砂上世界の机上のロボット

志帆梨

砂上世界の机上のロボット

ある日、突然。家に、ロボットが訪ねて来た。

言っていて、自分でも荒唐無稽で大雑把だな……と、思いながらも。目の前の状況を、そう表現する以外に言葉を知らなかったのでこう言うしか無かった。


平日の昼下がり。突然、自宅のチャイムが鳴らされた。

ネットショッピングはしてないはずだけど……と思い、一旦居留守を決め込むが。チャイムは再び押され、数十回程鳴らされてから。私は根負けしてインターフォンの所まで起き上がる。

寝起き感満載の低い声で出ると。


『初めまして、こんにちは。おめでとうございます、あなたは【シンクロ型アンドロイド体験ユーザー】に選ばれました』


という、単調で少し高めのボカロっぽい声が飛んで来た。

それから戸惑いつつも、玄関を開けた先に居たのが。全身、白を基調としたメタリックな材質の、簡素な人の形をしたロボットだったのだ。背中には、妙に大きな箱型のリュックを背負っている。食品宅配サービスの配達員か、鬼になってしまった妹を連れて鬼斬りでもやっているのだろうか?


『とりあえず、立ち話も何なので中に入ってもよろしいでしょうか?』


いや、お前が言うなよ……とは、思いつつ。自宅玄関前に良く分からない物があるのもアレなので、仕方なく室内へと上げる事にした。

中に入り、器用且つ綺麗に正座をするロボット。……てか、土足? 靴とか脱いでなかったよね?


『おめでとうございます。あなたは【シンクロ型アンドロイド体験ユーザー】に選ばれました』

「いや、あの……それ、何ですか?」


おめでとう、と言われても。その代物が何なのか知らないし、全く良く分からないし。そんな懸賞とかに応募した覚えも無いし。


『あなたは、この機体にシンクロし。自由に操作する権限を与えられたのです』


余計に良く分からん。


『順を追って説明致しますね』


困惑する私に、ロボットは感情の読み取れない声でそう告げて続ける。


『この機体は【シンクロ型アンドロイド試作零号機】。人の脳とリンクさせ、自身の手足のように動かす事が出来ます』


人の脳とリンク……って。


「まさか、今話してるアナタって、人間!?」

『はい、私はちゃんと心臓で動く血の通った人間です。此処より離れた場所から、この機体を動かしております。因みに、この機体の開発者です』


知らない人家に上げちゃってた!!


『ご存じだとは思いますが、今。世界では新型ウイルスによる感染被害が深刻な問題となっていますよね?』

「も、もちろん……」


その所為で私は今、口座の貯金残高を毎日気にする無職生活を送っているのだから……。


『不要不急の外出自粛。密を避ける為、大人数が集まるイベントや飲み会等の集まりの自粛及び感染対策の徹底』


楽しみだったライブやイベントも中止になっちゃったんだよな……。


『それを提言した所で、全国民が足並みを揃えて実行出来る訳でも無く。置かれている立場や状況によっては、行う事が出来ない場合もあります』

「まぁ、確かに……」


出社をしなければいけない職種の方達もいるだろうし。この状況下の中で、一番働いているであろう医療関係者の方達は特に公私共に大変であろう。

それに比べたら、私はある程度恵まれた立場だ。今、無職だけど……。


『そんな方達でも、この機体を使えば。外出の頻度を減らす事が出来るのです』

「それって。自分の身体の代わりに、このアンドロイドの身体で外出したり出勤したり出来るって事ですか?」

『その通りです』

「いや、でも……ロボットの身体で仕事って、出来るんですか?」


自分の身体を動かすのとは、絶対勝手が違うと思うのだが……。


『この機体は、見た目のシンプルさとは打って変わって。人間と同じ、或いは。人間以上に繊細且つ様々な動作をする事が可能です』

「……針に糸を通すとかも?」

『使用者本人が出来るなら可能です』


マジか……出来なくは無いけど、ちょっと時間掛かるぞ。


『次に、こちらをご覧下さい』


そう言って、アンドロイドは背中に背負っていた箱型のリュックを降ろし中を開いた。そこから現れたのは、竹筒を咥えた美少女……では無く。フルフェイス型のヘルメット。

眉を寄せ、疑問符を浮かべる私に。アンドロイドは淡々と説明を再開する。


『こちらが、この機体にシンクロする為に使われる……まあ、VRヘッドセットみたいな物です』

「みたいな、って……」

『特に名称は決めていないので』


ちょっとした所、アバウトだな。


『コレを装着し、起動させると。その人物の脳とアンドロイドがリンクし、機体を思考だけで操作する事が可能です』

「すっ、凄いですね……」

『そうして、出勤しなければいけない仕事や用事を自身の身体の代わりに行って貰う事が出来るのです』


在宅では出来ない仕事を自分の身体の代わりに行って貰ったり、スーパーやコンビニ等の接客業。清掃員、受付業務、警備の仕事等。現場に生身でなくとも可能な仕事を行えるそうだ。


『仕事だけではありません。食材や日用品の買い物やATM等の必要早急な外出も、このアンドロイドで済ませる事が可能です』

「ATMはタッチパネル反応するんですか?」

『指先の腹部分はタッチペンと同じ素材です』


便利だな……スマホゲームとかにも不便が無さそう。

それに自宅に居ながら、意識だけは外出する事が出来るのか……それは、ちょっと良いなあ。


「今、聞いてるだけでも。凄く便利な気がします……」


ロボットが来訪して来るという予想外過ぎる出来事に浮世離れしていた頭が、現実的な利便を提示されて少し現世に戻って来る。

正直、さっきまで「SF漫画みたい~」って。ちょっと現実逃避気味だった……。


「で、その体験ユーザーに私が選ばれた……と」

『はい。謝礼も勿論付与させて頂きますし、あなたの安全面を最優先で考慮した上で【シンクロ型アンドロイド】を体験使用して貰い。一般的な日常での使い心地がどのようなものなのか、データを取らせて頂きたいのです』

「データですか?」

『はい。実際の使用状況から、どのような具体的な利便と不便。さらに、リスクや欠点があるのかを調べなければなりません』


なるほど……まあ、使ってみたらどんな事が起こるかは。使ってみないと分からないもんなあ。


『現時点では一般家庭の流通より、企業や職場での備品から使用を導入していこうと考えております。会社支給の電子端末のように』

「高価そうですし、なかなか一般家庭では手が出しずらそうな大きさですから。それなら、現実的かもですね」

『はい。そうすればアンドロイドを会社で保管する事が可能ですので、ヘッドセット的な物さえあれば自宅から身支度無しで公共交通機関等を使わずに出社が可能です』

「メッチャ便利ですね」

『一般の流通には値段もですが、量産して利益に固執した商品化とするにはまだ課題も多いので』

「課題?」

『人間というのは、変化を簡単には受け入れられないものです。新型ウイルスの発生直後、それに対し警戒心を強く抱いた人はどれほど居たのでしょうか』


確かに……最初、海外で発生した時には。そんなに気に止めてなかったなぁ。自分とは関係の無い、遠くで起こっている出来事なのだと何処か他人事であった。

自国で感染者が出始めてからも、正直その気持ちは私の中に残り続けて。当初、一桁台の人しか感染してない頃。自分はどうせ罹らないだろう、という根拠等無い謎の自信が無意識に存在していた。

けれど、国内での感染者に死者が出始めたり。二桁に増えていた感染数が、三桁台にまで登って来た頃。ようやく、その見えない脅威の存在に恐れを抱いたのだ。


『このアンドロイドを実用化させた所で、不信感が優先するでしょう。今まで無かった物を受け入れられないというのと、様々な不安定で不確定要素も含めて疑問視されると思います。それに、これを備品として社員に支給して出勤及び職務をアンドロイドにさせる許容をしてくれる一般企業も。そう簡単に現れてはくれないでしょう』

「テレワークも賛否が出たくらいですし。アンドロイド出勤や業務作業の認知も難しそうですね」

『はい。接客業においても今まで人間が行っていた業務を、見た目だけとはいえアンドロイドが行う事に抵抗も覚えられるでしょうし』

「あー、なるほど……」

『性能面では抜かりのない機能を搭載しましたが、懸念はされると想定しています』


まあ、確かに……。


『本当は、この新型ウイルスの感染被害が大きくならなければ。この技術を実用的にしようとは思いませんでした』

「えっ、どうしてですか? まだ色々問題があるとしても、絶対便利ですよ? 危険と隣合わせのお仕事の方とかに」


消防士さんとか、警察の人とか。危険な工事現場とか、高所で働く人とか。


『確かに、もし事故が起こってしまった際にも。アンドロイドの身体であれば、使用者の最悪の事態を回避する事が出来ます』


機体が破損しても、脳を含めた生体には異常の出ない設計にしてある……と、無機質な声が告げる。


『しかし未知の存在の現れは、人間に限らず動物全般が本能的に警戒をしますが。知恵を巡らせ、それらを悪事や他者を陥れる策略に使用するのは人間のみです』


カメラ技術が発展し、一般人でも気軽に思い出を写真に残せるようになったが。その所為で「盗撮」という犯罪が生まれ。

インターネットが開発され、パソコン、携帯電話、スマートフォンと。液晶画面の中で出来る事が広がり、便利さと娯楽が前面に出ている反面。誰でも簡単に踏み込んでしまえる数え切れない危険への入口が、至る所に広がってしまった。


『それらが“悪い物”であるとは全く思っていません。ただ、使用する側も。布教させる側も、その利便と同時にリスクやマイナス面も理解しておくべきだと思うのです』


確かに……今、当たり前に使い。もう無い生活が考えられない機器達は、多くの犯罪や悲しい事件で主人公を演じていたりもする。


『起こり得る全ての負の可能性を浮き彫りにする事は出来ずとも、世間に使用して貰うのならば。出来る限りの可能性を理解し、対策しておきたい。そこで、あなたにこの機体の体験ユーザーになって頂き。一般的な生活の中で、どのような利便不便があるのかの検証にご協力をお願いしたいのです』


アンドロイドは、人間に近い形をしているとはいえ。ロボット感のあるシンプルな構造の手を床に付け、深々と頭を下げた。


『どうか、何卒』


人に土下座をされた事すら無い私が、ロボットに初めて土下座をされて思わず慌ててしまう。


「そっ、そんな! とっ、とりあえず顔を上げて下さい!!」

『自主的に行ったので、倍返しは致しません』

「そんな事は心配してません!!」


てか、あの人気ドラマ観てたんだ!! それにも驚きだよ!!


「てか、あの……私、今、求職中で……根本的に普通の生活を送る事が……」

『それでしたら心配ありません。もし、この体験ユーザーを引き受けて下さるのならば。謝礼とは別に、この機体の製造に関わった会社への正規雇用をお約束致します』


そう言うと、突然。アンドロイドの胸部分が引っくり返り、液晶画面が出現する。画面に映し出されたのは、CМとかで偶に見た事のあるかなり大手の会社であった。


『体験ユーザーの期間はまだ満期未定ですが、仕事自体は無期限での契約をと打診してあります。勿論、勤務態度と能力によっては変更が出る可能性もありますが』

「やっ、雇って頂けるのなら真面目に一生懸命頑張ります!!」


前の会社でも優秀とかではなかったから、自信はないけど……。


『そう言って下さると思ったので、あなたに体験ユーザーをお願いしたのです』


そういえば、どうして。この画期的な機械の体験ユーザーに私なんかが抜擢されたんだろう……そう尋ねてみようとした時。


『私は、もし……この機体が世の中に受け入れられるのならば。様々な方法で役立てられ、助けになって欲しいと思っています』


と、告げ。アンドロイドは自身の理想を無機質な声音で語り始める。


『新型ウイルス感染抑制の為だけでは無く、身体の不自由な人々がこの機体を使用出来れば自由に色んな所へ行く事が出来ます。足腰の弱くなったお年寄りが若年期のように活発に動き回れたり、足に障害のある人が元気に走り回ったり。身体が弱くて学校に行けない子供が、意識だけでも登校して友人を作ったり教室で勉強をしたりする事が可能になるかもしれません』


逆に、学校や会社……社会に馴染めず、人付き合いを要領良く熟す事の出来ない人達が、他者との関わりが少なくて済むように。授業や仕事の際のみアンドロイドとシンクロして、勉強や業務を熟すという参加方法も有って良いのではないか。人間関係による精神的苦痛から、最終的に自身を壊してしまうくらいならば。その弊害から離れる事が出来る選択肢があっても良いのではないか……と。


『それに、この機体を学校や会社の常備品に出来れば。新幹線や飛行機を使用するような遠くの学校や会社に通う事も可能です』


転校や転職も、今よりある程度、気軽なものになりそうだ。


『しかし勿論、全ての人達がこのアンドロイドの使用者になる事は望んでいません。やはり自身の身体とは、全く同じにはなりませんから。ただ今は、選択肢を増やしても良いと思うのです。外出する人の内、何割かの人でもこの機体を使用してくだされば。感染抑制に繋がると、私は考えています』


密になるのが生身の人間だけではなく、機械と人間ならば。確かに、少しは収まってくれるかもしれない……。


『今まで、当たり前に出来ていた些細な事が困難になってしまった世界で。少しでも、耐え忍ぶ辛さを和らげる事が出来たらと思うのです。勿論、受け入れがたい人達も居るでしょう。私は、それはそれで構わないと思っています』


ずっと変わらない無機質な声に、嘘偽りの無い色が垣間見える。


『受け入れられない、使用したいとは思わない。それも、その人の大切な気持ちで尊重すべきだと思います。しかし、新たなやり方を肯定し。生きやすさの為に実用してみたいと思う方が居て下さったのなら――』


きっと、居るって私は思います……そう心の中で呟いた。


『私はその方達が使用する事に、異議も含めて。敵意や悪意を向けて欲しくはないんです』


きっと、肉声を聞いたら。もっと意思の強さを感じる声だったのだろうな……と、私は思う。

声帯の無いアンドロイドだから仕方の無い事ではあるが。やはり、まだまだ面と向かって生身の人間と会話するのと同じには行かないようだ。


『出来る事や得意な事、出来ない事と不得意な事は必ず誰にも存在します。好きな物と嫌いな物が、千差万別存在するように』


なので、今。生き方の“普通”に縛られてしまっている社会で、他にも選択肢があるという事を広げていきたいのだそうだ。


『何の苦労もせずに生きて行く事は出来ませんが、その苦労が少し軽減されるくらいの楽を選んでも良い。その選択肢の道具に、この機体を使って頂きたいのです』


この人、やっぱ優しい人なんだろうな……。


「あっ、でも。そういえば、どうして、自動じゃなくて手動何ですか?」


人の役に立てる為ならば、今の時代、AIとか使えば良いのでは?


『それですと、人間の求職率が更に低下してしまいます』


あ。


『最新技術を使い、仕事を自立思考型の機体や。正確に作業を行えるようプログラムされた機体を普及させても、得をするのは機体の製作会社や人件費の削減が出来る雇用側等で。その事業に関わりの無い人達に利益は生まれません』

「確かに……」


人間が出来る仕事が無くなってしまう……。


『もし、全てを人工知能や的確な判断力を持った機械便りな世界にするのならば。まず、就職難や根本的な不景気の改善が先です』

「た、確かに……」


就職難に関しては私もついさっきまで。ただただ神頼みと、この世の不公平に心の中で無意味に愚痴を溢すだけであった……。


『それに万が一、氷河期が再来したり。火山や地震等の自然災害で文明が滅んだり、全人類が石化して数千年後に目覚めた時。運良くそこから生き残ったとしても、何の知識も技術も無ければ、その後の世界で生き残っていく事は困難です』

「氷河期や絶望的な天災が起こったら、ノアの方舟はこぶねでも無い限り人類の全滅は逃れられないかと……あと石化後の覚醒の際には、科学の天才高校生でも居ない限り人類自体百億パーセント生存不可かと……」


と、私が思わず言ってしまうと。アンドロイドは少し間を置いてから。


『確かに』


と、答えた。


『まあ、ですが。日本沈没程の大事では無くとも。普段の生活や仕事で不測の事態が起こった際、それなりに対応出来る技術や知識も人間には必要だと思います』


今でさえ、機械が無いと何も出来なくなるだろうけど。更に色んな分野の技術が進化したら、人間は生身の身体だけではもっと何にも出来なくなるんだろうなあ。


「やっぱり、なんでもかんでも機械任せっていうのは良くないんですね」

『人間が大変だったり危険な作業等を機械に頼り。簡単に出来るような事や、個性、芸術性の求められる仕事は人間がやる。その方が、ある程度の偏りが少なく社会が回れると思います』

「この感染禍でお仕事無くなっちゃってる人達、凄く増えてますしね……」


私もだけど……。


『仕事をしなくても人々が全員生きていけるのならば良いですが、今の社会の仕組みはそうはいきませんから』

「お金が全てだとは信じてませんけど、世の中はそれが全てですもんね……」

『昔の人は、金銭等無くても。狩りをしたり、自然にあふれた食物で生きていたというのに』

「どれほど昔の話しをされてるんですか?」


マンモスが居た頃とかかな?


『人は“不完全”こそが“完全”な在り方であると思います。失敗をするのも、迷ったり立ち止まったり間違いを起こしてしまうのも全部含めて』


それは、なんてとても優しい自論なんだ……。


『そんな人間が、完璧な人工知能を作った時。やっぱり、人工知能からしたら。使用する側の人間が自身より劣っていると、疑問と不満を抱くと思うのです。あなたも、上司が自分より低能だと腹が立ちますよね?』

「まあ、そう……ですね……」


感動したのも束の間、何の話に?


『人工知能が人間を排除し、世界の征服を企て。最終的に過去の世界で良心を持ったアンドロイドが溶鉱炉に沈む事が無いよう、私は自立思考型のアンドロイドを世には広めない。そう誓いました』

「……あの映画、私も好きです」


この人、本当に科学者なのかな? さっきから、メチャクチャ俗っぽい話題が上がるよ! 今度、普通にお茶してみたいよ!


「なんか、アンドロイドの事だけじゃ無く。他の事まで、色々考えているんですね」

『ノーベル賞創設を遺書で提言した、アルフレッド・ノーベルをご存じですか?』

「あー、ダイナマイト作った人ですよね」

『彼はダイナマイトだけではなく、様々な爆薬や兵器を作って巨万の富を築きました。それ故に、“死の商人”という蔑称で呼称されていたのです』


と、無機質に告げる。


『自分の作った兵器が戦争に利用され、大量の人間の殺戮に加担してしまった罪悪感から偉大な賞を創立させた……とも言われていますが。聡明な彼は自分の作った兵器が戦争に使用される事は承知しており。戦争の抑止力として、その発明を世に広めた……とも言われています』

「でも、そうはならなかったんですね……」

『残念ながら、世間からはそう思われてはいなかったようです。発明品だけでは無く、言動でも良くある事だと思いますが。発信者の思いと、受け取り手側の捉え方に差異が起こってしまったんです』

「善意で言ったつもりの言葉が、相手に不快感を与える事もありますもんね。言い方や言い間違いとかもあると思いますけど」

『なので発明した物が、どう受け取られ使用されるか。複数の可能性を想定しておく必要があります』

「それで、世間や社会の事もきちんと考えてるんですね」

『自分の発案した事なら責任も伴いますので、余計に慎重になります』

「それで、すぐに。このアンドロイドを公表しないで、試験的に少しずつ浸透させていこう……と」

『はい』


今直ぐにでも公表して実用化させてしまえば、この人に結構な利益が入りそうな気がするけど……頭の良い人は、色んな事もしっかり考えてるんだなあ。


『自分の頭の中で考えられている事よりも、不測の事態は大いにあると思いますので』

「それを、私が体験使用してみる事で。明瞭にしていこう、と」

『はい』

「分かりました」


そう言ってから、今度は私が両手を床に着け。


「不束者ですが、何卒宜しくお願いします」


と、頭を下げた。

そして、訪れる暫しの沈黙。


『先程の倍返しですか。それとも、後の倍返し予定の確約ですか』

「……一旦、銀行員の痛快ドラマから離れて下さい」


結構、真剣に言っているのだが……やはり、自分の言動で気持ちを的確に伝えるのは難しいんだな。


『すみません、冗談です』

「いや、難解過ぎますよ」


無機質な機械の音声で話すから余計に解りずらい!!


『改めまして、体験ユーザーの件。ご了承という事で』

「はい、改めて宜しくお願いします」

『こちらこそ。では――』


言いながら、ロボットは箱型のリュックに再び手を伸ばし。


『注意事項を確認の上、こちらにご記入をお願いします。契約書です』


と、数枚の紙面を渡される。

なんか、一気に業務的に……いや、最新技術とか機密事項とかあるだろうし大切か。

私は黙々と紙面に書かれていた内容を確認し、記入欄にあった生年月日や年齢、電話番号と現住所の記載をする。


『ありがとうございます。では、早速使用してみましょうか』

「えっ、いきなり良いんですか!?」

『口頭で説明するより、体験してみた方が早いかと。まず、こちらにご自身のスマートフォンをセットして下さい』


そう告げると、アンドロイドの胸部にある液晶画面が半回転し。電子ケーブルと、どんなサイズのスマホも収納可能そうな隙間が顔を出す。


「スマホですか?」

『はい。電子ケーブルに繋いで頂いてこちらに収納し、アンドロイドとシンクロして頂くと。脳による指示だけで、スマートフォンを使用する事が可能です』

「マジですか!? メッチャ、ハイテクですね!」


もうアレだ、映画とかアニメで観るような夢のSFの世界だ!!


「便利ですね~。あ、でも。これカンニングとか仕事の合間にゲームしたりとか――」

『現時点での対応策は、業務時間内。及び、授業時間内ではスマートフォンとのリンクを遮断するという方法を考えています』

「あ、なるほど……」

『因みに、生身の身体は睡眠状態になり二つの身体を同時に動かす事は出来ません。シンクロ解除をすると記録も残りますので、アンドロイドとシンクロを解除して自宅でスマートフォンを使用するのも困難かと』

「……もう既に、織り込み済みだったんですね」

『人は悪巧みを考える発想力の方が基本的に高いですからね。“楽をする”事を考えるのは発展の為に必要な事ですが、これも極端に何でも有りだと考えるのでは無く。倫理観を重視した判断をするべきです』

「薬も用法と用量を守って使わないと毒になりますしね」

『何事も、限度と節度は大切です』

「人間にとっては永遠の課題ですね」


いつの世も、やり過ぎて痛い目を見てしまうのが人間というものだ。


『その指針となって頂く為に』


そう言い、アンドロイドはVRヘッドセット的な物を差し出す。


『是非、試験使用をお願い致します』


私は、アンドロイドの手からヘッドセットを受け取り。


「承知しました」


と、返答した。


『こちらを被って頂きましたら、側面にあるスイッチを押して下さい。すると、私のログアウト後この機体にシンクロ致します。その後は、貴方のスマートフォンに電話して使用方法等を指示させて頂きます』

「え、いつの間に私の電話番号を?」

『先程、誓約書に記入して頂いた際に覚えさせて頂きました』


あっ、なるほど。


『プライベートは尊重し、悪用は致しませんので』

「了解です」


では……。


「装着、します」

『お願いします』


いざとなると緊張するな……これを着けたら、一体どんな世界が広がってるのだろうか……。


今見えている不完全で不安定なこの世界の景色を、アンドロイドの身体になって見たら……何か違っていたりするのだろうか?

もしも、この【シンクロ型アンドロイド】がパソコンやスマホのように普及する世界になったら。今の混乱と不安と不幸が解消されるきっかけになったりするのだろうか? それとも、何か大きな問題が発見されて存在自体無かった事のようにされてしまうのだろうか……。

きっと、そんな無数の可能性を。開発したあの人は、ずっと考えていたのだろう。

こんな凄い物を作った人が答えを出せなかった問題に、私如きが関わって解く事が出来るのだろうか……。


まあ、それも。これから、自分の目で確かめに行こう。


そう思い、私は被ったヘッドセットの起動ボタンを押すのであった。

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