第49話・最終話・未来永劫
彼に会った頃は、この地は枯れ果てた地で亡霊が彷徨っていた。白黒の世界で物言わぬ皆達が存在していた。彼は優しかったけどどこか寂しそうだった。それが物悲しく思われた。あのエメラルド色の瞳を喜びで輝かせる事が出来たならと二日後には思っていた。
その為に私がしたことは、この地を緑で満たすということだった。この世界に来てから私は聖魔法が扱えるようになっていた。それは他人の体でも出来るか心配だったけど力は無くなってなどいなかった。私が触れた地から徐々に緑が生まれて広がって行ったのだから。私がしたことにウィリディスは目を見開き、笑った。
そういう方法もあったんだねと。僕には考えつかなかった事だよと微笑んでいた。その笑顔は染み入るように私の胸に刻まれた。彼の言うことが当時分からなかったけど数日後に判明した──。
「何を考えているの?」
耳朶を打つ声に苛立ちのようなものを感じ取ると、彼がこちらを窺っていた。
「ウィルのことしか考えていないわ」
「本当?」
疑い深い彼はなかなか信じてくれないようだ。嫉妬深いのは考え物ね。と、思いながら彼を突き放せないのはそれだけ彼に心を残しているから。彼に嫉妬されて喜んでいるほの暗い自分がいるのも確かだ。
「信じてくれないの?」
「信じてはいるけど……」
「分かっている。ウイルはちょっとだけ自信が無いんだよね?」
「……?」
あの日、迷いなく彼を選んだ自分に後悔していない。古城には絶対開けてはならない部屋があった。私はその部屋を開けて真実を知った。それでも彼と共にありたいと望み自ら石碑に触れて彼と一つになった。彼は「馬鹿だね」と、言ったけど、私は気にしなかった。そして煩わしい過去をウィリディスに消してもらい新しい自分として生まれ変わったつもりだった。
でもそれでは中途半端だったのかもしれない。
「だからウィルは不安なのね?」
「絵里香?」
今度はウィリディスが分からないって顔していた。それが何だか可笑しく思われて彼の下で笑いそうになった。私達は一人では不完全なのだ。二人で一つになってようやく完全体と言えるのだろう。お互い、考えることは違っていても相手を想う気持ちは一緒だ。何を悩むことがあるのやら。私達はそれでいい。
「ウィル……」
「なんだい?」
「私、あなたを愛している。今もこれからもずっと……」
身も心もあなたに捧げるわと耳元で告げたら、彼は泣き笑いのような顔をして私を強く抱きしめてきた。
それから私達はこの地からロアール国の行く末を見守り続ける事となる。時々、ナタルー達と一緒に王都からのお客さまを迎えながら。
聖王は私に冤罪をかけて追い出したことや、ご禁制の術に手を出していたこと、姫と私の入れ替わりの術を施したことがキュライト公爵にばれ北の宮殿に幽閉されていたが、先代聖王を毒殺したことが明らかになったことで処刑された。
娘のエリカも魅了術を扱っていたことが罪に問われて処刑された。夫であるリーガは近衛騎士の職を解かれ、娘のモニカを連れて王都の外れにある村の住人として慎ましい暮らしをしていると聞く。
リーガの娘のモニカは母親には似ず良い子に育っているらしいからそれが彼の救いになればいいと思う。
聖王にはキュライト公爵がついた。公爵にはナタルーの他に息子がいたらしく、ナタルーの弟が後の聖王になるだろうなとウィリディスが教えてくれた。
「エリカ。またここにいたのかい?」
「ええ。ここから見る景色が最高なのよ」
治めるご領主さまが立派だからと言うと、ウィリディスが隣に立った。
「きみが望んだからだよ。僕はそれを叶えただけ」
「あなたは私の欲しいものを何でも叶えてくれる。最強の魔術師ね」
褒めると一瞬だけ彼の顔が陰りを見せた。
「でもきみの心の底に願うものだけは叶えてあげられそうに無い。ごめんね」
「謝らないで。まさかあなたはそれを叶えるためだけに私を抱いたの?」
「そんなことはない。きみの身も心も欲しくなったからだよ」
「ならいいわ。私には子供は出来ないけど素晴らしい夫を得ることが出来たし、この街の皆が私の家族よ」
「家族?」
「そうよ。家族を笑顔で天国へ送り出すのが私達の仕事でしょう?」
「参ったな。きみのその願いにこの街の者達は呼応してなかなか昇天したがらないんだよ」
だから人口も増える。この地は騒がしくなってきたと夫が愚痴をこぼす。
「じゃあ、家族皆で天国へお引っ越しはどう?」
「斬新な考えだね」
「駄目かしら?」
「それも追々考えていこう」
私は眼下に広がる夕日に染まった大地をいつまでもウィリディスと共に見つめていた。
🌿pandora~緑の魔王と捨てられた王女~ 朝比奈 呈🐣 @Sunlight715
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