エピローグ

 王都の最南端に存在する、木々に囲まれた深い森の中。


 賑やかな街中にあって何故か開拓の進んでいないこの場所は魔影の森と呼ばれ、多くの人間が疑問に思いつつも切り開かれないことで有名な場所だった。


 ただその存在感だけは放っておけず、魔女の住処であったり、王族の墓所であったりと様々な噂の絶えない場所でもある。


 ほとんど光の差し込まない暗い雰囲気と、時折聞こえてくる凶暴そうな動物達の鳴き声が、人々の足を遠ざけているのだが、カールは全く気にした様子を見せずに軽い足取りで中へと入っていく。


 そんなカールの背を追うトリスは、この森のおどろおどろしい雰囲気に気圧されながらも、短い足を懸命に動かして、逸れないように必死だ。


 必死だが、森と言う足場が悪い上に慣れない獣道のせいか、それとも元々の歩幅が違うせいか、少しづつカールとの距離が離れてしまう。


 ――このままではいずれ置き去りにされてしまう。


 そんな強迫観念に襲われたトリスは、とりあえず足元にあった拳大の石を手に取ると、カールに向かって投石の構えを取る。


 石を背中に投げつけて悶絶させることで距離を詰める算段だ。が、そんなトリスの思惑は外れることになった。不意に少し前を歩くカールが立ち止まり振り向いたからだ。


「何をしている。早く来るのだ」

「は、はい!」


 咄嗟に拳大の石を背中に隠したトリスがカールに向かって小走りをしていると、暗い森の中に僅かばかりの灯りが見えた。


 一体何の光だろうと不思議に思って進むと、二つの建物が並んでいるのが目に入る。


 一つは豪商の屋敷のように広く立派な建物。もう一つはレンガ造りの、平民にしては立派だと言えるレベルの建物だ。


「ここが私の店だ。どうだ、格好いいだろう!」


 弟子になったトリスに自慢するように指さしたレンガ造りの建物こそ、カール・ユングス自慢の錬金術店、アルケミー・ドリーマーズである。


 扱っている品は魔法薬、魔法武器、魔法防具など錬金術を駆使して生成するものばかり。


 王都に長く住んでいたトリスも、こんな店があるなんて知らなかった。そしてカールもまさか弟子が自らの足を止めさせる為に石を投げようとしていたことなど知らなかった。


「本当にお店を開いてたんですね師匠。うん、凄く格好いいです。輝いてます!」

「ブワッハッハ。そうだろそうだろ! もっと称えるがいいわ!」


 自身の行いがバレていないか冷や汗をかきながら、トリスはカールを褒め称えつつ背中に隠した石を地面に落として証拠を隠滅。


 そして自分の店が褒められて鼻が伸びているカールは当然そんなトリスの内心に気付くことなく、己の命の危機があったことなど知る由もなかった。


 レンガ造りの建屋はカールの性格に似合わず小洒落た趣きで、煙突からポコポコと漏れる煙がそれらしい雰囲気を醸し出している。


 この工房は二階建てらしく、二階の窓から光が零れていた。


「というか、随分と辺鄙なところにあるけど、お客さんとか来るんですか?」

「もちろん、特殊な道具で見つからない様にしているため余程強力な力を持った者か招待状を持った者以外は森の中にさえ近づくことも出来んぞ!」

「お店として致命的じゃありませんかそれ!?」


 トリスが周囲を見渡すと、あるのは木々がほとんどで民家の光はかなり離れたところにあった。


 どうやら住んでいるのはカールだけではないらしい。彼の他にこんな場所に住もうと考える変人がいることに驚くが、世の中自分が知っている事ばかりではないと言われたばかり。


 納得して出来るだけ関わらないようにしようと内心決意する。


 そう言えばこの魔影の森には幽霊屋敷が存在するという噂を聞いたことがあったが、この店のことではないだろうか。


 そんな疑いの眼差しをカールに向けつつ、これからの事について心配していると、カールが振り向いた。


「さて、貴様にはここで我が弟子として錬金術の補佐をしてもらう。また、同時に店の販売員として働くことを命ずる。報酬として月ごとの給金と、材料が揃い次第幸せになる薬であるバファリーズを精製してやろう」


 そんな疑いの心も、カールの言葉で吹き飛ぶ。トリスの最大の目的であるバファリーズ。カールの言う事を全面的に信用するなら、これこそ彼女の求めていた伝説の秘薬である。


「ほ、本当精製出来るんですか? 幸せになる薬なんて私、聞いたこともないんですけど……」

「錬金術は無限の可能性が眠っている。ゆえに不可能などないから心配するではないわ」


 自信満々に答えるカールは輝いていた。その瞳は彼にしては珍しく真剣そのもので、錬金術に対する疑いなど一粒の砂程度もないことを物語っている。


「……どれだけの役に立てるか分かりませんが、よろしくお願いします!」

 そんなカールの言葉には力があり、説得力がある。そう感じたトリスもまた表情を引き締めて、小さな体を精一杯使って頭を下げた。

 それを見たカールは満足げに頷く。


「うむ。そういえば、この店には私が生み出したホムンクルスが一体いるからな。仲良くするんだぞ」

「へぇー、師匠ってホムンクルスも作れるんですか。凄いですねー。ホムンクルスっていえばゴーレムとかの疑似生命兵器じゃなくてちゃんと意志もあるんでしょ? 新たな生命の創造。神にも等しい行為だって前に本で読んだ気が…………」


 そこまで一気に捲し上げたトリスの口が突如として止まる。そして信じられない事を聞いたかのように、驚愕の眼差しでカールを見た。


「……ホムンクルス?」

「イエス・ホムンクルス! 家の炊事洗濯するものが必要だと思って作ったのだ!」

「ちょっ! そんな理由!? ホムンクルスって言えば賢者の石、エリクシール、黄金錬成に並ぶ錬金術の秘奥じゃないですか! もう文献も残ってないから誰も作れないって……」

「私はカール・ユングスだぞ。天才なのだぞ。そんな私の錬金術に不可能などないわハッハッハ!」

「うっそぉ……」


 トリスはカールの非常識ぶりに口を半開きにしてしまう。


 だが実際に本物か知らないが彼はエリクシールを当たり前のように使用するし、訳の分からない道具を持っていた。


 この男は変態だが、極度の変態だが本物かもしれないと、胸の内側に火が付く。


 カール・ユングスに付いて行けば、自分は幸せになれるかもしれない。この男なら本当に幸せになれる薬、バファリーズを作製出来るのかもしれない。


 先のカールの真剣な表情と合わさり、藁にも縋る気持ちでしかなかった錬金術の可能性を信じ始めていた。


 トリスが期待に胸を躍らせていると、カールが店の扉を開いて中に入っていく。


それを追い掛けるように、トリスもその店の中へと入っていった。


 そしてこれから先、この不幸な少女は錬金術師カールの弟子となり、この世の中に悪名を轟かせることになるのだが、この時はまだ何も知らない無垢な少女である。


「あああああ! また師匠がぁぁぁ!


 何も知らない、それこそが幸せなことであると気付かないまま、どんどんと沼にはまっていくトリス。


「フハハハハァ! これこそが錬金術!」


 そして、その様子を高笑いしながらたまにぼこぼこにされるカール。


 二人のめちゃくちゃな錬金術は、これから先、世界中に広がっていくのであるが、この時はまだ誰も知らなかった。



錬金術師カールの華麗なる日常 ~エリクサー? それはただの栄養ドリンクである! ホムンクルス? それはただのお手伝いさんである! そして私は天才錬金術師、カール・ユングスである!~ 完



―――――――――――

【後書き】

短い話でしたが、この話はここでお終いとなります。

そしてこの物語の先で、カールとトリスのめちゃくちゃ錬金術はまだまだ続いていきます(笑)


ここまで読んで下さり誠にありがとうございました!

良ければ他の作品も色々とありますので、これからも応援して頂けたら幸いです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

錬金術師カールの華麗なる日常 ~エリクサー? それはただの栄養ドリンクである! ホムンクルス? それはただのお手伝いさんである! そして私は天才錬金術師、カール・ユングスである!~ 平成オワリ @heisei007

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ