初夢

野中 めい

初夢

目覚めるとそこはいつもの見慣れた天井、白い雲と星々たちの澄んだ空。

三角定規は直角定規と結婚式をし、客にまぎれた強盗犯は、宝石とともに朝餉あさげを取り夕暮れ時に敬礼をする。配膳係の赤れんがは、瓦礫がれきの山とともに崩落し、パソコンの画面の中に迷い込む。一文無しの鍛冶屋がふと硝子をたたくと、細いビードロとともに水滴を落とし、富士の山にかかった雲が大きなひょうを降らすと、たちまちそれは焼き魚に、それをひょいと食べると鷹と白鳥のワルツが始まる。感激とともに一つの焦燥感しょうそうかんが芽生えると、それはコオロギの小さな夢に代わる。小さな町の少年は明日は我が身かと期待に胸を膨らませ、風船のように膨らんだそれは紙吹雪のように散り、桜道を歩き始める。

頭痛とともに目覚めるとそこは太平洋の真ん中で、優柔不断な紳士淑女が遥か20000キロの長旅に出る。しかしそれは長く降り積もったほこりのように儚く消えていき、瞬く間に泡となって水面に浮き出でていった。ライターオイルの揮発きはつしたガスが、道に捨てられ煙草と化学反応を起こし、テレビとエアコンのリモコンの脳味噌に、味を占めた煮魚が行く先は遠い遠い夢の果て。天国と地獄はシャープペンシルと消しゴムによって書き換えられ、閻魔大王えんまだいおうの言うことにゃ、鬼の居ぬ間にチョンと金塊を溶かし始め、大根おろしとポン酢でいただく白昼夢はこれまた絶品である。しかし眼鏡とパソコンの区別がつかぬ鬼は、またでたらめなことを言いますなと、ベッドのふちに塩を振りまいた。

夢から覚めぬ、夢から覚めぬ。摩訶不思議な夢の一住人となり、毛糸のほつれを気にするように、幾度も幾度も夢の中を彷徨う。その瞬間消えかけていた泡沫は、吟遊詩人の演歌により目を覚ます。覚醒した夢の中に魚が一匹、めでたいとはこういうことを言うのだと小さな金魚と恋に落ちた龍は、窓辺に差し込む一筋の光とともに、一滴の蜂蜜になった。携帯電話の着信で女子高生はフードコートのラーメンを御盆にのせ、ベンジンと王水によって心を開き、ラー油の涙を鋼の糸に染み渡らせ、情緒不安定な鯛の中身をゆっくりと確実に蝕んだ。愛着がわいたこの景色を僕と私がたちまち黒く塗りつぶしていき、夜の合図とともにキツツキが目を覚ます。新たな生命の誕生がこんなにうれしいなんて、お天道様も思いやしない、なんてことを悪辣に述べ、キーボードの打鍵音の色鮮やかなマカロンは、深く落ち着いた深海魚のように確実にその数を増やし、鏡の破片とともに生まれた逆さ天女の懐とお代官様の大太刀に潜んだ虫食い標本が、火の粉とともにその歩みを進め、鏡餅のヒビの中に小さな小さな七福神とささくれがナスと豆腐で煮物を作り、揚げ出し豆腐の皮とともにきれいな小川を作った。髪の毛が邪魔で前が見えぬ、足が重くて先に進めぬ、あたり一面石ころのパレードが響き渡り、岩と水のオーケストラでブリキの兵隊が行進する。トランペット吹きとフルート吹きが、クラリネットのリードを眺め、オーボエの行列に歓喜する。めでたい、めでたい、今日は元旦、新年だ。あけましておめでとう。今年もよろしく。お年玉を上げようか、お餅はよく噛んで食べなさい。おせちの中身の黒豆が、伊達巻と蒲鉾の切れ端を、よいせよいせと運びます。お伊勢様のお参りに狐と狸が御神酒を供え、やれ縁起がいいと騒ぎます。雪景色とともに親戚一同大はしゃぎ、病や厄災飛んで行け、年男と年女は巫女とともに踊りなせ、おんべと神刀かたなで四方八方厄払い、しかし注連縄からは出てはいけない、出ると悪魔がたちまち襲いに来るぞ。鏡と勾玉磨きなせ、磨くと神様も機嫌がいい。いい初夢だ、縁起がいい。錨を下した船舶が煙草の煙を吹かしましょう。今日は鯛が大漁だ、こんな日はめったにない、ついでに洒落も利かせましょう。漁師の機嫌は太陽と月の引力によって潮の満ち引きが作り出す幻想的な星空に、明日は転機と夢心地。梟の鳴き声によってついえた夢は新たにビー玉とおはじきの花火となる。花咲く空にペットボトルとダンボールがお見合いする。うまくいったかいかぬかは、神様ですら賽を振り、良い目が出れば赤子になり、悪い目が出れば鬼となる。アルコールランプの匂いに誘われて、ニンジン玉ねぎジャガイモが三列横隊で突入します。鍋の中の水は沸騰し香辛料が幾重にも重なりそれはまるで十二単のような鮮やかさと虹のような儚さを持ち合わせそっと壁の中に消えていきました。障子からのぞいた二つの目玉はビーカーの中のホルマリン溶液をじっと見つめ大きな野望を抱えながら眠りにつきます。

音を聞き、涙を流し、それがいつしか川となり、幾重にも重なり、それは細かい糸のように絡まり、星とともに天の川になり、流れ星は地上に水たまりを作り何時しか滝になり、鯉が昇る。夢の中の美術館にはそんな絵画が並び来る人々を楽しませています。有名な十三人の宗教画は一人一人が命を得て、パンとワインを食します。いつしかワインがブドウになり蝋燭の火にあてがわれ妖艶に輝きます。

インターネットの海の中に風船を持った子供が一人、雪のように溶けゆくそれは、きれいなものでした。瓦礫に埋もれたブリキの車、ドールハウスの住宅街をあの手この手で切り開く、西洋人形は日本人形とダンスを踊り扇子を重ねて争います。金木犀が香る薔薇園に木蓮と桜がほのかに咲き乱れ、あれやこれやと会議をしております。銀杏いちょうの葉っぱが言うことにゃ、チューリップはどうもいけすかねぇ、沈丁花の花を見習え、奴はこの世にない美しさだ。銀杏ぎんなんがポツリとあいつは曼珠沙華に騙されているんだ、鳥兜から調合された薬を飲めばたちまち目を覚ますだろうよ。そして、銀杏いちょうは静かに息を引き取りました。無音の中狐のコンという鳴き声がこだまして、狸のポンという音が鳴り響く。

何も聞こえず、何も見えなくなったとき、私はどこか高いところから落ちていた。ずうっとずうっと落ちていった先の向日葵畑を通り過ぎ、神の宴を横目におもちゃの兵隊と人形のオーケストラを聞き、瓦礫の山を通り過ぎ、富士山を越え、赤レンガの倉庫を超え、幾重にも重なった天の川を超え、先の雪山にぶつかる瞬間私は本当の現実に戻ってくることができました。


こうして私の初夢は幕を閉じます。

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初夢 野中 めい @nonaka_mei

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