エピローグ
目が覚める。
なんだか、懐かしい夢を見ていたような気がする。彼女と出会った頃の……
僕と彼女が出会ってから、もう10年になる。あの頃の仲間たちとは、今でも交流が続いている。そして……奇跡的なことに、当時成立したカップルも、未だにそのままだ。
良太と茉奈が、いわゆる出来……じゃなくて、授かり婚をしたのが2年前。今二人は絶賛子育て中だ。
由之とアヤちゃんは、未だに就職していない。二人とも
三崎先輩は無事国家試験に合格して、今は研修医3年目。後から聞いたのだが、彼女がスポーツドクターを目指すきっかけとなったのは、中学時代に令佳が練習中に倒れたことだったらしい。今、彼女はその夢をほぼ実現しようとしている。
妹尾さんとはほとんど連絡を取っていないが、風のうわさでは彼も結婚したらしい。当時付き合っていた彼女と、なのかは知らないが。
健人さんは防大を卒業し、空自の戦闘機パイロットになって小松基地に勤務している。この前航空祭で彼が飛ばす F-35 の見事な機動飛行を見てきたばかりだ。リディアさんという恋人とは、結婚秒読みだという。
亜礼久さんは機械工学の博士号を活かし、ロシアで大学の非常勤講師になることができた。そこからテニュア・トラック(期限付きの研究員。期限内に常勤の教員になるための審査が行われる)を経て、今から2年前に無事
ナターシャさんは80才を越えて未だに元気だ。今は令佳と一緒に暮らしている。早くひ孫の顔が見たくてしょうがないらしい。
そして、令佳は……
結局彼女が日本に戻ってきたのは、ロシアに発った1年後だった。だけど彼女がロシアにいた間、僕はネットで毎日彼女と連絡を取っていた。夏休みには実際にロシアへ彼女に会いに行ったりもした。
ロシアで彼女は父親に家事を叩き込んで一人暮らしできるように仕立て上げたり、ノヴィ・スヴェトからヴィタリーさんの立ち上げた新宗教団体への移行をサポートしたりと、かなり忙しかったらしい。加えて大学受験の勉強もしなくてはならなかった彼女は、帰国したときは随分ほっそりした体形になってしまっていた。今はすっかり元通り……というか、むしろ若干それ以上に……
それはともかく。
帰ってきた彼女は僕と同時に同じ地元の国立大学を受験して合格した。と言っても彼女は文学部に進み、最終的には高校の教員免許を取って、国語の教師となった。今年から母校の青野高校で教鞭を取っている。
僕はあの出来事で、カルト宗教問題について興味を持った。
良太の叔父さんや亜礼久さんのように、カルト宗教に苦しめられる人々が世の中に少なからず存在する。そういう人々をなんとか救うことはできないか、と考えた僕は、臨床心理士を目指すことにしたのだ。
だから学部では心理学科に入り、その後2年間大学院の心理学研究科で学んだあと、臨床心理士試験に合格し今に至る。現状はスクールカウンセラーの仕事がメインだが、いずれはやはりカルト宗教の被害者のカウンセリングをしたいと考えていて、最近ようやく実家を出て独り立ちしても食っていけるだけの目途が立ったのだ。
そうなったら僕には、どうしてもやらなくてはならないことが一つあった。
ベッドから起き上がり、ビジネスバックからリボンに包まれた白い小箱を取り出すと、僕は寝息を立てている彼女の鼻先に、それを置く。
「ん……」彼女が目を開いた。
しまった。起こしてしまったか。
「どうしたの……?……あ……」
小箱に気付いた彼女が起き上がり、それを手に取る。
「開けてみて」微笑みながら、僕は言う。
こうして見ると、やはり彼女の乳房は、あの頃よりも若干サイズ感が増したように思う。だけどあくまで「若干」だ。それなのに彼女は最近しきりにダイエットに取り組んでいる。そんなに無理することはないと思うんだが……
「これ……」
彼女が右手の指先につまんでいるのは、0.3カラットのダイヤのリング。今の僕に出せる、精いっぱいの予算で買ったものだ。
プロポーズでキザな文句を言うようなガラじゃない。まっすぐに彼女を見つめて、シンプルに言うだけだ。
「令佳……結婚しよう」
「……」
しばらく無言で指輪を見つめていた彼女は、やがて、僕を何度も魅了した、あの女神スマイルを浮かべ、コクン、と小さくうなずく。
その瞬間、彼女の両目から、涙がこぼれて頬を伝った。
女神の涙 Phantom Cat @pxl12160
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