閑話 三枝先生と園芸部のお手伝い

 部室には既に優治と影無、そしてもう来てくれないかもと思っていた坂本君が来てくれた。

 本人との話でそのことについて聞くと「家に帰ってもやることないから」と返してくれた。

 ……俺だったら、例え家に帰ってやることなくても部活なんて絶対しないんだけどな……。



 後来てないのは一ノ瀬先輩だけだ。

 まあ、一ノ瀬先輩は先生、生徒から頼られることも多いため多少遅れてしまうこともある。

 そもそも活動の開始時間が明確に決まっていないから正確には遅刻とは少し違うか。

「このまま休みにならないかな……。」

「いや、ならないだろ。今までも休みになったことなんてないだろ?」

 俺の独り言を拾って優治が問い返してくる。

「いや、確かに今まではなかったけど、これからもないとは限らないだろ。今日の平穏が明日も続くとは限らないんだぜ」

 ドヤっ。

 我ながら良いこと言ったと思って優治にドヤ顔を向けると優治は呆れたような視線を向けてくる。

「そう言えば、三人は休みの日はどんな風に過ごしてるんですか?」

 俺と優治の話に坂本君が入ってくる。

「休みの日か……別に普通にラノベ読んだりかな?場合によってはアニメ見てる日もあるけど……」

 俺が無難にそう答える。

「ん~、俺も似たような感じかな。場合によっては動画とか見てたりもするけど……」

 次に優治が答える。すると必然的に影無に視線が向く。

 そう言えば影無が日ごろ何してるかとか聞いたことないな……。

 何となく緊張する。

 

 ゴクリと固唾を飲む


「……鍛錬」

 影無は小さな声でそう呟くと黙り込んでしまう。

 

 いや、鍛錬て、どんなことやってんだ?

 

 俺は首を傾げる。

「えっと、影無、鍛錬ってどんなことやってるんだ」

 何となく小春さんの情報を調べ上げたときのようなことだろうとは思うけど、聞かずにはいられなかった。


 「………」

 しかし、影無は話は終わりだと言わんばかりに口を固く閉じる。


  ……聞いてほしくないらしいしここで引くのが吉だろうか。

 …………。

 

 俺が少し深入りしすぎたせいで部屋中が微妙に気まずい空気になってしまったような気がする。

 何とか、話す話題を探していると扉をガラガラと開ける音が聞こえ振り返る。


「すまない。待たせたな。」

 一ノ瀬先輩が申し訳なさそうに話しかけてくる。

 

 

 そして、その後ろからもう一人、顔をのぞかせる。

 その人物があまりに予想外過ぎて俺は大きな声を出してしまう。

「三枝先生⁉」

 声を出したのは俺だけだったが、意外に思っていたのは俺以外にもいた。あの影無でさえ驚きのあまり目を大きく開けていたくらいだ。


 坂本君だけは今まで部活にあまり参加していなかったのでそこまで大きな反応はなかったが、


 その俺らの態度に対し、三枝先生は授業などと同じように自然に声をかけてくる。

「みんな~、集まってるわね。部活を始めるわよ~」


 ……正直あまりの馴染みように、「あんた今までいなかっただろ!」というツッコミを入れる隙すら与えなかった。


 いや、一ノ瀬先輩だけがツッコミを入れた

「……先生、今まで一度も部活に顔を出していないのによく言えますね?」

 一ノ瀬先輩はジトーっとした目を三枝先生に向ける。


「あっはっはっは、教師って忙しいのよ。」

 しかし、それに対し三枝先生はあっけらかんと答える。


 その言葉を聞いた一ノ瀬先輩は嘆息し、話を切る。

「それでは事前に伝えていた通り、今日は園芸部の手伝いを頼まれているため、これから旧校舎に移動を始める。」

 そう、今日は前々から話は出ていたらしいのだが、正式に旧校舎屋上の花壇を園芸部が使えるようになったため、その際の雑草抜きの手伝いを頼まれていたのだ。


 俺たちはそのことを事前に聞いていたため、特に驚きはしなかったのだが、一人だけ大層驚いていた人物がいた。


「ええええええ、旧校舎行くの?」

 そう、三枝先生である。


 部活に顔出してないから驚くのは無理ないが、何故にこんなに驚いているんだ?

「旧校舎に何かあるんですか?」

 俺と同じく疑問に思っていたのか坂本君がそのことについて疑問を投げかける。


 それに対し、三枝先生は自分の肩を抱きながら答えてくれる。

「あ、あそこって結構本気で、ゆ、幽霊が出るって噂があるのよ。……うう、偶には部活に出ないと良くない噂が流れるかもと思ってきたけど、来るんじゃなかった……」

 成程、幽霊か……


「わり、俺、急用思い出したわ」

 

 俺がそう言い荷物をまとめると、一ノ瀬先輩が肩を掴んで止めてくる。


「はあ、先生もそんな噂に惑わされないでください。教師なんですから」

 一ノ瀬先輩が先生を注意しながら移動を開始する。


 俺も観念して付いて来る。

「ゆ、優治はどう思うよ?」

 俺は隣を歩く優治に聞いてみる。


「ん~、生まれてこの方そんなもの見たことないしな……」

 優治はあまりその手の話題は信じてないみたいだ。


 それからしばらくして、俺たちは旧校舎の最上階についた。

 一ノ瀬先輩が最上階の扉をノックする。

 外から「どうぞ~」という声が聞こえる。

「失礼します。」

 一ノ瀬先輩が返事をし、中に入る。

 その次に三枝先生、坂本君、影無、優治、最後に俺が中に入り扉を閉める。

「いや~、悪い悪い、ボランティア部だな。俺は園芸部顧問の東間だよろしくな。」

 俺たちに挨拶してきたのは運動部にいそうな筋骨隆々で快活なおっさ、先生だった。

「お~い、お前たち、ボランティア部に挨拶しろ。」

 東間先生がそう声をかけると花壇で作業をしていた生徒たちが集まってくる。


 そして、東間先生程筋骨隆々ではないが快活そうな少年が初めに挨拶してきた。

「はい、俺は園芸部で部長をしている西火陽太です。よろしくお願いします。」


 次に眼鏡をかけた女の子が自己紹介をした。

「はい、一応副部長の央野美彩です。よろしくお願いします。」


 三番目に大柄だが少しおどおどしている少年が声をかけてくる。

「えっと、南辺九魔です。よ、よろしくお願いします。」


 最後に少し青白い顔をした女の子が返事をする。

「………、北杉光里です。」


 あちらの挨拶が終わった後、こちらが挨拶を返す。

「ボランティア部部長の一ノ瀬啓介です。本日はボランティア部に声をかけていただきありがとうございます。」


 次に優治が声を挨拶を返す。

「えっと、俺は田中優治。一応ボランティア部で副部長をやらせてもらってます。よろしくお願いします。」

 えっ⁉優治がこの部活の副部長だったのか。


 俺がそのことについて驚いていると次に坂本君が挨拶を返す。

「えっと、坂元太郎です。よろしくお願いします。」

 次は俺が挨拶に行った方がいいかな?


 俺が影無君を見ると予想通り、先に自己紹介をする気がないのか口を堅く結んでいるため、代わりに俺が挨拶をする。

「俺は幻願。よろしくお願いします。それでこっちが…………」


 俺がもう一度視線を向けるとぼそっとした声で

「……影無佐助、よろしくお願いします。」


「それでは、こちらの紹介が終わったので改めて説明を…………」

 全員、自己紹介が終わったので一ノ瀬先輩がこれから何をするのかについて東間先生から改めて説明を聞こうとする。

 

 しかし、そこに待ったをかける声があった。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。顧問である私の紹介がまだでしょう⁉」


 …………そう言えばそうだった。完全に忘れてた。…………


「こちらはボランティア部顧問の三枝先生です。」

 一ノ瀬先輩も含めて全員が三枝先生のことを忘れていたが、一ノ瀬先輩は直ぐに気を取り直して三枝先生の他者紹介をする。


「ええ、ボランティア部顧問の三枝です。今日はよろしくお願いします。」

 それに乗っかり挨拶をする。


「それでは、改めて私たちが何をすれば良いのか聞いても良いですか?」

 部を代表して一ノ瀬先輩が東間先生にこれから行う作業について質問する。


「う~ん。説明って言ってもな。普通に雑草抜いてもらうだけだしな。……そう言えばお前ら用の軍手とスコップ用意してなかったな。」

 園芸部の人たちを見てみると確かに軍手とスコップを付けている。


 それを聞いていた西火さんが

「先生しっかりしてくださいよ~」

 と東間先生に告げる。


「はっはっは、すまんすまん。今取ってくるからちょっと待っててもらえるか?」

 どうやら、園芸部の関係はかなり緩いものであるみたいだ。


「あっ、ドアを閉めるときはそっとですからね」

 更に西火さんが先生にそう告げる。


「おう、任せとけ」

 そう言い東間先生はそっとドアを閉める。


 その姿を見た後西火さんが話しかけてくる。

「実は前に東間先生、ドアを閉める勢いが強すぎてドアを壊しちゃってさ。それ以降、ドアを閉めるときは気を付けてもらうために声をかけてるんだ」

 

 成程、それは……。

 正直、毎回そんなことを言われてたらいい加減嫌気がさしてきそうだけど、そこを気にしない辺り、東間先生の器の広さが伺えるな。

 

 俺と同じ結論に至ったのか一ノ瀬先輩も西火さんに声をかける。

「毎回ドアを壊しているわけでもあるまいし、そこまで徹底しなくてもいいんじゃないか?」


 その言葉に西火さんが首を傾げる。

「そう言うものですか?」

「ああ、東間先生は良くできた人だしな。一度失敗したことには気を配るだろう?」

 その言葉に対し、西火さんも確かにと思ったのか首を縦に振るう。

 一ノ瀬先輩よりも一緒にいる時間の長い西火さんの方がそこら辺は良く知っているのだろう。


「それにしても……」


「ん?どうかしたのかい?」

 どうやら声が出ていたらしい。


「……いえ、その、ドアを壊してしまった事件ってどんな感じだったのかなって。」

 聞かれてしまっていたので、俺は素直に西火さんに質問する。

「ああ、あの時はこの旧校舎屋上の下見に来てたんだけど。その時は今と違って建付けが悪くてさ、東間先生がドアを思いっきり閉めたらそのまま取れちゃったんだよね」

 そう言いながら西火さんはその時のことを思い出したのかクスリと笑う。


「ま、俺たちでドアはしっかり直したから今はこの通りだけどね」

 そう言いながら西日さんはドアを指さす。


 確かにドアに関して建付けの悪さなんかは感じなかったな。

 俺がそう考えていると

「私達生徒会も駆り出されたな……」

 一ノ瀬先輩も話に入ってくる。

 もしかしたら、思っていたよりも大事になっていたのかもしれない。

 それなら、西火さんが一々注意したのも、まあ、分からなくはないか?

 それが出来るのは仲が良いからだと思うけど……。


「ヒっ」

 その声に俺たちは花壇のある方を振り向くと、先生ががくがくと震えている

「どうかしましたか、先生。」

 近くにいた坂本君が先生に声をかける。


「い、芋虫よ、芋虫。何でこんな高い所に芋虫がいるのよ」

 先生のその言葉に央野さんが先生の近くに顔を出す。


「確かにどうして何でしょう?ここまで蝶が飛んできたのか。それとも土の方に元々住んでたのかな?不思議ですね」

 確かにちょっと不思議かもな。


 そう言えば、

「ここって幽霊が出るって噂があるんでしたっけ?」

 俺が近くにいた西火さんに聞く。

「ん、そう言えばそんな噂があるんだったか。あんまりそう言うの信じないから忘れてたよ。」

 そう言いながら、西火さんが快活に笑う。

「幻。あまりむやみやたらにそいういった噂を口に出すな。」

 近くにいた一ノ瀬先輩は呆れたようにため息を吐きながら注意してくる。


 しかし、西火さんは気にした風もなく南辺さんと北杉さんに視線を向ける

「俺はないけど南辺と北杉は確かそう言うのに興味があるらしいぞ」


 すると、西火さんの声が聞こえていたのか南辺さんと北杉さんがこちらを向く。

「えっと、そうだね。一応ここの都市伝説についても知ってるよ。確か、『旧校舎からはときどき太鼓の音が聞える』とか……」


 その言葉の後を北杉さんが引き継ぐ。

「『女の子の笑い声が聞こえる』ってやつがあるね」


 成程、

「一ノ瀬先輩、ほんとに帰っていいですか?」


 その言葉に対し、一ノ瀬先輩は

「……怖がるなら聞くのを辞めろ」

 と告げる。


 いや、分かるけど、分かるけども一ノ瀬先輩の鬼!

 俺がそんな風に考えていると突然太鼓の音が聞こえだす。


 ドン、ドン、ドン

 


 

 え、ま、まさか、ほんとに、俺がそう思い太鼓の音がする方向に目を向ける。

「あ、えっとごめん、マナーモードにするの忘れてた。」

 

 南辺さんが携帯をいじる。

「こ、これで大丈夫。驚かせてごめんね。」

 

 成程、たまたまか……。

 

 俺が安心して安堵の息を出そうとしたとき

 

 再度、音が鳴り響く。

 それも女の子の笑い声だ。

 


 恐る恐る音の聞こえる方に視線を向ける。

「あ、ごめんなさい。私もマナーモード忘れてた。」

 そう言い、北杉さんは携帯いじる。

「これで大丈夫。」


 ……成程、……………………。

 噂の正体お前らかよ‼


 ビビッて損したよ。まったく。


「それにしても二人とも何でそんな着信にしてるんですか」


 俺が二人に質問すると北杉さんがムッとした顔をする。

「そんなとはなによ、そんなとはうちの可愛い妹の笑い声にケチ付ける気?」

「えっ、えっとすいません」

 まさか、妹さんの声だったとは失礼なことを言ってしまった。


 次に南辺さんがおどおどと俺の質問に答える。

「えっと、ただ単に太鼓の音はお腹に響く感じがして気が引き締まるからそうしていただけなんだけど、えっと、気分を害したならごめんね。」


「い、いえ、別に他意があっていったわけじゃないのでこちらこそすいません。」

 何となく悪い気がして謝ってしまう。

 俺が二人に謝っていると。


 ダンっ

 と思いっきり扉が開き凄い勢いで両手にプラスチックの籠を持った東間先生が入って来た。

 …………あれ、この先生一回ドアを壊したことあるんだよね。

 もしや反省してない?

 

 その様子に流石の一ノ瀬先輩も額に手を当てている。

「わり―、わりー、遅くなっちまったぜ。」


 東間先生はプラスチックの籠を置くとその場に座る。

「ちゃんとボランティア部の人数分スコップと軍手、持ってきたぜ。」


 籠の中には確かに片手で持てる小型のスコップと軍手が入っていた。

「それじゃあ、作業を始めるか」

 東間先生は額に滲んだ汗を拭いながらそう声をかける。


 俺たちも軍手を付けスコップを持って作業を始める。

 …………

 それから二時間くらいして雑草を抜く作業が終わった。


「いやあ、ありがとな、お前らのお陰で大分早く作業が終わった。」

 東間先生が俺たちにお礼を述べてくれる。


「いえ、これが俺たちの活動内容ですので」

 俺たちを代表して一ノ瀬先輩がそう答える。

 すると、東間先生が何か思いついたような顔を浮かべる。

「お前らちょっと待ってろ。」


 そう言い、東間先生が今度はそっとドアを開けて退出していく。


 俺たちが首を傾げていると、数分後にそっとドアを開けて帰ってきた東間先生の手には十一本のスポーツドリンクを持っていた。


 それをその場にいる全員に配ると

「園芸部の新たな拠点を祝してかんぱーい。園芸部のメンバーは次からの集合場所はこの旧校舎の屋上だから忘れるなよ。それとボランティア部のメンバー、今日は来てくれて本当にありだとう」

 そして、東間先生はごくごくとスポーツドリンクを飲んでいく。

 

 一ノ瀬先輩は最初恐縮していたが、東間先生が脱水症状とかで倒れた方が大変だからと告げたことで東間先生にお礼を言って口を付けていた。


 因みに三枝先生は特に気にした風もなくごくごくと飲んでいた。

 俺たちも多少恐縮しながらちびちびと飲んだ。


 久々にボランティア部も悪くないなと思った一日だった。

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高校生活は薔薇色で パグだふる @wakaba1002

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