魂の記憶の中へ
セフィに追い付くと目の前に一抱え程の結晶が宙に浮いていた。色々な人たちがうごめいている映像が結晶の中に映っている。
「何……これ……」
レイは口を半開きにし、ただただ眺めている。
「えっ、レイさんは初めてなの?」
「うん」
もう一度、結晶を見る。映像には俯瞰視点で決まって一人の男性が映っていた。
「おお、待っておったぞ」
セフィがこちらに振り返る。その時、セフィの変化に気が付く。正しくはセフィの持っているランタンの変化だ。ランタンは発光し、周囲に鬼火が浮いている。
「セフィ、そのランタンどうしたの?」
「おお、これか。これは魂を導くための道具じゃ。これでこの壊れた魂を修復し、元の場所に戻すのじゃ」
「元の場所って……」
「あれじゃよ」
セフィが上を指差す。見上げると星々が煌々と照っているだけだった。まさかと思い質問をする。
「この星に見えるのは……まさか魂……なのか?」
レイも見上げる。
「そうじゃ、これら全てが死者の魂じゃ。ここで悠遠の眠りにつき、そして時期が来たら互いに魂の情報を共有しあって新しい魂を現世に戻すのじゃ」
これらが記憶を持つ魂なのであれば、輝きは各個人の記憶が反映されたものなのではないだろうか。だからこそ……。
「「綺麗(だ)……」」
記憶のない俺たちにはより輝いて見えた。あの中の一つを勝手に盗ってはいけないかと思うほどに。俺らが見上げるのを終えたタイミングを見計らい。セフィが声を掛けてくる。
「ところでさっきの質問の答えがまだじゃったな」
「うん?」
咄嗟に思い出そうとするが思い出せない。
「記憶の取り戻し方じゃ」
「ああ」
先ほど、セフィが結晶を追いかけてしまったため答えていなかった質問だった。
「記憶はここにいても取り戻せる。ただ、かなり長時間になってしまうし、それまでに肉体が駄目になる可能性もある。実際、それで帰れなくなった人を何人も見てきた」
一瞬、死という文字が脳裏によぎり背筋が凍る。
「じゃが、それはあくまでこの魂の海にいた場合に限る」
「というと」
レイが横から話してくる。
「この魂の記憶を通して様々な記憶に関する刺激を貰うことが出来るのじゃ」
そう言いながら結晶を指差した。
「でも何でこの結晶なんですか?他にも魂があるんじゃ……」
「確かにそうじゃ。じゃが普通の魂には入ることが出来ないんじゃ。管理者でもある私でもな。ただ、ここに落ちてきた魂は違う。どこかに入る方法があるんじゃ。他とは違って精神や記憶が不安定なこれらの魂にはな…」
最後の言葉から記憶喪失は勿論、誰かが殺される、殺す、自殺する。そんな体験をしてきた人たちの物なのではないかと考える。レイの方を見ると同じ事を思っていたのか腕を組んで俯いたままだった。
「勿論、入ることは強要せん。人の黒いところを見ることになるのだからな。実際、見た後で心が壊れて魂の海へと駆けだしていってしまった人もいたんじゃ…。優しい子じゃったのじゃがな…。だから、無暗には勧めはせん」
話を聞き、周囲を見渡す。綺麗な星空が広がって入るがそれ以外は何もない。そんな空間でただ過ごすということを想像できなかった。というよりも想像することを無意識に避けている気がする。何か大きな腫物を扱うかのように。とはいえ、人の暗いところを見て精神が無事である保証はなかった。
俺が下を見ながら考えていると横から声がする。
「それでも私は行くわ」
声の方を向くとレイさんがセフィの方を見ていた。
「このまま、何もしないでいる方が怖いわ」
「そうか…。分かった」
重々しくセフィはうなづき返す。
「じゃあ、コウはどうするのじゃ?」
二人の視線がこちらに向く。二人の視線には行った方がいいというニュアンスがこもっているように見えた。が「はい、行きます」というほど簡単に決められない問題なのではないかと思う。いっそ、「このままここに居続けます」と言う方が楽なのではないか。見たくないものを見なくて済むのではないだろうかと考えてしまった。
「俺は…」
「行きます!」
答える前にレイが言葉を被せてくる。いきなり過ぎて、俺もセフィも目を丸くしてしまった。
「でいいよね。光代」
「あっ、ああ…」
勢いに気圧され、うなづいてしまう。
「そうか…。コウはそれで大丈夫じゃな?」
「ええ」
「じゃあ、その結晶に触るのじゃ」
促されるままに結晶に触れる。結晶は動的な反応は何も示さずただ、冷たい温度を返してきた。
「中に行ったら私の声が聞こえるまでお主たちは動くでないぞ」
「ああ」
頭が真っ白になっているのか気の抜けた返事をしてしまう。
「行くぞ」
―私たちに、あなたの記憶を見せなさい―
セフィがつぶやくとランタンの光が一層輝きを増し、視界を埋め尽くす。光が消えると闇の深さと謎の浮遊感が体を襲って来た。横を見てもレイの姿は見えない。同時に下から光のようなものが沸き上がってきた。沸き上がる光に対して目を凝らすと先ほど見た男性の映像が浮き上がっているのが分かった。光は密度を上げ、周囲を覆う。
数十秒続いた後だろうか、光は徐々に少なくなりその隙間から無機質な壁が見えてきた。さらに数秒待つと医者の姿が見えてくる。
(ここは病院か?)
予想は的中しており、光が消えたときテレビドラマで見たことのあるような手術室が広がっていた。周囲を見回しているとレイの姿が見える。レイも俺に気が付いたのかハッとした表情をする。
―聞こえるかの?―
部屋全体にセフィの声が反響して聞こえた。
「ああ(ええ)」
上を見ながら返事をするがそこにはただ天井が広がっていた。
―そうか。まずは入ることには成功したようじゃな―
―まず、ここについて説明するぞ。そこは結晶の主の記憶じゃ。その人の見たものを基に周囲の環境や人の性格が構築されているのじゃ―
「記憶を基に…」
―今いる病室をよく見て見るのじゃ―
促され、もう一度周囲を見ると。
「何だこの白色の光」
白い淡い光が部屋の所々に広がっている。広がっている光はパッチワークのように空間全体に散らばっている。
「壁と同じ感触がするわね」
レイの方を見るとしゃがみ込み白い光を触っている。
―それは補正光じゃ。私のランタンで補正した痕じゃ。記憶の中途半端さを補うための物であって、基本的には害が無いのじゃが町中で見つけた時は気を付けて欲しい―
「どうしてだ」
―あまり記憶にない町だと全面補正光になっててな。そこに行ってしまうと元の場所に戻れなくなるんじゃ―
一瞬、戻れなくなると聞いて驚くが行かなければいいと心に言い聞かせ、直ぐに平常心に戻る。
「なるほど、分かったわ」
―これからじゃが、数分から数時間すると地震が来て、床が壊れ、入る時に起こった現象がまた起こる。それは時間が飛ぶ合図じゃ。―
「時間が…飛ぶ?」
―そうじゃ、時間が飛んで次の出来事が起こるのじゃ。流石にフルで見ると気が狂うじゃろ?そのためにこちらで時間を飛ばすのじゃ―
「いわば、映画とかのチャプター機能ってわけね」
いつの間にかレイは立ち上がり天井を見つめていた。
「そう言えばその時間が飛ぶ現象を逆に利用して戻ることは出来ないのか?補正光だらけの場所から」
―残念ながら無理じゃ。一定範囲内に入っていないと時間を飛ばせないんじゃ。―
「ちなみに間違ってやってしまうとどうなるの?」
―結晶内は1つの時間軸しか存在できない関係上、何もない空間で何時間も待つ必要があるのじゃ―
考えただけで少し鳥肌が立つ。聞かなければよかったとも思った。
―あとは質問はないかの。大まかな流れはそんな感じじゃ。それでは、良い記憶との旅を…。あっ、そうじゃそこにあるものは触ってよいからの。あくまで映像を見ているだけじゃから記憶自体に干渉はしてないからの―
―記憶無き、人間たちよ。楽しい記憶を……―
この言葉を最後にセフィは返信をしなくなった。
動こうとすると手術台から泣き声がする。俺たちが駆け寄ると……。
「頑張りましたね。元気な男の子ですよ」
女性は疲れたような、嬉しいような表情をしていた。
「何か、嬉しそう」
レイさんは優しい笑顔で女性を見ていた。
「確かに嬉しそうだ」
釣られて、笑顔になってしまう。
「子供が生まれるとみんなあんな感じなのか?」
「多分そうよ」
「そうか……」
両者、徐々に語尾が尻すぼみになり会話が途切れてしまった。それもそうだほぼ初対面、両方とも記憶喪失となると話す話題が極端に少なくなる。
開いてしまった間を埋めるべく頭をフル回転させたが、いい話題が思い浮かばなかった。
そうしている間に女性が担架で手術室から出ていく。手術室の扉が閉まる時に足元に振動が走り抜ける。
「うわっ(キャ)」
振動は大きくなっていき、立っていられないほどになった。揺れに対して俺は床に手付く。レイさんの方を見ると尻餅を付いていた。周囲を見回し落ちてくるものがないかと確認するが落ちてくる気配は微塵もない。まるで俺らだけが地震に遭っているという奇妙な状況になっている。
「キャーーー」
レイさんの方を見ると尻を始点にしダンゴムシのように丸まっていた。
数秒の揺れの後、小さな光の玉が宙に浮かんでいた。下を見ると床にひびが入り、崩れてきていた。
さらに数秒待つと床は完全に崩れ去り黒い空間に飲み込まれる。そして、また景色が作り上げられる。
「何だ……。これ……」
光の奔流の先に広がっていた世界は車が数十台激突しており、所々から火が噴き出していた。そんな、地獄絵図だった。
魂の導き手 水上 翅月 @mizukami_haduki
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