先をカナトたちに向けていた。

 見上げたカナトが絶望を口にする。


「ひでえや……」


 指揮者が腕を振り下ろす。


 殺到するつるぎむれに、カナトたちはズダボロに切り裂かれる。


 アンダルシアが下品に笑う。


「最初から能力を使わない宣言は、飛翔剣を再配置するためのブラフだったわけだね。ぎゃはは」


「最後の分身が自由になったところで気がつくべきだったな。引いた剣はどこへいったのかと。

 攻撃の機と見るのは良かったが、次の手を読む力が足りなかったな。

 ともあれ、これでお終いだ。よく健闘した」


 藤太が一礼をして、戦いは終わった。





「カナトくーん。生きてますかー?」


 白いトーガのような衣装に青色の長い髪。

 女神メグムが眷属の様子を覗き込み伺う。


 倒れたままでカナトは目を覚ました。

 場所はあの灰色の闘技場から変わっていなかった。

 時間も決着からさほど経っていない。


 カナトは自分が女神の手で”巻き戻された”ことを理解した。


「死んでるよ……。っていうか、殺された」


「なむあみだぶつ」


「女神がお経を唱えていいのかよ」


「うちは他教に関して寛容ですし」


「誰だよ今回の無茶な戦いを考えたやつは」


「普通に王覇じゃないですかね?」


「あんたも詳細は知らねえのかよ」


 身体も動かせるようになってきたので上体を起こす。


「何もかもがうまく行かなくて、ずっとイライラした戦いだった。

 これただのイジメじゃねえか。

 もうちょっと戦う相手を選べよ、ったくよー」


「ともかくお疲れ様でした。カナトくん。

 ねぎらいにといってはなんですが、お茶への誘いに来ました」


 満面笑顔の女神。


「そんな安っぽいものでごまかされねえからな」


「いらないのでしたら残念です」


 しゅんとする女神。


 カナトは渋面で頭を掻く。


「せっかくのお誘いだからもらうよ。

 今回の報酬にしてはささやか過ぎるけど、無いよりマシだ」


「美味しいお茶請けが手に入りましたから、期待していいですよー」


 そうして2人は灰色の世界から姿を消した。





 以上、9992345678

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

限界に挑め<リミットブレイク 石狩晴海 @akihato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ