フェア4 ロリ巨乳娘は寝起きが悪い

マカレドアを出発した俺達一行は、ディスバニアの帝都・ディストリアを目指していた。旅の目的は、レイカを家に送り届けることだ。トワキルに隠れて、アーカラムで帰るようにレイカを説得したが、彼女は頑として聞き入れなかった。見た目に反して、一度決めたことに関してはめちゃめちゃ頑固だ。ある意味、トワキルに似ているのかも知れない。

「わあ!見て下さい、フェア様!あっちにアシバヤドラゴンの群れがおります!わわ!あっちにはカミナガガラスが飛んでいます!実物は大きいのですね〜!」

二人乗りベスパールの後ろで、レイカははしゃぎ回っていた。マカレドアを出発してから3日、野宿ばっかりで貴族のレイカが耐えられるか心配だったが、全然無用の心配だった。この子、見た目よりもずっと図太い女の子だわ。

『フェア、お久しぶりです』

おお、久しぶりのナレさん。肝心な時に音信不通になることに定評のあるナレさんではないか。

『人聞きの悪いことを言わないで下さい。先日のあなたの無茶のおかげで力を取り戻すのに時間が掛かったのです。ところで、なぜ声を出さないのですか?』

当たり前だろ?ナレさんの声はレイカに聞こえないんだから、声出したら独り言ブツブツ言ってるヤバいヤツに思われるじゃんか。そんで、無茶のおかげってのは、トワキルの最強魔法に耐性パロメーター付けたのが原因なのか?

『その通りです。あなたにしては理解が早いですね』

口の減らないナレさんで安心したぜ。これは俺の推測だけど、ナレさんは俺の能力パロメーターには干渉できなくて、魔法耐性とかエンカウント率とかの外的パロメーターを自由に操れる、そんな感じで合ってるか?

『概ね合っています。さらに分かり易く言えば、あなたの成長に関わるパロメーターは変動させられませんが、それ以外は全然OKと言うことです。ただし、あなたにかかる外的負担が大きければ大きいほど、この力の消費も早いと言うわけです』

…なんでそんな中途半端な設定にしたんだよ。手っ取り早くレベルMAXとかにしてくれれば、ソッコーで魔皇帝ワンパンしてくるのに。まあ、なんでもかんでも自分の思い通りになるゲームは得てしてクソゲーが多い。この異世界でも同じで、頑張って強くなりなさい的な製作者のメッセージが込められているんだろう。知らんけど。てか、冒険の初期で魔皇帝令嬢が仲間になってる時点で充分チートだけども。

「フェア様!村です!村があります!」

興奮気味のレイカが前方を指差した。それはわりと大きな村で、木柵に囲われた家々の煙突から煙が吐き出されている。

「そなた様、一度乗り物を止めよ。どうも様子がおかしい」

上空にいるトワキルが俺に声を掛けてきた。俺はベスパールを停止させ、まだ少し遠い所にあるその村を眺めてみた。…なんかおかしい所があるのか?

「村の人間が一様に武装しておる。このまま近付けば攻撃してくるやも知れぬ」

「だったら、あの村を迂回して先に進むか?」

「我は構わぬが、そなた様や小娘には食糧が必要であろう?この先に大きな集落はないからな。ここで調達した方が良いぞ」

「そっか、それもそうだな」

「お気遣い下さり、ありがとうございます!トワキル様!」

「なあトワキル、もしできたらお前も付いてきてくれないか?この前みたいに急に襲われたらかなわん」

「あまり人間共の住処に近付くのは好まんが、そなた様がそう言うのであれば構わんぞ」

「…俺はこのバンダナがあるからいいけど、トワキルはどうやって誤魔化すつもりだ?」

「案ずるに及ばぬ」

そう言ってトワキルがパチンと親指を鳴らすと、巨大な黒い翼がトワキルを包み込み、あっという間に人間の衣装へと変化し、トワキルの角は、黒い大輪の花飾りに変わった。見たことない花だがすげー綺麗だ。それにしても、どこからどう見ても人間そのものだ。魔法ってめっちゃ便利!

「わあ!トワキル様、すごいです!綺麗ですー!」

レイカはぴょんぴょんとトワキルの周りを飛び回っていた。確かに、黒を基調としたオシャレな中世カジュアルスタイルのトワキル、控えめに言って俺の嫁最高である。



俺達はそこから歩いて村の入口に向かった。トワキルの言う通り、村の入口は固く閉ざされており、5〜6人の青年が斧やら鍬やら物騒な武器を持って立ちはだかっていた。

「止まれ!何者だ!?」

「あ〜、すんません。旅の者ですが、ちょっと食料を分けてもらえませんかね?」

「ダメだダメだ!いまこの村にそんな余裕はない!とっとと帰れ!さもなくば痛い目に遭うぞ!」

青年達はひどく気の立った様子で、取りつく島もない。

「…殺すか、そなた様?」

「…ダメ!すぐそう言うこと言わない」

青年達以上に物騒な耳打ちをしてくるトワキルを宥める。しかし弱った、いったいどうすればいいものか。

「これこれお前達、旅のお方を困らせるでない」

そう言って青年達の肩を叩いたのは、紫のローブを羽織り、木製の杖をついた老人だった。見事にハゲあげた頭、落ち窪んだ瞳、真っ白で長い口ヒゲ。これはまさか、冒険に付き物の『あのお方』ではあるまいか!?

「しかし長老!コイツらはもしかしたらあの盗賊の一味かも知れませんよ!?」

デタ〜!異世界初の『長老』エンカウント!実物見たの初めてだからめっちゃ興奮する!写メ撮りたい!

「見れば、か弱い女性お二人を連れ、大変お困りのご様子。それにそのお方の瞳を見よ、盗賊に身を落とすような曇りが一切ない。通してあげなさい」

こ、これが長老スキルか!?異様に物分かりの良いジジイ、それこそが長老。旅の者にどっから仕入れたか知らん詳細な情報を伝えるジジイ、それこそが長老。…この長老、長老の中の長老、まさに『キングオブ長老』の名に相応しい!

「我がか弱いだと?面白い、そなたの身を持って我が力を示そうか?」

「わー!ありがとうございます!ありがとうございます!」

いきり立つトワキルの前に割って入る。これ以上面倒を起こさない内に村に入った方がいいだろう。



「大したもてなしもできませぬが、ごゆるりとおくつろぎ下され」

長老の家に案内された俺達は、さっそく食事を提供してもらった。ここ数日まともに食べていなかったので、俺は夢中になって食事にかぶり付いた。

「ところで、先ほど盗賊がどうのと仰っていましたが、なにかあったのですか?」

レイカがそう言うと、長老は深いため息を漏らした。

「…実は、ここからほど近いターミャの森に、炎の魔法を操る盗賊団が根城を築きましてな。この村を襲っては若い娘や食料を奪っていくのですじゃ」

「そんな!ひどいです…」

「その娘さん達は、盗賊団の根城にいるのか?」

「そうですじゃ。何度も取り返そうと盗賊団に挑んだのですが、ことごとく返り討ちにあい、どうにもならない状況なんですじゃ…」

「ここはミニストラ家が治める領地であろう?領主に助力を仰げば良いではないか?」

「こんな辺境にある村では、領主様も軍を出してくれませぬのじゃ…。どうすれば良いのかのぉ〜誰か強い勇者様が助けてくれんかのぉ〜…」

そう言って長老は伏し目がちに俺をチラッ、チラッと見てきた。こ、これは…!『飯食わせてやったんだから盗賊退治しろよ?』のサインではないか!スゲーわざとらしく勇者に厄介ごとを持ち込んでくる、それでこそ長老!この長老、やはりできる…!

「よし、俺が…」

「わたくしが女性達を救出して参ります!」

俺の言葉を遮って、レイカが声を上げた。

「非力な女性達を拐かし、罪もない村の人々を苦しめるなど許せません!今すぐ行って参ります!」

え?もしかしてこの子、勇者?本来俺が言うべきセリフ全部言っちゃったよこの子?

「ターミャの森はどの方角にあるのですか!?早く教えて下さい!」

「ひ…東に向かって走れば30分ほどで着きますじゃ…!」

レイカは鼻息も荒く、それを聞くが早いか、部屋を飛び出して行ってしまった。

「まずい、あの様子だとマジで一人で盗賊団のアジトに突っ込むぞあの子!トワキル、行こう!」

「我は行かぬ」

「え?」

「この村に来たのはそなた様の食料を調達するため。村の人間共がどうなろうが我の知ったことではない」

「そんな…じゃあレイカはどうすんだよ!?」

「女中の分際で主人に許可も取らず飛び出すような狼狽者、勝手に行き、勝手に死ねば良い」

その言葉に、俺は思わずトワキルの襟首を掴んでいた。その時勢いよく机にぶつかった拍子に、銀製のコップが床に転げ落ち中身をすっかりぶちまけてしまった。

頭に血が昇り、目がチカチカする。長老はあわあわと狼狽しながら俺とトワキルを交互に見ている。トワキルは真紅の瞳でそんな俺を冷ややかに見ていた。

「…お前…それ本気で言ってんのか?」

「ああ、我にとって重要なのはそなた様の命を守ること。それ以外のことに興味はない」

「…それがお前の生きる目的の一つ、だからか?」

「そうだ」

俺はトワキルを睨みつけたが、トワキルの無言の威圧感には勝てず目を反らした。コップからこぼれた赤い果実ジュースが、まるで鮮血のように床に広がっていく。

「…もういい、お前には頼まない。お前とは分かり合えると思ってたけど、やっぱり無理みたいだな」

絞り出すようにそう言った時、俺はトワキルがどんな表情をしているのか見なかった。俺はトワキルの襟首を乱暴に引き離し、あわあわしている長老を尻目に部屋を飛び出した。薄情なトワキルに腹を立てているのか、無力な自分に腹を立てているのか、良く分からなかった。



「…申し訳ありません、フェア様…わたくしのせいで…」

俺とレイカはベスパールに乗ってターミャの森に向かっていた。レイカにことの一部始終を話すと、彼女は今にも泣き出しそうな声で俺に謝ってきた。俺とトワキルが喧嘩したのは自分のせいだと思っているらしい。

「レイカのせいじゃないよ。俺はレイカが正しいと思ってる」

「…でも、トワキル様が行かないと仰ったのは、きっとフェア様の身を案じたからだと思います。フェア様のことが心配だから、わざと冷たくしたのではないでしょうか?」

「アイツがそんな優しいわけないだろ?なんたって泣く子も黙る魔皇帝令嬢だぜ?俺とアイツは絶対分かり合えない。アイツは俺を自分の目的のために利用しようとしてるだけ、それだけだよ」

「いいえ!絶対にそんなことはありません!」

思いもよらなかったレイカの反論に、俺は思わずハンドル操作を誤るところだった。尚もレイカは話を続ける。

「人間だろうが魔皇帝令嬢だろうが、女性が男性を愛するということはそんな打算的なものではありません!…わたくしには、トワキル様の想いが分かるような気が致します」

「…なんでそんなにアイツに肩入れすんだよ?アイツはお前を見捨てろって言ったんだぜ?」

「それはトワキル様にとって一番大切な人がフェア様だからです。大切な人に無理をして欲しくない、その想いはわたくしも痛いほど分かります」

俺の腰に手を回すレイカの腕が、一層ギュッとしまった。レイカは俺の背中に顔を埋め、呟くように言った。

「…だから、分かり合えないなんて悲しいことを仰らないで下さい。きちんとお話しして、お互いを理解して下さい。…だってお二人は…夫婦、なのですから」

レイカの言葉が、背中越しに胸に突き刺さるような気がした。ベスパールは尚も速度を上げていく。レイカから伝わる温もりを感じながら、さっき俺が吐いた捨てゼリフを聞いたトワキルがどんな表情をしていたのか、すごく気になっていた。

…俺達は分かり合えない、分かり合えなくて当然だ。だって俺達は、出会ったばかりで、種族も違う、性別も違う、生きてきた時間も違うし、生まれた場所だって違う。価値観が違うのは当たり前なんだ。それなのに頭ごなしに決めつけて、否定して、トワキルを突き放してしまった。トワキルは二度も俺の命を救ってくれたのにな。

「……なあ、レイカ。俺、無事に帰れたらトワキルに謝るよ。謝って、ちゃんと話をしてみようと思う」

「…はい!それでこそフェア様だと思います!」

レイカは声を弾ませてそう言ってくれた。レイカは、俺に大切なことを教えてくれた。レイカにも後でちゃんと礼を言おう。なんか死亡フラグみたいなセリフを吐いてしまったが、なにがなんでも人質を救出して、みんなでトワキルの元に帰らなきゃな!



ターミャの森に到着した俺達は、ベスパールを草むらに隠し、大樹の影から森を覗き込んだ。ターミャの森は、不思議な七色の葉っぱを生い茂らせる大樹で形成されている深い森で、森のそこかしこで獣の鳴き声が鳴り響いていた。風に舞う七色の葉は幻想的だが、森の奥からは得体の知れない不気味さを感じる。

「おい、ハンパもん。おミャーほんとにここハイるつもりニャン?」

「ぬわ!?ヴァンヴァンなぜここに!?」

ヴァンヴァンは、レイカのモコモコから顔だけ出していた。

「ずっとわたくしのモコモコの中に入っていましたよ〜!」

ニコニコ笑うレイカの胸元でしたり顔の色欲魔獣。コイツにはいつか教育的制裁が必要だ。

「そんでハンパもん、ニャにかサクセンはあるのかワン?」

「まあ一応考えてはいるが…その前に個々の能力を確認しておきたい。レイカ、お前はなにか魔法使えたり、特殊能力あったりするか?」

「攻撃系魔法は苦手ですが、回復系とスキルアップ系魔法には自信があります!あと、護身術を少々嗜んでおります!」

「回復系持ってるのはでかいな、後方支援に役立つ。次、ヴァンヴァンは?」

「ミャーはテキのステータスをカクランするマホーがトクイニャン。だけど、ミャーのマホーはお嬢のチカくにいないとイリョクハンゲンブー」

「りょーかい、だいたい分かった。そしたら作戦を立てる前に目的を明確にしとこう。目的は二つ、①敵の位置を把握してアジトに接近②アジトに捕われてる人質を全員奪還、この二つだ」

「カンタンにいうけどなハンパもん、このモリはヒロいし、キョーボーなマジューもオオいワン。そのへんのタイサクはあるニャン?」

「盗賊団は炎系の魔法を使うとも仰ってましたね…」

「そこは俺に考えがある、任してくれ。まずはアジトを見つけてヴァンヴァンの魔法で敵を無力化、レイカの魔法で俺達と人質全員にスピードアップの魔法を掛けて全力ダッシュで戦線離脱。足りない所を補い合う、作戦名『キャッチ&ランwith他力本願』だ」

「『キャッチ&ランwith他力本願』!カッコイイです!」

「いや、ネーミングセンス0ニャン…」

さてと、作戦が決まったところで…ナレさん、出番だぜ。

『そう来ると思っていました』

俺の魔族エンカウント率を0%に、人間エンカウント率を100%に設定できるか?ついでに炎系魔法に耐性パロメーターを付けてもらえるとありがたい。

『フフフ、注文が多いですね。可能ですが、炎系魔法全体の耐性パロメーターを付けるとなると、ある程度威力が弱い魔法は防げますが、強い魔法には効果が薄くなります。それでもよろしいですか?』

ああ、それも予想済みだ。でも心配ないよ。今回は相手を倒すんじゃなくて、人質奪還が目的だからな。盾代わりになれればそれでいい。怪我してもレイカの回復魔法があるし問題ない。

『…急に頼もしくなりましたね、フェア』

昔から戦略ゲームとか好きだったからな。作戦通りにいかない事態も考慮にいれて動けばきっとなんとかなると思う。頼りにしてるぜ、ナレさん。

『ようやく勇者らしくなったようですね、フェア。分かりました。可能な限り協力致します』

ナレさんには悪いけど、俺は勇者なんて柄じゃない。どこまでいっても、大切なことは他人任せの他力本願ヤロウだ。だから今回も同じことをするだけ。仲間を信じて、俺は俺にできることをやる。それだけだ。



ターミャの森に足を踏み入れた俺達は、俺を先導に先へ進んだ。エンカウント率を上げると、俺とその対象は互いに気配を感じ取れるようになるようだ。俺達はその気配を頼りに七色の森を慎重に進む。

「…近くに誰かいる。そこの茂みに隠れよう」

背の低い立ち木の茂みに身を隠し、葉の隙間から辺りを窺う。だんだん誰かが近付いてくる気配がする。…100m…50m…10m…

「誰かいるのか!?」

今だナレさん!人間エンカウント率を元に戻してくれ!

「…気のせいか?」

薄汚れた茶色い衣装に身を包んだヒゲ面の男が、キョロキョロと辺りを見渡している。どうやらこちらには気付いていないようだ。

思った通り、エンカウント率を上げると相手の気配を感じ取れるようになるが、相手の存在自体は視認するまで分からないようだ。こちらが先に身を隠してしまえば、相手にバレずにエンカウントできるって寸法だ。

「やるじゃねーか、ハンパもん」

「お褒めの言葉ありがとよ。それじゃアイツを尾けてアジトに行こう、なるべく音を立てないようにな」

「はい、フェア様」

レイカが小さくガッツポーズを決める。レイカのこともしっかり守らなきゃな。基本的に俺はなにもできないけど。

俺達はヒゲ面の男の後を追って森の奥へと進んでいった。男は足早に慣れた様子で複雑に入り組んだターミャの森を進んでいく。俺はついていくのがやっとだったが、レイカはスイスイと段差や茂みを越えていく。マカレドアの魔法アスレチックでもそうだったが、やっぱりレイカは俺なんかよりも運動神経抜群のようだ。情けないことこの上ないが、俺は今すぐ休憩してポカリをガブ飲みしたい。玉のように吹き出す汗を拭いながら、さらに森の奥に進んでいく。

そのまま森を進んでいくと、小さな小屋がいくつか立っている開けた場所に着いた。すぐ近くには小さな泉があり、小屋の煙突からは黒い煙がもうもうと立ち昇っている。小屋の周りではいかにも悪そうな顔をした男達が談笑しており、ヒゲ面の男もそこに加わっていた。男達の腰には剣やら斧やら物騒な得物がぶら下がっている。

「…ここがアジトみたいだな」

「…確認できるだけで12、3人ほどいらっしゃいますね」

「予想通り、魔法甲冑を着けてるヤツはいないみたいだな」

「そんなことまでヨソーしてたのか、ハンパもん」

「まあな。こんな田舎の盗賊じゃあ、そんな高価な装備はしてないだろうと思ってな。これならお前の魔法も通用するだろ?頼むぜ、ヴァンヴァン」

「しかたねーからチカラかしてやるニャン。《ヴァンヴァン・スヴァル》!」

ヴァンヴァンの呪文と共に、辺りが白い閃光に包まれた。目を開けると、男達はその場に倒れ伏していた。俺達は茂みから出て、小屋の中に入った。広くはない小屋の中には若い女の人達が5人倒れていた。みんなすやすやと寝息を立てている。

「おいコラやりすぎ魔獣!人質まで眠らせてどうするんだ!?」

「うっせーなハンパもん、カゲンがムズイんだワン」

「わたくしにお任せ下さい、フェア様!《パアイスリン》!」

レイカが呪文を唱えると、女の人達を黄色い光が包み込んだ。すると女の人達はゆっくりと起き出してきた。お互いの顔を見合わせて、次に俺達の方に顔を向けるとひどく驚いた様子で悲鳴を上げた。

「ご安心ください!わたくし達は皆さんを助けに参った者です」

身を屈めて彼女達に目線を合わせたレイカが力強くそう言うと、女の人達は困惑しながらもレイカの言葉に耳を貸していた。あれ?この子、俺よりよっぽど勇者してね?

「フェア様、他の小屋にも女性達が捕らわれているようです。まずは皆さんを救出して泉の辺りに集まりましょう。スピードアップの魔法はまとめて掛けた方が効率的です」

さらにこの的確な判断である。俺の立場ドコー?

「どっちがユウシャかわかんねーニャン」

「うるせー痛いとこ突く魔獣、俺もそう思ってたところだ」

俺とレイカ、ヴァンヴァンは二手に分かれて小屋を周ることにした。首尾よく人質の目を覚まし、泉の辺りに集まるよう誘導していく。どこかに隠れている盗賊がいないかとヒヤヒヤしていたが、見張らしき盗賊達も一様に眠りこけていたので無用の心配だった。

「ここが最後の小屋ですね」

「レイカ、疲れてないか?魔法使いまくりだろ?」

「ご心配ありがとうございます、フェア様。でもわたくしは平気です。これでもけっこう魔法総量には自信がありますので」

レイカは疲れた素振りも見せずニッコリと笑って小屋の扉を開いた。見かけによらずめっちゃタフだわ。最後の小屋の中には、家具の類が一切なくがらんとしていた。この小屋だけは窓がなく、室内は薄暗く静まり返っていた。扉を全開にしてみても部屋の奥の方までは見えない。当然だが、電気など通じていないので明るくするためには火が必要だ。

「…全然見えないな。レイカ、炎系の魔法とか使えたりするか?」

「…申し訳ありません、フェア様。わたくし、炎系の魔法は苦手でまったく使えないのです…」

「仕方ない、手探りで人がいるか確認しよう。レイカはここで待っててくれ」

俺はレイカを扉の前に待たせて、手探りで部屋の中に入った。わりと広い室内はやけにカビ臭く、木板の床は所々が腐っていて危うく踏み抜きそうになる。仕方なく四つん這いになって手当たり次第に辺りを探ってみる。すると、すぐ近くで微かな寝息が聞こえてきた。

「…誰かいるみたいだ。クソ、明かりがないと場所がよく分からん」

「明かりが欲しいのか?じゃあ、くれてやろう」

「ああ、頼む。…え?」

次の瞬間、真っ暗だった室内が真っ赤に染まった。同時に背後から凄まじい熱風を感じる。恐る恐る振り返ると、俺のすぐ後ろに青銅の魔法甲冑を纏った男が立っていた。その掌には、バスケットボールほどの大きさをした炎が煌々と燃えている。

「ほうら、これで明るくなったろう?」

男はそう冷たく言い放つと、その太い腕で俺の襟首を掴み軽々と持ち上げた。思いっきり力を込められて、うまく呼吸ができない。

「フェア様!」

「おっと、そこを動くなよお嬢さん。お前を殺すのは、コイツを始末してからだ。俺達が苦労して集めた女共を勝手に逃がしやがって…」

男は掌の燃え盛る炎を俺の顔面に向けた。暖炉に顔だけ突っ込まされているような熱さだ。熱さと酸素不足で目の前が霞んで見える。

「死ね!《バーニングホイップ》!」

巨大な炎柱が俺の顔面を貫く。その炎はたちまち小屋に延焼し、あっという間に辺りを火の海にした。炎の明かりで、よく見えなかった室内の様子が赤々と照らし出される。扉の前に立って唖然としているレイカも、無傷の俺を見ながら驚愕している男の表情も。

「…な、なぜ!?」

「…驚くのも無理ないぜ。かく言う俺も実は無事でちょっとホッとしてんだ」

俺は男の腕を掴んで、思いっきり男の腹を蹴飛ばした。不意をつかれた男は呆気なく吹っ飛び、俺は床に投げ出された。息を整えながら、人質の安否を確認する。どうやら人質は幼い少女のようで、こんな状況でもまだ寝息を立てている。ホッとしたのも束の間、レイカが悲鳴を上げた。顔を上げると、甲冑の男がレイカを羽交い締めにしていた。男はレイカの細い首に短剣を突きつけ、唾を飛ばして怒鳴った。

「おい小僧!コイツの命が惜しかったら大人しく…え?」

「せいやっ!」

その掛け声と同時に、男の巨体が宙に舞った。男はそのまま床に叩きつけられ、腐りかけた木板をぶち抜いて地面に沈んだ。

「レ、レイカ…?」

レイカは軽く手をはたくと、間抜けヅラをしている俺に微笑んだ。

「護身術も少々嗜んでおりますので」

うん、この子やっぱり勇者だわ。夜這いかけようなんて命知らずな真似しなくてよかったわ…。レイカはその細腕からは想像できないような力で、男を地面から引き上げた。

「早く脱出しましょう!フェア様は人質の女性をお願い致します!」

俺は言われるままに少女を抱き抱え走り出した。火の回りは予想以上に早く、メシメシと小屋が軋み始めている。早く脱出しなければ危険だ。俺達が小屋を飛び出した瞬間、小屋は音を立てて倒壊した。炎に包まれた小屋は、ターミャの森に吹く風に煽られなおも燃え続けている。レイカは火の届かない安全な場所に男を降ろし、俺の元に駆け寄ってきた。

「…フェア様!先ほど《バーニングホイップ》の直撃を受けておられましたが…お怪我はないのですか?」

レイカは安心しているのか混乱しているのかよく分からない表情で俺に問い掛けた。

「心配ないよ。まあちょっとしたチートみたいなもんだから」

「?…《ちーと》とは、なにかの魔法のことですか?」

「ん〜まあそんなとこだ」

ナレさんのことを説明してもよく分からんだろうからとりあえずお茶を濁しておこう。しかし、もしナレさんに耐性をつけてもらってなかったと思うとゾッとするな。レイカは首を傾げているが、とりあえず納得したようだ。

「あの、人質さんは大丈夫ですか?」

「ああ、まだ寝てるよ」

俺は抱き抱えている少女を改めて見てみた。整った顔立ちの小柄な美少女で、額には紫色のバンダナを巻いている。しかしなんて言うか、発育がすごく良い。体は小さくて細いのに、出るとこは出ていてすごくムチムチしている。薄手の黒い装束から溢れんばかりの白い双丘と、肉付きの良い腰回り。抱き心地が最高である。

「…フェア様、なにか良からぬことをお考えですか?」

レイカがジト目で俺を見上げている。いかんいかん!俺はなにを考えているんだ!?こんなロリに食指が動くはずはない!俺はもっと大人の女性が好きなんだ!

「レ、レイカ、とりあえずこの子に目覚めの魔法を掛けてくれないか?」

「……《パアイスリン》」

声が上擦る俺をジト目で睨みながら、レイカは目覚めの魔法を唱えた。黄色い光が少女を包む。すると少女はゆっくりと目を開いた。

「……んあ……お前…誰だ…?」

「安心しろ、お前達を助けに来たんだ。今から家に帰して…」

「《ヴァンヴァン・スヴァル》!」

突然、青い稲妻のような閃光がその少女を貫いた。その衝撃で俺とレイカはひっくり返り、少女の身体は燃え盛る小屋に突っ込んだ。唖然とする俺達の前に現れたのは、いやに神妙な顔をして小屋を睨むヴァンヴァンだった。

「…ヴァンヴァン!?お前なんてことするんだ!?」

「おいハンパもん。イきてカエれたら、ミャーにグリフォンのタマゴおごれニャン」

「…な、なにを言って…」

そう言いかけた途端に、背後の小屋がものすごい音を立てて吹き飛んだ。真っ赤に燃え盛っていた炎はいつの間にか、青白く立ち昇る青い業火に変わっていた。

「なーんで邪魔すんだ、ヴァンヴァン。せっかく俺の眠りを妨げたヤツを殺そーとしたのに」

燃え盛る業火の中から声がした。炎の中から現れたのは、先ほどの少女だった。バンダナと同じ紫色の瞳を光らせ、不機嫌そうに鼻を鳴らす。あれだけの衝撃でも傷一つ付いていない。それどころか、巨大な青い業火をまるで生き物のように操っていたのは、その少女自身だった。少女の額のバンダナが焼け落ち、露わになったその額には黒く短い角が生えていた。俺やトワキルと同じ、漆黒の角。

「…な、なんなんだよ…コイツ」

その少女から視線を外さず、俺の耳元でヴァンヴァンは言った。

「コイツは、《プレムリン・サンドモニカ》。お嬢とおなじ、《13天魔》のヒトリワン」

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魔皇帝令嬢の花婿 小坂広夢 @kusamakura0813

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