第21話 フルララ、幸せに包まれる。
「フルララぁ~おきてぇ~」
いつものリリアナちゃんの声で私は目を覚ましました。
だけど今日はちょっと違います。
ディムさんに包まれている感覚が心地良くて、凄く気分が良いのです。
「ふふっ、おはようぉ。」
《ん? 今日は目覚めが良いな? いつもみたいなら、ベッドに置いて行くつもりだったが。》
「えぇ~ そんなの寂しいです。」
《いつもより、まだ早い時間だからベッドで寝てても良いのだぞ。》
そう言いながらベッドから降りたディムさん。
そして、ディムさんからリリアナちゃんが降りたので、私もディムさんから降りました。
「あれ? 外はまだ夜ですか?」
窓の外は暗く、火の魔鉱石の光が部屋の中を淡く照らしています。
《昨日、戸板を付けただろ。》
「あっ…そうでした。」
《だから、人の目が来ない早朝の今から、戸板を外すのだ。ナトレーにさせるには酷だからな。》
ディムさんなら、重力魔術で屋敷全部の戸板を窓から外し、物置小屋まで運ぶのに10分程度。
人の手だと、数時間は掛かる作業ですからね。
「そうですね。なら私は、リリアナちゃんと一緒に居ます。」
「リリアナもおそといく。おにわとおはながしんぱい。」
確かに、庭に咲いていた花がどうなったのか気になりました。
「じゃあ、庭がどうなっているか。リリアナちゃんと私で見に行きましょうか。」
「ん! いくぅ。」
『竜雲』が通り過ぎたクラリムの朝の空は、雲一つない爽やかな青を見せていました。
ディムさんが戸板を外す為、屋敷の周りを飛びながら、次から次にと、窓から戸板を外して重ねています。
「リリアナちゃんどう?」
綺麗に枝切りされた低樹木の間を真剣な顔でゆっくりと歩いているリリアナちゃんは、花壇の前で止まりました。
「おはなあったぁー!」
濡れた花弁に雫を付けた花達が朝日を反射してキラキラと輝いています。
「良かったね。他のも見に行きましょう。」
花壇を囲うようにある低樹木が風除けになっていたようで、花壇の中の花は比較的残っていましたが、数日前から咲き始めていた、白くて大きい花弁を付けた少し高い樹木の花は、全て飛んで無くなっていました。
「フルララぁ~」
「なくなってるね。でも、蕾がまだ残ってるから、また咲くから大丈夫よ。」
「ほんと?」
私はリリアナちゃんを抱き上げて、葉枝に付いている蕾を見せました。
「あったぁー!」
笑顔で喜びを見せたリリアナちゃんを降ろし、最後に小さな草原になっている広場に向かいます。
色とりどりの小さな花が咲くこの場所は、リリアナちゃんのお気に入りの場所。
蝶を追い掛けたり、座って花輪を作ったりしています。
「おはなあるぅ~」
しゃがんで確かめているリリアナちゃんが笑顔で振り向きました。
「ちいさいけど、みんな強いね。」
「うん。おはなげんき。」
《誰か来たぞ。》
すでに戸板を片付けたディムさんが物置小屋から飛んで来て、急いでリリアナちゃんの頭に乗りました。
私が門の方に視線を移すと、ちょうど扉が開きました。
入って来たのは、60歳を過ぎた細身の老人で、この屋敷の庭をずっと管理をしているボルジュさんでした。
売り家になってからも商業ギルドの依頼で管理をしていて、私達が購入してからも、定期的に手入れをして貰うことにしました。
「おや、おはようございます。こんな朝早くから庭で? もしかして何がありましたか?」
「いえ、リリアナちゃんと花達が心配だったので見に来ていまして、結構残っていたので安心していたところです。」
外壁に沿った樹木を確認しているのか、大きく首を動かして周囲を見ているボルジュさんが、嬉しそうな笑みを作りました。
「それは良かった。木々や花達も喜んでいると思いますよ。」
ゆっくりと庭を確認しながら歩いてくるボルジュさんは、花壇や木々を見ながら頷いています。
「ボルジュさんも、心配で見に来てくれたのですか?」
「はい。倒れたり、折れたりしていたら大変ですからね。今日は私が管理している庭をすべて回る予定なので、早朝から見回っていたのです。」
「そうなのですか。頑張ってください。」
「ええ、嫁いだ娘と孫が祭りに合わせて帰省しますので、仕事を残す訳にはいきませんからね。」
「それは頑張らないとですね。」
「みんなでおまつりたのしみぃ~!」
リリアナちゃんの言葉に、私とボルジュさんが笑みを返します。
「では、庭園の確認をしながら散った葉や枝の掃除に取り掛かります。」
「はい。リリアナちゃん、屋敷に戻りましょうか。」
一礼をするボルジュさんに、手を振ったリリアナちゃんと手を繋いで、私は屋敷に戻りました。
屋敷に戻ると、美味しそうな匂いが漂っていました。
《ナトレーも早く起きていたようだな。》
「フルララぁ、ごはんいくぅ」
今度は、私がリリアナちゃんに手を引かれて食事部屋に向かいます。
ナトレーさんがテキパキと料理をテーブルに並べながら、部屋に入った私達に声を掛けます。
「おはようございます。もう少しで食事が出来ますので、席に座ってお待ちください。あと、これを並べ終えたら、ルヴィア様と、レファルラ様を起こしに行ってきます。」
「じゃあ私が二人を起こしに行ってきます。」
席に着いたリリアナちゃんに合わせて、ディムさんが帽子から戻ってテーブルに降りたので、私はお母様を呼びに部屋に向かいました。
今日は早い朝食時間になったので、お母様はまだ寝室で寝ている時間です。
そして、いつもは私が最後に起きるので、ちょっと嬉しい気分になっています。
「お母様、起きてますか? 朝食の準備が出来ました。」
私はゆっくりとドアを開けて部屋に入ります。
お母様は既に起きていて、部屋のベッドに腰掛けて着替えしている途中でした。
「おはよう、フルララ。庭はどうでした?」
「知っていたの?」
「窓の外から、リリアナちゃんの声が聞こえて来ましたからね。それで目が覚めましたし。」
「ああ~そっか。はい、小さな枝や花が少し散ってしまっただけで、大丈夫でした。」
『お母様をそっと起こして驚かせてみたい。』という、私の小さな望みは叶いませんでした。
その後、お母様の着替えを待って、一緒にルヴィア様に声を掛けに行きます。
部屋のドアを軽く叩いて声を掛けます。
「ルヴィア様、朝食の時間です。」
「判りました。すぐに向かいますね。」
ルヴィア様は神様なので、睡眠を取らなくても良いらしく、気が向くままに読書とお酒を嗜んでいます。なので、部屋の外から声を掛けるだけでいいのです。
時々、ベッドに横になったりしますが、それは世界を見る時などの、瞑想をする時だと教えて貰いました。
仮に瞑想中だったとしても、意識はこっちにもあるので、何も変わらないのですけどね。
食後のティータイムの準備は、私の役目です。
最近は、ナトレーさんから絞り器などの扱い方を習って、紅茶以外の飲み物も作れるようになりました。
「フルララぁ、まるいみかんがいい!」
レテイア領の東に位置する領地『エフィメル』の特産品の蜜柑は、凄く甘くて香りも強いので、リリアナちゃんの最近のお気に入りになりました。
収穫時期が丁度今頃で、野菜屋さんで並んでいたのを試食した後、さすがに買い占める訳にはいかないので、大量に注文したのです。
野菜屋さんには、『ジャムにします。』と言って、もっともらしい言い訳も出来ましたからね。
もちろん、ジャムも作りましたが、ディムさんの『次元倉庫』に収納しているので、いつでも新鮮なジュースが作れるのです。
私は紅茶の蒸らし時間の合間にディムさんが出してくれてた丸い蜜柑を絞ってジュースにしました。
「はい、リリアナちゃん。」
「ん! ありがとう。」
いつも満面の笑みを見せてくれるリリアナちゃんです。
朝食のティータイムが終わると、私とリリアナちゃんは寝室に戻って祈りの時間です。
商店街が開く時間まで、今日はツフェルアス様とゆっくり話をすることが出来ます。
飾り棚からツフェルアス様の人形をソファテーブルに置いて、私とリリアナちゃんは並んでソファに座りました。
「ツフェルアス様、おはようございます。」
「スティアぁ~、おはよう!」
《フルララちゃん、リリアナちゃん、今日も良さそうですね。》
「ん! げんき!」「はい。」
それから私は、昨日の嵐の出来事をツフェルアス様に話しました。
ディムさんの行動力と即決力の凄さを余すことなく、気持ち一杯に。
《大変でしたね。でも、よく頑張りました。その子供達の運命を救ったのはフルララちゃんよ。》
「いえ、全部ディムさんですから。ディムさんが駆け付けてくれたから救えた命ですし、私はそのお手伝いが出来ただけで嬉しいです。治癒魔術の力が強くなったのもディムさんから教えて貰った魔力圧縮のおかげですし。」
私はディムさんに出会ってから、変わりました。
環境が変わり過ぎて、なにがどう変わったのかよく判らないのですが、毎日が楽しいと思えるようになりました。
だから私は、この気持ちにしてくれたディムさんに、いつも感謝をしているのです。
《そうね。でも、その場所にディムを連れて行ったのは、リリアナちゃんとフルララちゃんですからね。だから、フルララちゃんも誇っていいのですよ。運命とは、そういうものですからね。それに、ちゃんと自分を褒めないとダメですよ。ディムもそう言うと思います。》
そうなのかな…全然頑張った気持ちがないのですが…
褒めていいのかな?
《ねっ、リリアナちゃんも、そう思うでしょ?》
「うん。フルララ、がんばったぁ。」
リリアナちゃんが私にギュッと抱き付きました。
それは、私がリリアナちゃんを褒めるときによくする抱擁です。
「うん。ありがとう。」
私からリリアナちゃんに、お返しの抱き締めをしました。
「それではツフェルアス様、この日この時、光差す今を生きる事に努めることを誓います。」
《はい。いってらっしゃい。》
今日の買出しは、最初にアンジェちゃん達家族の様子を見に、『メルヴィール書店』に向かう事にしました。
なので、ナトレーさんは今日は留守番です。
ディムさんの魔力感知で、建物自体の損傷は無い事は分かりましたが、リリアナちゃんや私が、直接顔を見たいと思うのは当然の気持ちだったので、安否確認をまず最初にすることにしたのです。
商店街の少し外れにある小さな一軒家。その片開きの木の扉を開けると鈴の音が鳴ります。
「おはようございます~。」
「アンジェぇ~ティエスぅ~。」
店に入ると、アンジェちゃんの祖父になるエドワルさんが本棚の掃除をしているところでした。
「いらっしゃいませ。昨日の竜雲は大変でしたね。お怪我とかされませんでしたか?」
「はい、大丈夫でした。幸いに、屋敷に被害はなくて、庭が少し荒れたくらいでした。」
「それは良かったです。私達家族も無事に過ごせましたよ。本達も少し湿気を吸った程度ですから、数日ほど風通しをすれば問題ありませんからね。」
よく見ると、エドワルさんの手には小さな魔鉱石が付いたスティックがありました。
どうやら、小さな風を本棚に当てて、乾燥させていたようです。
「孫娘達を呼んできますね。リリアナちゃん、少し待っててください。」
エドワルさんが店の奥に入ると、数秒後にアンジェちゃんが飛び出して来ました。
続いてティエスちゃんが飛び出して、ルーテアさんが現れました。
そして、嬉しそうに朝の挨拶をするリリアナちゃん達を、私とルーテアさんが眺めます。
「そうそう! 6層の魔獣を倒した謎の騎士さんが、昨日の孤児院の災害を救った話って知ってますか?」
突然のルーテアさんの言葉に、私は「いえ、初めて知りました。」と事前にディムさんと打ち合わせした台詞を言うことが出来ました。
昨日の夕刻の出来事だったので、夜のうちに情報が広まっている可能性が高いと、ディムさんが示唆していたのです。
「あれ? 初めて聞いたにしては、全然驚かないのね。」
「えっ”! いえ…あの…あまりピンとこなくて! そうそう! 孤児院ってサーカステントの広場横ですよね? 災害って何があったのですか?」
私はなんとか冷静になり、言葉を続けました。
もちろんこれも、打ち合わせの台詞です。
「サーカステントの主軸の柱の1本が、落雷で孤児院の建物に倒れたのよ。それで、子供が数人下敷きになったのだけど、突如その騎士が現れて、大きな柱を退けて、治癒魔術で子供達を治したの。」
「流石、勇者様ですね。」
「ええ、本当にそう思います。その後も、新しい孤児院の家を買ったり、夕食も準備したりと、それはもう凄い事になっていたそうです。」
少し興奮気味のルーテアさんです。
「それでね!」
「はい。」
私は、その熱気に釣られるように相槌の言葉が口から出ました。
「カテリーナさん、ああ、孤児院で子供達の面倒を見ている方なのだけど、その人から詳しく話を聞いたんだけど、謎の騎士さんはこの街の住人だと推測されるのよ!」
「そうなりますよね。」
私は冷静に言葉を返します。
ロチアさんを知っている話をしたり、現場に逸早く駆け付けた経緯などを聞けば、当然そうなる訳で…念話を使ってしまった事に、ディムさんが少し凹んでいたことを思い出しました。
でもそのおかげで、孤児院の子供達に家をプレゼント出来たんだから、私は良かったと思っています。
「だけど、それはそれで謎が増えるんですよね。ずっとこの街で育った人なら、今まで現れなかった理由や、実力を隠して生活している理由とか。それに念話で話したそうよ。そんなことが出来るのって伝説の竜や魔物でしょ。だから人族の姿になって、数年前くらいから住み始めた冒険者辺りが怪しいと思っているのよね。ギルドマスターを躊躇なく吹き飛ばした話を聞く辺りから。」
「あ! いえ…どうしてギルドマスターの話からなのですか?」
冒険者ギルドの話が出たから、ディムさんと話した孤児院での疑問が聞けるかと思いましたが、今の私からそれを訊ねるのは、おかしな話になると気付き、言葉を抑えることが出来ました。
「それはね、今のギルドマスターになってから、」
カン! カン! カン! … カン! カン! カン! …カン! カン! カン!
店の外から、大きな鐘の音が突然、一定のリズムで鳴る響きました。
「話の途中でごめんなさい。ギルドの召集がかかったから、出掛けてきますね。」
「ママ。」「ママぁ~。」
駆け寄るアンジェちゃんとティエスちゃんを順番に抱き締めた後、店に現れた旦那さんのリオラさんと書店の扉から外に出て行きました。
「装備とか、整えてから向かわないのですか?」
ルーテアさんもリオラさんは普段着の姿で、慌てる様子もなく、ギルドに向かったのが気になったのでエドワルさんに聞いてみました。
「今鳴っている鐘の音が3連符になっているでしょう。あれは、『緊急クエストを受注したから、手の空いてる者は見に来なさい。』という合図なのです。」
「そうなんですか。」
クエストの内容が気になりましたが、安否確認という当初の目的は終わったので、私達はいつもの昼からの約束を交わして商店街に向かいました。
「フルララぁ~」
私の手を握っているリリアナちゃんが不安な顔を向けます。
「嵐の後だから、みんな、お片づけとかで疲れたのかな?」
《さっきの、緊急クエストと関係あるのかもしれないな。》
「あっ…そうかしれませんね。」
いつもなら、活気ある声で賑わっている商店街でしたが、今は通る人も少なく、店の威勢の良い呼び声も無く、静かに店先を掃除をする人や、店の前に立っている人ばかりです。
その中に、いつも店先で楽しそうに呼び掛けをしている野菜店のおばさんも静かに立っているのが見えました。
「おばさん、おはようございます。みなさん元気がないようですが、なにかあったのですか?」
「ああ、お嬢ちゃん。おはよう。そうなのさ…竜雲のせいで、東の街道が崖崩れ。西の街道は川の橋が流されたらしく、朝一の商隊が来れなくなってしまってね…新鮮な野菜が今日は無いんだよ。魚もダメだね。肉と卵に乳製品は街の外れに養場があるけど、街全ての食料としては足りないんだ。」
「え! じゃあ、大変じゃないですか?!」
「まあ、不幸中の幸いというのかい。この街にはダンジョンと二つのギルドがあるからね。さっきの鐘の音を聞いていただろ。街道の修復と、ダンジョンでの食材集めの緊急クエストを商業ギルドが冒険者ギルドに申請してくれたから、夕刻には街道の復旧と、食量不足も解消されるはずさ。ただ…今日の商売はもう、どうしようもないね。」
両方の街道が使えなくなるなんて、誰も予想出来ない事ですよね。
普通なら大変な事だけど、冒険者が沢山いる街なので、それほど悲観することでもないってことですね。
《フルララ、大そら豆と甘瓜と栗瓜を買ってくれ。》
ディムさんは、緊急クエストの内容が危険性のない事だと判ったからなのでしょうか、普段通りに食材を選んでいました。
「おばさん、今日は、大そら豆と甘瓜と栗瓜をお願いします。」
「はいよ。いつもありがとうね。」
品物を手提げカバンに入れて貰い、リリアナちゃんと通りに戻った私は、次の店をどうするか悩みました。
「今日は買い物出来そうにないですね。」
《ああ、そうだな。まあ、食材も料理も倉庫に沢山あるからな。今からサーカステントを見て、帰るとしようか。》
《てんと、なおってる?》
《2本の柱を、これから立て直しするみたいだぞ。》
ディムさんは魔力感知を使ってサーカスの広場を視ていたようです。
大きな掛け声が聞こえてきます。
私達がサーカステントの広場前に着くと、丁度1本目の柱を立てたところでした。
「皆さん、凄い気合が入ってますね。」
誰もが真剣な表情で、声を掛け合っています。
《そうだな。名誉挽回か…俺との約束か…なんにしても、これなら大丈夫そうだな。》
サーカス団員が作業に没頭している前で、ロチアさんと商業ギルドの所長のハミルドさんが渋い顔で、40過ぎ位の男性と話をしていた。
《なにかあるみたいだな。》
「どうしたんでしょうか?」《パパ、どうしたの?》
私とリリアナちゃんの不安な顔がロチアさんの目に留まったようで、私達の所に走ってきました。
「おはようございます。だっ大丈夫ですよ! サーカスの事でも、孤児院の事でもないですからね。あの人は商業ギルドの副所長のトレールさんで、今朝到着するはずだった食料の事なので!」
なぜか慌てて状況を説明するロチアさんに少し疑問を持ちましたが、私は「はい。」と、小さく頷きました。
「では、失礼します!」
そして来た時のように駆け足で二人のところに戻っていきました。
「なんだったんでしょうね?」
《さあな…。まあ、食材が腐るとか、損害の話とか…そういう話だと思うぞ。》
《くさっちゃうの?》
《収納スキル持ちが運んでいるなら冷蔵していると思うが、どうなんだろうな。》
「収納スキル持ちなら、崖崩れとかは迂回出来そうですよね。」
《そうだな。だから荷馬車で運んでいると思うぞ。》
私達が話していると、ハミルドさん達が近付いて来ました。
「おはようございます。先ほどはロチアが取り乱してしまったようで、申し訳ありません。」
ハミルドさんの言葉に合わせて、ロチアさんと副所長の方が一礼を見せました。
なるほど。ロチアさんの謝罪に来たのですね。
《丁度いい、詳しい話を聞いてくれ。》
「いえ、気にはなっていたので。それで、商店街で話を聞きましたけど、東からと西からの、二つの商隊が足止めされているのですよね。」
「はい。冒険者ギルドに復旧の依頼を出したので、夕刻から夜。遅くても明日の朝までには完了させますが、場合によっては積荷の一部が廃棄処分になりそうなのです。」
そこから、商隊の詳しい状況を聞くことが出来ました。
西の大農園『スン』からの商隊は穀物や野菜を荷馬車で、乳製品は収納スキル持ちの運搬者がいるけど、川の増水で渡し舟も使えない。
でも、一日遅れても食材が使えなくなる商品はないので、問題はない。
問題があるのは東の商隊でした。
「まあ、魚の損害は致し方ないですが…本当に残念なのが、ルビートマトの朝採り初出荷品が届かない事なんです。」
レテイアから、海産物と果物などを運んで来る東の商隊は、収納スキル持ちの運搬者は居ないけど、冷蔵機能を施した荷馬車で果物などを冷やしたり、新鮮な魚を氷付けにして運んでいるとの事でした。
それでも、半日ほどで氷が全て溶けてしまうので、復旧が遅くなれば魚が駄目になるということです。
私は疑問に思い、クラリムの商業ギルドが買い付けした商品だけど、引き返してレテイアで商品を売ればいいのではと訊ねたのですが、レテイアには十分過ぎるほどあるから、買う人がいないんだそうです。
その話の中で、商業ギルド間の『流通における利益共存の規約』とか難しい話が少し出ましたが、ようは縄張りがあるよ。ってことでした。
そして、ハミルドさんが言った『ルビートマト』について聞くと、
酸味がほとんどなく、果物のように甘いトマトで、熱を加えると深いコクが出る。生でもトマトソースにしても最高のトマトだと、力説されました。
そして最後に、
取れる量も少ない為、一つでも無駄にはしたくないと話すハミルドさんが、「採れたてが一番美味しいのは基本ですからね。」と寂しい顔を私達に見せました。
そういう話になると当然…『ルビートマト』にディムさんとリリアナちゃんが凄く興味を示します。
《パパ、とまとってあかいの?》
《ああ、リリアナの好きなミートソースにもなるやつだ。》
《パパ、たべたぁいぃ~》
《そうだな。採れたてか…少し考えてみるか。》
私は、二人の会話に混ざりたいと思いながら、視線を動かさないように頑張って意識をハミルドさんに向けていました。
《それにしても、収納スキル持ちを向かわせたら良いだけの話だろ?》
ディムさんの独り言のような言葉に、私は心の中で頷きました。
東は崖崩れで荷馬車が通れないとの事ですが、人なら乗り越えられるはずです。
だからディムさんの言葉通りの事を、私は訊ねました。
「うちのギルドの職員は、今日はダンジョンの運搬業務がありますから。それと、仮に誰かに頼めたとしても、依頼料と見合わなくなるんですよ。『ルビートマト』が貴重な食材といっても、損害を出してまで依頼する食材ではないですから。」
「そうですね。今日の分が無くなるだけの話ですからね。」
「はい。それに実際には無くならずに、採れたての食材としての付加価値が無くなるってことですので。」
「あっ、そうですよね。トマトはすぐに腐ったりしませんものね。」
「フルララさん、私は新しい孤児院にいって来ます。」
話に区切りが付いたと判断したのか、ロチアさんが一礼をして駆け出したので、私達は静かに見送ります。
「では、私も次の見回りに行きますので、失礼します。」
サーカス団の作業状況をもう一度確かめるように、少し眺めたハミルドさんが、近くに止めてあった馬車に乗り込みました。
ハミルドさんを乗せた馬車を見送り、半壊している孤児院を遠くから眺めた後、私達も屋敷に戻りました。
「皆さん、おかえりなさい。」
野菜の入った手提げ鞄を出迎えたナトレーさんに渡します。
《じゃあ俺は、調理室にいるからな。》
ぽよん♪ぽよん♪とナトレーさんと一緒に調理室に向かうディムさん。
「あれ? 東の街道に行かないんですか?」
《ん? ああ、ルビートマトは欲しいが、明日手に入るなら、それでいい。》
「そうなんですか? 採れたての美味しさには、拘らないのですか?」
ディムさんなら、すぐにでも行くと思っていたんですけど…
《その事についてはナトレーに相談しようよ思ってな。採れたてが一番美味いんだろ? なら、農場に直接出向くのが一番ってことだろ?》
「え? 農家さんのところへ直接ですか?!」
《ああ、収穫したばかりのやつを、直接買い占めて、俺がその場で倉庫に入れる方法を思い付いたからな。》
ディムさん…どんだけなんですか!
すでに買い占めるつもりだし…目の前で『次元倉庫』を使う方法まで…
「ディム様、もしかしてルビートマトを栽培している農家を買うおつもりですか?」
話を聞いていたナトレーさんがとんでもない事を言いました。
《ん? その案は無かったな。農家と契約するのも良さそうだが、契約者とか視察管理が今の俺には面倒だからな。普通に1日分の出荷を買うつもりだ。》
「そうですか。では詳しいお話は、昼食の準備をいたしながらで宜しいでしょうか?」
「ああ、そのつもりだ。」
そして、息の合った会話をしながら、二人は調理部屋に向かったのでした。
ナトレーさんはいつの間にか…ディムさんの右腕のような位置に居るんですが…
家事の事になるともう…上司と部下にしか見えないんですけど…
「フルララぁ、バーチャとこいってくる。」
「あっ、うん、そうね。行きましょうか。」
私の手を離したリリアナちゃんがリビングに走って行きました。
その後を私は歩いて向かいます。リビングで読書とお酒を飲んでいるルヴィア様とお母様、二人のところに。
元気になったお母様は、私達が買出しに行っている間とか昼寝の時間とか、私とリリアナちゃんがリビングに居ない時は、ルヴィア様と同じようにお酒を飲みながら読書をしています。
元々、私に沢山の本を読んでくれたお母様。
病状が悪化して、ベッドに養生生活になってからは本を読むこともあまりしなくなったと、ナトレーさんから聞いていました。
なので、ルヴィア様に合わせた訳ではなく、同じ趣味を共感する間柄になっているお母様。
お酒好きなのは初めて聞きましたけどね…
流石に、昼からはアンジェちゃん達も来ますし、味を楽しむ程度の量に抑えていると言って少しの量ですが、夜は結構飲んでます。
私は少ししか飲めないのに…
「おかえり、フルララ。街はどうでしたか?」
お母様とルヴィア様が対面で座っているソファで、リリアナちゃんはルヴィア様の膝に抱きついていたので、私はお母様の隣に座って街の様子を話しました。
それから、街の様子を伝え終わると、私はリリアナちゃんと絨毯の上で遊びます。
丁度、ディムさんもリビングに戻ってきました。
《パパぁ、こっちぃ》
リリアナちゃんに抱き付かれたディムさんも交えて、絵本を読んであげたり、積み木やお絵かきを一緒にしたり、いつもの楽しいひとときです。
いまでは、お母様も一緒に遊ぶようになりました。
「れふぁるママぁ。ん!」
「はい。ありがとう。」
リリアナちゃんから差し出された積み木を、受け取るお母様。
リリアナちゃんは、ナトレーさんを「ナトレー」と呼び、お母様を「フルララのママ」と最初呼んでいましたが、商店街の人達に私達は姉妹と言う事になっているので、色々と考えて、「レファルママ」に決まりました。
お母様は「ママ」を希望しましたが、もしお母様の事を知っている人に会った時に面倒な事になるからと、名前と一緒に呼ぶことになったのです。
お母様は、そんなリリアナちゃんを自分の娘のように接しています。
私がお姉ちゃんになったのだから、必然的にそうなるのですが、お母様もそれを望んでいたようで、一緒に住むことを決めた理由の一つなのだと、教えて貰いました。
「弱い体になった私を、あなたは小さい頃から心配しててね。色々と我慢しているのを知っていましたからね。それに私も、母親らしいことをあまり出来なくてね、辛いことばかりでした。だからね、リリアナちゃんのお母さんになれば、楽しい子育てが出来ると思ってね。もちろん、フルララにも甘えて欲しいと思っているのですよ。」
なんか私はついでのような…そんな気分に少しなりましたが、お母様が楽しい生活を送れることに比べたら、全然です。
私も、お母様の幸せそうな笑顔と元気な姿を見たかったのですからね。
「昼食の準備が出来ました。」
「はーい!」
ナトレーさんの声に一番に答えるのは、いつもリリアナちゃんです。
そして、リリアナちゃんを先頭に食事部屋に向かいます。
「今日の昼食は野菜と岩鳥の石釜焼きです。」
「わーい! やったぁ!」
リリアナちゃんが大喜びするのも判ります。私も大好きな料理になりました。
「もう、定番料理になりましたよね。」
席に着いた私は、大皿に載った色鮮やかな料理に、毎度、心が躍ります。
今日買った瓜と豆はもちろん使われていますが、芋や人参、葉物野菜の上に、ダンジョンで狩ったあの鳥の肉を並べて石釜でじっくり焼くと、岩鳥の油が水分の抜けた野菜に染み込み、凄く美味しいのです。
最初食べた時、ディムさんが言っていた言葉を思い出すほどです。
大皿から料理を取り分けるナトレーさんも、幸せそうな笑顔を見せています。
「貴重な岩鳥に、鮮度が良い野菜を組み合わせた料理には、これが一番ですから。」
ナトレーさんの嬉しそうな笑みも、この屋敷に来てから見るようになりました。
その理由も、私はお母様から聞きました。
お母様専属のナトレーさんは、消化の良い食事をずっと作っていました。
それはあまりに制約がある料理なので、出来る料理は限られてしまい、腕を振るうことが出来ませんでした。
それが、ディムさんとの料理作りで開放され、お母様以外の誰かにも料理を振舞える毎日になったのです。
しかも、ディムさんの倉庫には、鮮度を保った食材はもちろん、手に入りにくい食材まであるんですからね。
楽しいに決まっています。
「それで、ルビートマトを買う話はどうなったのですか?」
食後のティータイムになり、紅茶とジュースを配り終えてから私は訊ねました。
《ああ、なんとかなりそうだ。だが、直接の買い付けは商業ギルドに話を通して貰わないと駄目だろうって事だから、ロチアに頼むことになる。》
「そうですよね。でも買い付け出来たとして、ディムさんの倉庫にどうやって?」
《それはだな、まずは、ナトレーの倉庫に入れて貰う。そして、扉を閉める瞬間に俺が次元倉庫に入れる。》
「ああ~、なるほど。」
それなら確かに誰にも気付かれないですね。
それに、扉を出現させるのに魔力を凄く消費するから、連続で使うと無理が掛かると言っていましたし、別の場所に移って再度扉を出すこともしなくていいですからね。
「じゃあ、近い内にナトレーさんと二人でレテイアに?」
《いや、それはまだどうするか決めてない。リリアナも一緒だと俺が隠れなくて済むからな。》
たしかにそうですね。
ディムさん帽子をナトレーさんが被るなんてこと…無理があります。
「ふっ…ぐっ”!」
私は、その姿を想像してしまい、飲んでいた紅茶を喉に詰まらせそうになりました。
《どうした?》「フルララぁだいじょうぶ?」
「う”ん、大丈夫。ちょっと、むせただけだから。」
昼食後はリリアナちゃんとお昼寝の時間です。
リリアナちゃんと寝室に戻って、ベッドの上で絵本を読み聞かせます。
私の膝の間に座って一緒に見るいつもの体勢から、ウトウトしだして私にもたれるように寝るのです。
そして、そのまま添い寝で私も一緒に寝るのが日課です。
《そろそろ、時間だぞ。》
アンジェちゃん達が遊びに来る日は、ディムさんの念話が直接届きます。
普段の念話とはちょっと違うみたいで、寝ている状態でも容赦なく聞こえるのです。
なので、寝過ごす事はありません。
それに、リリアナちゃんに念話で返して貰わないと、ずっと起こされ続けるので、寝ぼけることも出来ません。
「フルララぁ、おきた?」
「うん。起きたよ。ディムさんに伝えてね。」
「ん!」《パパぁ、フルララおきたよぉ~》
今日も、14時くらいからアンジェちゃん達が遊びに来ます。
最近は庭でボール遊びをしたり、縄遊びをしたりもします。
部屋でも、簡単なカード遊びやダイス遊びをするようになり、競い合う遊びになってきましたが、10歳のアンジェちゃん 対 ティエスちゃんとリリアナちゃんっていう感じにいつもなるので、喧嘩することなく、アンジェちゃんがお姉ちゃんらしく手加減しています。
なので私は、お手伝い的な事をして3人の遊びを、見守っています。
まあ、ディムさんがリリアナちゃんの頭に居るので怪我とかの心配は大丈夫なんですけどね。
だけど今日は、庭の草や土がまだ少し濡れていて部屋での遊びなので、ディムさんは私の腕の中です。
「皆さん、おやつの時間ですよ。」
ナトレーさんがケーキやクッキーを載せたワゴンを押してリビングに入ってきました。
3時のおやつです。
神官見習いになってからは、おやつの時間なんてありませんでしたが、今はリリアナちゃん達と一緒に楽しんでいます。
アンジェちゃん達も慣れた様子で、私とディムさんの食べる姿を気にすることもなくなりました。
アンジェちゃん達が帰った後は、リリアナちゃんとディムさんとお風呂です。
屋敷の風呂は、5人ほどがゆったりと入れる浴槽がある浴室が2つあり、今はその一つを使っています。なのでもう一つは、オリファさん専用になりそうです。
「フルララぁ、あたまあらってぇ。」
一度、頭の洗い方をリリアナちゃんに教えてから、ディムさんの作った水球で汚れを落とすより、やっぱりマッサージ的な気持ちよさがあるのか、髪の毛を洗うのは私に頼むようになりました。
頭を洗ってからは、ディムさんがリリアナちゃんの体を洗います。
試しに、ディムさんの作った水球で体を洗って貰いましたが、ちょっとねっとりとした感触があり、お湯が纏わり付く感じでした。
初めての感覚で戸惑いましたが、肌がサッパリしたのは確かです。
ディムさん曰く、汚れを取る為に魔力で粘度を上げているとの事でした。
毎度頼むのはあれなので…たまに頼んでみようかと思っています。
お風呂上りから夕食までの時間も、リビングでリリアナちゃんと遊びます。
私達の後に、お母様やルヴィア様がお風呂に行き、ディムさんは夕食の準備をしているナトレーさんの所に行ったりするので、遊ぶというよりは、お風呂上りなのもあり、ぼーっと寛いでいる感じになります。
それから、夕食を皆で食べて、リリアナちゃんが眠くなるまでリビングでまた遊びます。
この時間は、ナトレーさんはバーカウンターに入って、お母様達とお酒を嗜みます。
もちろん、ディムさんもその席に入っています。
「パパぁ~ねるぅ。」
リリアナちゃんのこの言葉で、私の今日も終わります。
《ああ、判った。フルララも寝るか?》
「はい。私も一緒に。」
特に用事もないので、私はいつもリリアナちゃんが寝る時間に寝ます。
神官として教会に勤めていた時は、睡眠を取る事に苦労していたのですが、当時はそれが当たり前だと思っていました。
だけど私は、熟睡という事をディムさんとリリアナちゃんに出会ってから知りました。
将来の不安。星読みのお告げの事。神官としての責務。お母様の事。
色々な想いが、私の重石になっていたのだと気付きました。
「フルララもいっしょがいい。」
大きくなったディムさんの上に乗ったリリアナちゃんが私の袖を掴みました。
「はい。一緒に寝ますよ。」
《俺の上でってことだよな?》
「うん。パパのうえぇ。」
寝室に入ると、さらに大きくなったディムさんに私は服を脱いで乗りました。
リリアナちゃんはいつものように既に眠っています。
《これ、ベッドに俺が乗る必要ないよな?》
「そうかも知れませんね。…あのそれで…」
《ああ、あまり食べ過ぎないようにな。》
「はい。一口だけで我慢します。」
そして私は、口いっぱいに広がる心地良い甘味を感じながら、
幸せそうに寝ているリリアナちゃんと一緒に、ディムさんに包まれながら眠りにつきました。
第一部 完
娘をダメにするスライム 紅花翁草 @benibanaokina
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