第5話 エピローグ

君は、飲みかけの果実水をあやうく噴き出すところだった。


不可思議な体験から数ヶ月後。

徹夜明けの君は、いつもの店で果肉入り蜂蜜パンを買い損ね、仕方なく購入した果実水を飲みながら、ぶらぶらと工房から自宅に向かっていた。

その途中、耳に飛び込んできたのが「皇帝への呪詛」である。


有力貴族の一人が、我らが皇帝に向けて呪術を行ったことが露見し、捕縛されたことが報じられたのだ。

貴族は呪術を否定するも、流罪に処され、流される途中の船上で突然死んだという。

市民の間では、もっぱら神の罰であるとの噂で持ちきりだった。


衝撃的な報道を聞いた君は、人々が駆け抜けていく道の先を見つめ、そして歩みを再開した。

広場に設置された、石板をその目で見に行くのだろう。だが、寝ぼけて回転の鈍い君の頭は、自宅のベッドのことでいっぱいだ。


狭く急な階段を三階分登り、自室に入り込み、カップを机において、ベッドめがけて一直線に倒れこむ。


疲労で石のように重い身体を、朝の柔らかな空気が撫でていく。

甘い香りが、鼻を擽る。


…空気?


君は、出かける前は戸締まりをしたことを思い出す。


まさか泥棒が入った!?


覚醒した君は勢いよく起き上がると、部屋の中を確認する。貴金属、異常なし。衣服、食器、非常食、荒らされた形跡、なし。


「…?」


一体どういうことだろう。

それに、この甘い香りは…


「あ」


開かれた窓、そのすぐ近くの棚の上に、何か置いてある。


「ほこりよけまで…」


君は、その掛けものに使われた布が、とても手触りの良いことに気付く。

そっとめくると、小さなかごに、少し乾いた果物が挟まれたパンが置いてあった。


君がいつも贔屓にしているパン屋でしか売っていない、果肉入り蜂蜜パン。

そばには、萎れた小ぶりの花が添えられている。



あの日、君が落とした夜食だった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

くらがり 葉(休止中) @suiden

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ