第11話 莫たる未来(終)

 それから、1か月ほどが経った。季節は変わり、街には秋風が吹き、気温もかなり涼しくなって来た。

 妙子達の学校では、橋田の代わりに老人の斉藤准尉が配属されてくる形で軍事教練が続いていた。相手がおじいちゃんなら、若い学生等にとってはそんなに苦しいこともなかった。

 崎田はじめ、教員達は、職員室にてラジオでニュースを聞いていた。

 ラジオをはいつも通り、

 「大東亜共栄圏防衛」

 云々という放送をしてはいたものの、その日、アナウンサーの声色は急に緊張したものとなり、臨時ニュースを伝えた。

 「臨時ニュースを申し上げます、臨時ニュースを申し上げます」

 この台詞に続き、

 「大本営陸海軍部発表、本日未明、我が同盟国・満州国にて、満州国軍数部隊が叛

 乱の後、満州国からの独立政権樹立を宣言、同政権からの支援要請を受けたるとし

 て、極東ソ連軍が満州国内に侵攻せり。関東軍ならびに満州国軍は臨戦態勢に入れ

 り」

 いよいよ、「大東亜共栄圏」という「平和」は崩れ始めたのかもしれないことをうかがわせるニュースであった。それは戦時体制への逆戻りを意味するものでもある。

 崎田は思った。

 「又、スカート姿が非国民呼ばわりされる時代に戻るのかしら」

 学年主任が言った。

 「とにかく、重大なニュースです。生徒達にも伝えるべきでしょう」

 1人の教師が、グラウンドに出て事態を伝えた。

 「斉藤先生、すみません、急なニュースが入りました」

 「どうしました」

 「さっき、ニュースで大本営発表があって、ソ連軍が満州に侵攻したそうなんで

 す」

 生徒の間から、ざわめきが起こった。

 妙子は、勿論、すぐに芳江と美子のことを思った。

 「美子ちゃん、戦闘に巻き込まれていないだろうか。芳江さんも無事だろうか。幸

 薄だった上に、30歳の若さで死、何てことじゃ・・・・・」

 しかし、妙子にそれらをどうすることもできるはずもなかった。

 このニュースは、ラジオであちこちに伝わって行った。

 警察で痛めつけられ、ようやく回復しつつあった幸長は、

 「これで、俺を痛めつけた体制もおしまいかもしれない。こんな体制の終わりの始

 まりにでもなれ」

 自身への迫害への怒りの感情のままに、体制を呪う言葉を自室で呟いた。

 そして、山村太造は、というと、彼は既にこの世にはいなかった。食料源を失ったことによって、警察に取り入れなくなった太造は逮捕され、留置場に入れられていた。すべてを失った彼は、生きる理由がなくなったと絶望し、留置されている間に、自ら命を絶ったのであった。警察の調書には

 「被疑者、山村太造自殺」

 との書き込みがなされて終わった。

 転勤によって、満州に渡った橋田はどうなったであろうか。

 迫り来るソ連軍を前に、それでも精神論を唱えただろうか。そのソ連軍戦車のキャタピラーに踏みつぶされて肉塊としているだろうか。あるいは、その瞬間に、戦車のような重火器には精神論では立ち向かえないことを改めて知って、自分がそれまでして来たことを後悔したのだろうか。

 今や、新たな激動が妙子にも、涼子にも、富子にもかぶさろうとしていた。それは静江にも、春江にも、雄一にも、多江にも同じことであろう。

 彼女等、彼等は、今まさに新たな歴史の目に見えぬ歯車に巻き込まれようとしていた。

                                      (了)

 

 









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妙子の青春‐大東亜戦争戦勝国・日本 阿月礼 @yoritaka

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