魂の導き手
水上 翅月
魂、降り注ぐ海の中で
車のブレーキ音、ゴムの焼ける匂い、金属同士がぶつかり合う光景、ガラスで切る感触。五感からの情報が濁流のように襲って来る。最後にぶつかった衝撃が全身を駆け巡る。
死にたくない。
最後に出た言葉がそうだったかも怪しい。もしかしたら、周囲への呪詛、感謝、懺悔そんな言葉だったのかもしれない。
「……きて、起きて!」
肩を揺さぶられる感触がした。同時に体への重みも感じる。薄っすら目を開け、周囲を確認する。
「起きてよぉ……」
目の前には同年代の黒髪の少女が泣き目になりながら俺を揺らしていた。体への重みの正体は彼女が俺のお腹辺りに跨っているからみたいだ。
「ああ……」
何とか声を出す。少女は一瞬、驚いた表情を見せたがすぐに安堵した顔になる。
「……重い」
「えっ?」
「……重い」
女子相手にそれは不味いのではといった思考が言った後に巡ったが、時すでに遅し頬を引っ叩かれていた。
「サイッテー」
俺を引っ叩いた後、すぐに立ち上がり横に
俺は叩かれたところを
「そう……だよな。体重はタブーだよな……」
「分かればいいのよ……。それと叩いてごめんなさい……」
気まずい雰囲気が流れる。どうやって、この状況を打開するべきか考えを巡らせていると遠くから声が聞こえてきた。
「どうじゃ?レイ見つけたか?」
語尾からしておばあさんのような人なんだろうと推測する。声のする方を向くと恐ろしいものを2つ見てしまった。1つ目は奇妙な生物だった。声を発していたのであろう生物は黒い玉がローブを付けて浮いている。中央には目と思われる黄色の楕円が二つ、右手らしき部位にはランタンのようなものが握られていた。その奇妙な姿からこの世のものでは無い。2つ目はこの空間の自体だ。空は黒く星が輝いていた。これが空間全体というのはどういう事だろうか。宇宙にでも来たのではないかと錯覚を覚えてしまう。下に水があり反射しているわけではない。
脳内がパニックになってしまう。人間、本当にパニックになった時、何もできなくなるのだとその時初めて感じた。
飛ばないように意識を繋ぎとめているとセフィと呼ばれた謎の生物が声を掛けてくる。
「そち、大丈夫か?顔が白いぞ」
話しかけられ、さらに緊張が高まる。変な汗が出ているようにも感じてきた。
「セフィ、多分だけどいきなりセフィが出てくるとビビると思う。私もそうだったもん」
「そうかの?」
「うん、だって私もそんな感じになってたわよ。だから、代わりに私が紹介するわ」
レイと呼ばれていた少女は俺の方へと向き直ると口を開いた。
「こっちはこの「魂の海」の管理人兼導き手のセフィって言って、私や君のような「魂の海」に迷い込んだ人たちを出口に送ることをしているらしいわ」
そう言うとセフィが礼をする。
「私はセフィじゃ。ここで魂を導いておる」
老女のような声だがどこか安心感のある。レイが間に入ってくれたのもあってか少し心に余裕が出来たのかもしれない。
「落ち着いたようじゃの」
「はい…」
落ち着きはしたがまだ足の震えは止まっていなかった。
「ここは…」
「ここからは私が説明しよう」
レイの言葉をセフィが遮る。セフィの声色からは使命感のようなものを感じる。
「ここは魂の海と言っての端的に言えば死後の世界じゃ」
一瞬、息を飲んだが記憶を辿ると交通事故に遭って死んだのが思い浮かんだ。
「多分じゃが死ぬ直前の記憶はあるじゃろ。ああ、どんなものかは言わんでもよい。言いたくない人もいるからの。でじゃ、逆にそのもっと前の自分の歩んだ人生についての記憶はないじゃろ」
セフィに言われ思い出そうとするが名前以外は思い出せなかった。思い出そうとすればするほど記憶の中の情景が霧散してしまう。
「そう……だな。強いていうなら、光代《こうだい》っていう名前しか思い出せない。光の代わりって書いて光代っていう。苗字はダメみたいだ」
「その亡くなった記憶を取り戻すことで元の世界に帰ることが出来るのじゃ」
流れのままに話していたがここで状況を整理するためにいったん黙った。ここは死後の世界で元の世界に生き返る為にここで記憶を集める必要がある。魂と記憶にはどんな関係があるか分からないけど、この世界のそれがルール、郷に入りては郷に従えということで納得はしよう。ただ……。
「俺の肉体は?……あんまり言いたくはないけど交通事故でスクラップになっている可能性があるんだけど大丈夫なのか?」
一瞬、脳裏に肉塊になった自分を想像し血の気が引く。レイも想像したのか顔が引きつっている。
「すまない。そこに関しては言葉が足らなかったようじゃ。さっき、ここは死後の世界といったがお主は死んだわけではない。少なくとも今はな」
脳裏に生死の境を彷徨うという言葉が思い浮かんだ。多分そういうことなんだろう。
「ってことは死ぬか回復するかまでここにいるって事か?」
「そういうことじゃな。そう言った魂をこの海で迷わないようにするために私がいるのじゃ」
「もしも、迷ったら?」
先は読めるがこの質問をしてしまった。どうしてもこの好奇心を止められなかった自分の自制心を呪う。
「生身の身体には帰れなくなる。あっちでは植物状態、こっちでは無限に終わりの見えない精神的苦痛じゃな」
予想通りの答えだったが想像しただけで背筋が凍った。
「そうならない為にも私がいる。何か他に質問はあるか」
そして少しの間、沈黙が続く。
「そう言えば、さっきからちょこちょこ出てくる魂の海って何だ?地獄みたいなものか?」
「そうじゃの…死んだ後の世界の本質じゃな。よく言う地獄、天国、冥界などなどは簡単に言えば幻想じゃな」
「そうなの!?」
だんまりを決めていたレイが驚いた声色で言う。どうやら、この質問はしていなかったらしい。
「精神が病みそうになるこの夜空のような宇宙のような果てしない虚空にいるための生きる術といった方がいいじゃろ。人間、変化があったほうが精神が持つじゃろ。つまりはそういうことじゃ」
説明を聞いて何かが腑に落ちた気がした。
「他には何かあるか?」
「この空間でどうやって記憶を取り戻すんだ?」
危うく、聞きそびれそうになっていた質問を思い出し、慌てて質問する。
「それはじゃな……」
何かを話しかけた時に上でガラスが割れる音がした。
「きゃっ」
レイの悲鳴が聞こえる。しゃがみ込むレイを尻目に上を見る。するとそこには流星が普段見るよりもゆっくり流れていた。
「来たのぉ」
そうセフィが言うと流星の落下地点に向かって駆け足程度の速度でふわふわと移動し始めていた。俺も追おうとしたがしゃがみ込んだまま動けないレイを見つけ、流石に置いて行くのは酷だと思い手を差し伸べる。
「……ありがと」
そう言いながらレイは少しの間、躊躇う様に手を宙に泳がせてから握る。
「どういたしまして。大丈夫か?」
「ええ」
俺たちは二人で走ってセフィと流星を追いかけて行った。
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