第16話

 そうしてトリスとカールの罵り合いは続くが、二人ともあることに気付いてしまう。


 ――これ、なんて無意味な時間だ。


 お互いが同時にそれに気付いた瞬間、二人は目を合わせて頷き合う。


「少女よ、名は?」

「トリスです……カールさん、で良かったですよね?」

「うむ」


 そしてカールは和解の印として、彼女に手を差し伸べる。その手をトリスは少し照れくさそうに、握りしめた。


 ぶちゅ、と嫌な音が静寂の街に鳴り響く。カールの手が握り潰された音だ。


「ぐおおおおおお! な、何故だぁぁぁ!? 今我々は和解する流れではなかったのかぁぁぁぁ!」

「あぁ、ごめんなさい! わざとじゃないんです! ちょっと力加減を間違えて!」

「ひぃぃぃ! ふぅぅぅぅ!」


 カールは無事な方の手で懐からエリクシールを取り出すと、ゴクゴクと飲む。それだけで時間が巻き戻ったかのように、カールの手は元に戻った。


「わ、私でなければ致命傷だぞこの筋肉娘がぁ!」

「筋肉娘じゃないですけど、今回は本当にごめんなさい!」


 その必死に謝るの様子のトリスに、今回は本当にわざとでなかったのだと思い、許すことにする。


「……まあいい。それよりトリスと言ったな。貴様の願いを私が叶えてやろう。その代わり、貴様の髪の毛の一部を寄越せ。それが対価だ!」

「……え? いや、なんかカールさんに髪の毛とか渡したら呪われそうで怖いからやだ」

「まあ否定はしない」

「否定しないんだ!?」

「だがしかし! 私の力はここまで見ただろう!? であれば、その力があれば貴様を幸せにすることなど容易い! ゆえに問おう! 貴様は何を望む⁉」


 その言葉を聞いたトリスは、まるで悪魔の勧誘のようだと思った。


 だがしかし、己が今追い詰められているのもまた事実。


「……本当に、私の願いを叶えてくれるんですか?」

「もちろんだ! この天才錬金術師に不可能はない!」

「なら!」


 そしてトリスは自分のことを話し出す。


 元々は王子と婚約していた侯爵令嬢であったこと。しかし王子から突然突き付けられた婚約破棄。


 そこからの転落人生。親には王子から婚約破棄をされるなどふざけるなと、勘当され、兄弟たちからは肩身が狭くなるとなど嫌味を言われ、散々だった。


 この橋で途方に暮れていたのも、これまで貴族の令嬢として育てられてきた自分がどうすればいいのかわからなかったからだ。


「俺は真実の愛を見つけたのだ! とか言われても、わけわかんないですよ!」

「お、おう……そうだな」


 その話を聞いたカールは、自分の背中から大量の汗が出ていることに気が付いた。


 何故から、その王子の婚約破棄とやら、どうにも自分が大いに関わっているような気がしたからだ。


 ちょっと試しに新しく作った感情を暴走させる薬を試したくなって、たまたま見つけた王子に飲ませたのは、昨日のことである。


 もちろん、王子がその感情を持っていたことに関しては関係ないが、王族の婚約破棄までなるほど王子が馬鹿でなければ、間違いなく自分の薬のせいである。


 これがバレたら、また手を潰される。そんな恐怖を覚えたカールは一つの妙案を思いつく。


「よかろう! ならトリスよ! 貴様の願いを言ってみろ!」

「……私は、私は幸せになりたい! だから、そのお手伝いをしてください!」

「承った! ならば貴様は今日から――」


 そして――。


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