第20話 魔王、娘達の為に。
北の大地を出てから一ヶ月ほどが過ぎ、クラリムでの生活は、フルララの母親レファルラと世話係だったナトレーが加わり、賑やかになっていた。
そして、ナトレーが家事全般を受け持ち、リリアナとフルララの遊びにレファルラが参加しているので、俺はリリアナの傍で見守る時間が多くなる。
何故か、フルララに抱きかかえられながら…
そして今は、レテイアの旅行から帰ってきたアンジェとティエスも加わって、午後の時間はさらに賑やかになる。
そんな中、リリアナ達が積み木で遊んでいるの眺めていると、フルララの体がピクッと、一瞬だけ硬直した。
《ん? どうした?》
「ディムさん、ちょっとツフェルアス様に呼ばれましたので、部屋に行ってきます。」
《そうか。》
フルララの腕の中から俺は飛び降りる。
フルララは、プリアムの事で何か起これば教えて欲しいとツフェルアスに頼んでいた。
フルララの行動に疑問を持ったレファルラが、俺に小声で訊ねた。
「フルララは呼ばれたのですか?」
《ああ、プリアムの事かも知れない。》
クラリムの街でレボルク領のクーデターの話が広まった時、レボルク公爵婦人が行方不明という噂が流れた。
その話を聞いたレファルラが顔を青ざめていたから俺が訊ねると、
レボルク公爵夫人がプリアム伯爵の次女で、ガトラの義理の妹だということを俺達に話す。
だから俺は街道で家族を助けた話をして、その流れでリリアナとフルララが女神と会話が出来る事を伝えた。そして、母がルーヴィリアス・バーチャだという事も。
話を聞いたレファルラとナトレーは驚いた表情を見せたが、すぐに納得したのは流石だなと思った。
少しして、嬉しそうな笑みを浮かべたフルララがリビングに戻ってきた。
「プリアムの離領宣言が認められたそうです。」
《そうか。これでやっと落ち着いたな。》
俺があの親子を助けてから、12日が過ぎていた。
これまでに、ツフェリアスから得た情報で『レボルク公爵夫人が子供を連れて王都に向かった』事と、『ガトラを頼っている』事を知り、『プリアムが離領する』と聞いて、俺はフルララ達の不安を取り除く為、プリアムに侵攻していた騎兵団の目の前に破滅級のメテオを落として脅したのだ。
その効果があって騎兵団は侵攻を中止し、撤退する騎兵団がレボルク領都に戻ったまでは確認していた。
話を聞いていたレファルラも、安堵の表情を見せる。
「プリアムが戦場にならなくて、本当に良かったです。」
《ああ、そうだな。これで、気兼ねなく祭りを楽しめる。》
3日後、俺とリリアナとフルララで、商業ギルドに向かっていた。
プリアムの離領をテオラ・ガザルドが認め、レボルク領の問題が沈静化した話が広まり、街は祭りの話で賑わいを取り戻しつつあったからだ。
商業ギルドのロビーでも、笑みを見せ合う人達の会話が溢れていた。
そんな中、受付席で仕事をしていたロチアが俺達に気付き、席を外して出迎える。
「いらっしゃいませ。」
リリアナと手を繋いだままのフルララが、ロチアに軽く頭を下げる。
「こんにちわ。皆さん、活気が戻りましたね。」
「はい、レボルク領の内乱が終わったみたいで、やっと祭りに専念出来ると、喜んでいます。それと、忙しくなる時期に向けての気合入れも含まれていますので、普段よりも騒がしいぐらいです。」
そう言ったロチアも気合が入っているのか、動きにキレがあり、体から気力が溢れ出ているように見えた。
いつもの商談部屋に案内された俺達は、目的の話をする。
「サーカスのチケットは公演初日ですね。席は中央個室に。…はい、確かに承りました。」
「よろしくお願いします。」「おねがいします。」
フルララの言葉と一礼に、リリアナが合わせていた。
「メルヴィールさんのご家族も一緒に見れると良いですね。」
「ん!」
期待する目を見せ、嬉しく微笑むリリアナだった。
アンジェ達親子も、と考えていたが、万が一に冒険者ギルドからの応援要請が出るかも知れないということで一緒に見ることは断念したが、
「それなら、12人が座れる個室を予約して、その御家族様の都合が合えばその日に誘ってみるのはどうですか?」
と、ロチアの提案に合意したのだ。
「そうでした! 明日からサーカステントの組立てが始まります。組み上がっていく姿も面白いと思いますから、見に行ってみるのも良いと思います。」
「ん! みたいぃ!」
リリアナの一言で、それは決定事項になる。
《ああ、朝の買出しの時に寄るので良いか。》
《うん。そうするぅ。》
次の日、買出しに加わっていたナトレーも連れて、俺達はサーカス会場の予定地の場所に来ていた。
何もなかった広場には、色鮮やかなサーカス団の馬車が並んでいて、既に土台部分の骨組みが出来ていて、カンカン♪と幾つもの音が重なり、奏でるように聞こえるその景色を、リリアナとフルララは静かに口を開けて眺めている。
よく見ると、広場の隣にある木造2階建ての窓からも、沢山の子供がサーカステントを眺めていた。
《思っていた以上の大きさになりそうだな。》
「そうですね。私も目の前で見るのは初めてです。」
ナトレーも静かに見ていたが、さすがに口は開けてはいない。
レファルラもナトレーも、王都での公演やレテイアでの公演時などで遠くからは見ていたが、結局、機会がなくて一度も見たことがないとの事だった。
なので俺達は、全員がサーカスを見るのが初体験になる。
《また明日も寄るから、そろそろ帰るぞ。》
「「はーい。」」
リリアナとフルララのハモった返事に、ナトレーが小さく笑い声を漏らす。
それに気付いたフルララが、拗ねるような目を見せていたが、俺もナトレーと同じ気持ちだったので、何も言うことは無い。
買出しの終わりに、サーカステントを見に来るのが日課になってから3日目の朝。
《今日は風が強いな。》
クラリムに来てから、初めて感じる強風だった。
リリアナとフルララが心配だと言うから、いつもの買出しを早々に切り上げて、組み立て中のサーカステントを俺達は駆け足気味に見に行く。
そこには、昨日には無かった巨大な木の柱が2本立っていた。
「しっかり固定させるぞ! 予備のワイヤー全部使ってもいい、竜雲が通るって話だ!」
「あぁ~もう! こんな時期に来るとか、最悪だぁー!」
「愚痴ってないで、気合入れろぉー!」
柱を見上げる筋肉隆々の男が、若い男達に大声で指示を出しているのが聞こえる。
《リュウウンってなんだ? そんな魔物がいるのか?》
「いえ、違います。」
俺の質問に直ぐに答えたのはナトレーだった。
「海の上に出来た嵐が巨大になりながらこの地方を北上して行くのですが、その見た目と被害の大きさから、『竜雲』という名が付きました。」
《なるほどな。なら俺達も屋敷の補強をした方がいいな。》
広場の隣の木造屋敷の、子供が顔を出していた窓は、既に雨戸が閉められている。
そこは、両親が冒険者だった子供達の孤児院だとロチアから聞いていた。
「そうですね。窓を覆う戸板があるはずですから、それを取り付けましょう。」
《リリアナ、フルララ、ちゃんと対応しているようだし、俺達も屋敷に戻るぞ。じきに雨も降るだろうからな。》
サーカス団員達の作業を心配そうに見ている二人に、俺は言い聞かせるような言葉で意識を向けさせる。
「うん。おうちかえる。」「はい。私達も備えないとですよね。」
ガラス窓の全てに戸板を被せたから、部屋の中から外の様子は判らないが、戸板に当たる雨音の激しさで想像することは出来た。
「いつもは夏が終わってからなのに…」
「稀に、この時期にも竜雲が来たりするのよ。私達がレテイア領に来てからも、2度ほどあったから。フルララは小さかったから、覚えてないでしょうね。」
フルララの呟きに、レファルラが答える。
「パパ…あめはいついなくなるの?」
リリアナは家に着いてからずっと、俺を放さないように抱えていたから、体を大きくして、今は俺に抱き付いている。
《そうだな。早ければ夜中、遅くても朝にはいなくなってると思うぞ。》
北の大地でも吹雪の日はあったが、強固な神殿の、あの部屋の中で過ごしていたから、初めて聞く激しい風と雨の音に不安になっているようだ。
《俺の傍に居れば何も問題はない。雨だろうと風だろうと、吹き飛ばしてやるからな。》
仮に、屋敷が損壊したとしても、慌てることもない。
重力魔術で短時間なら屋敷全体を空間支配することが出来るからだ。
そして、その間に破損を直せばいいだけの話。
「うん。パパありがと。」
抱き付きから、いつものように座ったリリアナを俺は包み込むように支える。
それから、少しするとリリアナから寝息が聞こえた。
「やっぱり、ディムさんの上だと安心なんですよね。」
そのフルララの笑みがなぜか、『私も。』と言っているような気がした。
「リリアナちゃんにとってその場所は、揺り篭でもあり、優しく支えてくれる親の腕の中と同じですから。」
レファルラの言葉に、俺は素直に喜びを感じていた。
最初は育てるのに都合が良かったから乗せていたが、いつの頃からかそれが当たり前になり、そして今では、俺の愛情表現だと自覚していたからだ。
「私は、フルララをあまり抱きかかえてあげることが出来ませんでしたから…今は元気になったから抱きしめることは出来ますが、もう腕の中には納まらないですから。」
《そうだな。まあ、それは仕方がないことだ。》
レファルラの寂しそうな表情を見た俺は、自然と慰めじみた言葉を出していた。
「ですから、たまにで良いですから、フルララも乗せてあげてください。」
《ん? やはりフルララは乗りたいのか。》
「ええ、あの顔は我慢している時の顔ですから。」
《なるほどな。俺もそんな気がしていた。》
「ちょ! えっ! お母様、何言ってるんですか! それにディムさんも!」
フルララが、頬を膨らませて顔を赤くしている。
《ん? 違うのか? 乗りたくないのなら、無理に勧めないが。》
「…乗りたいです。」
恥ずかしそうに俯きながら、フルララは答えた。
《判った。今日の寝る時でいいな。》
「はい、お願いします…」
そんな俺とフルララの会話を、レファルラとナトレーが微笑ましい顔で見ていたのは当然の事だった。
バッリッ! !!!!
突然、大きな破裂音のような音が振動と共に体に伝わる。
「ディムさん!」
即座に、フルララが俺の名を叫ぶ。
《ああ、少し待て。》
フルララが、一番に俺を頼った理由は判らないが、フルララが叫ぶと同時に、俺は魔力感知で外の様子を調べ始めていた。
だが、激しく流れる雨や風に含まれる魔力が、視界を遮るように邪魔をする。
《魔力が濃いな…》
俺は魔力感知の感度を下げて、視界を広げていく。
屋敷の周辺は問題ないな。
商店街…大通り…住宅地…建物などの破損は無さそうだな。
はぁ…あれか…
俺は一気に気が重くなった。
《最悪の事態が起きている。》
「え?! 何が起きたのですか!」
俺は直ぐにでも対応しなければならないと判断し、フルララに簡潔に答えた。
《サーカステントの柱が倒れて、孤児院を潰している。》
「え!」
フルララは言葉を詰まらせ、唖然とした顔を見せる。
もちろん、俺の話を聞いていたレファルラとナトレーも同じだった。
《もし、この事故で死者が出れば公演は無理だろう。だから、フルララ今から見に行くぞ。》
「はい!」
俺はリリーアナリスタの鎧を取り出す。
下着姿になったフルララに、俺は防具を合わせて手伝う。
《レファルラ、リリアナを頼む。》
「はい。」
俺は同時に、熟睡しているリリアナをレファルラに預けた。
そして、フルララの準備が出来たので俺は胸プレートの隙間に入る。
「それが、騎士になったフルララの姿なのね。」
ダンジョンに行った話しを聞いていたレファルラが、ヘルムを装着したフルララに向けた言葉だった。
「お母様、行ってきます。」
《リリアナの事を頼んだぞ。》
一刻も早く孤児院に向かう為、外に出た俺は一気に上昇と加速でフルララの体を孤児院に向けて飛ばす。
そして、ほんの数秒の事だったがフルララからの悲鳴は無く、半壊した建物の上空に停止すると、冷静に現地の惨状を的確に俺に伝えた。
《判った。まずは木を退ける。》
ワイヤーで固定されていたはずの柱が倒れたのは、落雷の直撃を受けたのが原因で、焼け焦げた臭いと溶けたワイヤーの臭いが、持ち上げた柱から漂って来る。
俺は、それを野次馬のように右往左往しているサーカス団員の前に降ろす。
「ディムさん! 人が!」
俺は魔力感知で、柱の下に3人の人族がいることは判っていたが、フルララは直視することでその惨状を理解する。
《ああ、ここからはフルララの力が必要だ。頼んだぞ。》
「はい。」
動けずにいる3人の所に降りながら、フルララを雨風から守っていた空間操作を、雨ざらしになっている部屋全てまで広げる。
《3人いるが、今のフルララなら問題ない。同時に治癒が出来るはずだ。》
「はい。やってみます。」
魔力の圧縮を理解し習得したフルララの治癒能力は格段に上がり、特級ポーションと同等かそれ以上になっていた。
しかも、ツフェリアスに体を預けたのか日々の祈りの効果なのか判らないが、魔力量も桁違いに増えていた。
絶望的な状況を見ていた他の孤児達や保護者が、状況を飲み込めないまま、フルララは瀕死の3人に治癒魔法をかける。
「おい! お前は! あの時のダンジョン荒らしか!」
倒れた柱で破壊された壁の隙間から、屈強な肉体を誇示するような薄着の男が叫ぶ。
俺はその声から、5層のダンジョン村で叫んでいた冒険者ギルドのマスターだという男を思い出す。
「聞いてるのか! まさかお前が、これをやったんじゃないだろうな!」
《だまれ! 吼えるだけの犬に構うつもりはない。状況判断も出来ない無能が! これ以上邪魔するなら撃つぞ。》
治癒魔術に集中しているフルララの邪魔をしたばかりか、犯罪者扱いをした男を俺は許す事が出来ず、念話で怒鳴ってしまった。
「ダンジョンでいちゃついて出来たガキ共が死のうが、どうでもいいんだよ! は?! 念話だと?! お前何者だぁあ!?」
俺が魔力を込めようとした時、突然、割って入る子供がいた。
「どうでもよくないし! 何者でもいいじゃないですか! その人はエリスを助けてくれた人ですよ! 今も助けてくれているのに…ふざけないでください!」
治癒を施しているフルララの盾になるように、男との間に入った少年を、俺はダンジョンで助けた時に居た少年だとすぐに思い出していた。
「うるさい! 余所者が俺達のダンジョンを踏み荒らしたんだぞ! その報いを受けさせるのが俺の役目だ!」
《おい、少年。少し横に移動してくれるか。》
俺の言葉に疑問の顔を浮かべながらも、少年が横に移動したから、俺は殺傷能力の無い空気弾を男に当てて吹き飛ばした。
「えっ?」
少年はもちろん、取り巻きに見ていた子供や保護者からも、驚く声が聞こえた。
俺は、撃ち飛ばした男が、もう一本の柱に当たって落ちたのを魔力感知で見て、動かなくなったを確認する。
「ディムさん、3人の治癒が終わりました。気を失ってますが、傷は全部治ってます。」
周りに聞こえないように小声で伝えたフルララだったが、やり切った満足感が伝わって来る。
《ああ、流石だ。それに雑音に気を取られずに集中していたのも良かったぞ。》
「はい。この子達を助けるのが最優先でしたし、ディムさんが傍に居てくれたから、安心して専念できました。」
《フルララはこのまま、黙ったままで立ち上がってくれ。後の事は俺が話す事にするから、適当に合わせてくれればいい。》
「はい。」
俺は、治癒を終えて眠っている状態の3人の子供を重力魔術で浮かせる。
《治療は完了している。今は眠っているだけだ。誰が受け取る?》
「あっ、ありがとうございます。私と…エリス、アミル、お願い。」
「はい。」「はい。」
唯一の大人と、二人の子供が歩み寄ってきたから、俺はその者達に子供を抱かせた。
《他に怪我をしている者は居ないか?》
「あ…」「わ…」
固まったままの子供達から、小さな声がざわめきのように聞こえてくる。
「みんな、怪我はない? すみません。まだ、事故が起きたばかりで子供達も…」
《ああ、判った。なら順番に見てやる。並ばせてくれるか。》
目の前で、共に生活していた者の命が消えそうになっていたんだ。
自分の事など、忘れるだろうな。
「ありがとうございます。それじゃあ、小さい子から並んで。血が出ていたり、痛いのが我慢出来ない子がいたら言ってね。」
子供の世話をしている女性なのだろう。彼女の言葉に従ってフルララの前に綺麗な一列が出来上がる。
《フルララ、頼んだぞ。》
小さく頷くフルララが、次々に子供達を診ながら治癒魔術を掛けていく。
やはり、血を流す怪我をしていることに気付かない子供や、痛みを思い出す子供が半数以上いた。
「これは…カテルーナさん、この状況は、どうされましたか?」
部屋の入り口になっている扉から聞き覚えのある声が聞こえた。
俺は、二人の人族が入って来たのを感知する。
「ハミルドさん! サーカステントの柱が倒れてきまして、子供達が被害に。ですが、この方が柱を退けて、下敷きになっていた子供と、怪我をした子供達を治してくれているのです。」
「そうですか。では皆さん無事なのですね。」
「ディムさん。商業ギルドのハミルドさんとロチアさんです。」
男とこの部屋にいた女性が話している隙に、フルララが小声で教えてくれる。
《そうか、判った。丁度良いな。治癒が終わったら、少し話をする。》
フルララの前に並んでいる子供は、残り2人になっていた。
《治癒は終わった。それで、そこのお前達は何しにここに来た?》
野次馬でやってくる二人ではないことは判っていたが、俺は確認の為に訊ねる。
「私は、この街の商業ギルドの所長をしていますハミルドと申します。まずは、子供達を救ってくれた事を深く感謝します。」
大きく頭を下げたハミルドに続いて、隣に立っていたロチアも頭を下げていた。
「それで私達は、柱が施設に倒れたと聞き、ここの者達の安否の確認と、保護をする為に来ました。」
《なら、この後の保護を頼む。まだ半壊だが、この屋敷はもう無理だ。この風雨に耐えられないだろう。だから別の所に避難させろよ。》
「…この雨風を止めている魔術も貴方様の力と判断しても宜しいでしょうか?」
《ああ、だから俺が居なくなれば、すぐにでも倒壊するぞ。》
「そうですか…一時的には商業ギルドの建物に避難出来ますが…その後の事を考えないと駄目ですね。」
「それは後で考えましょうよ。今は子供達を保護しないと!」
言葉を濁すハミルドに、ロチアが強く言い放つ。
《何が問題だ。言ってみろ。》
大体の予想はついていた。
施設としては古すぎる建物に、保護者が一人。
そして、『一時的には』と言う言葉。
「立て直す資金が、ありません。善意の寄付を集めるにしてもすぐには集まらないですし、立て直すとなっても、その間の住む場所をどうするか。」
俺の予想通りの答えだった。
《ロチア! ここの住民が住める屋敷を今すぐ手配出来るか? 俺が買い取る。》
「えっ?! あっ、はい。20分いえ、15分で探します。」
《よし! すぐに手配しろ。》
「はい!」
勢いよく一礼をしたロチアが扉から飛び出して行く。
《15分もあれば、外も片付くな。済まないが、この屋敷から全員出てくれるか。俺と一緒に外に出るんだ。》
《フルララ、外の状況を確認したいから、広場に向かってくれ。》
フルララが小さく頷く。
完全に主導権を得ている俺の言葉に、ハミルドも施設の者達も素直に従った。
そして、建物の玄関から外に出ると、数人の男達が様子を伺うように施設を見ていた。
保護者の女性と、10代の年上の子供が小さな子供を守るように丸く囲いながら、俺の近くを付いて来る。
なぜ俺と外に出るのか、その理由を説明しなくても現状からすぐに伝わっていた。
空間操作で作った、雨もなく無風状態の空間が移動するからだ。
ゆっくりと隣の広場に向かう俺達に、サーカス団員達が立ち尽くして眺めていたが、団長だと思われる男が歩み寄ってきた。
「すまない。倒れた柱を取り除いてくれたのは、あんたか?」
《ああ、落雷だとは不運だったな。だが、予想は出来たはずだ。何故、柱を外さなかった。》
「その事は反省しているが、今は謝ることしか出来ない。その前に一つ教えてくれ。死者や怪我人は居ないのか? そこの冒険者ギルドの連中が俺達を拘束すると言って、動けないんだ。」
全員が団員だと思っていたが、広場の外周に立っていたり、施設の前に居たのは冒険者ギルドの者だと俺は知り、さっき吹き飛ばしたギルドマスターの事を思い出す。
《怪我人は全員治した。死人も出なかったぞ。でだ、こっちに飛ばした男は、どうなった?》
「本当か? ありがたい…感謝の言葉しか出ないが、本当に感謝する。それと、飛んで来た男なら、残っている柱に当たって気絶していたから、数人に担がれてどこかに行った。」
《そうか、なら邪魔にならずに済むな。》
俺は残っている柱に意識を向ける。
「それで、さっきの質問に答えるが…柱を外すにも建てるにも、数時間以上の労力が必要で、躊躇ってしまったんだ。すまない。しかもこの嵐の中では、もう外すことが出来ない…」
《なら、俺が外してやる。また落雷するかもしれないからな。》
俺は、サーカス団長の許可を得たから、当初の目的を即座に実行する。
『次元倉庫』に建っている柱を一度入れ、すぐに取り出し、広場に横倒しに置く。
そしてほぼ同時に、支える為のワイヤーが音をたてて地面に落ちていた。
「あっ!」「なっ!」「えっ!」「うわ!」「うお!」
今度は、後ろで見ていた子供達に加えて団員達や取り巻きの冒険者からも声が上がる。
《お前達のサーカスを楽しみにしている者達が居るんだ。中止なんてするんじゃないぞ。》
「おっ、おお、そうだな。ここまでして貰って、これ以上見っとも無い姿を見せられないからな。このサーカス団の名に誓って開催を約束する。」
《ああ、楽しみにしている。》
「ハミルドさぁーん! 鎧のひとぉー!」
まだ15分は経っていなかったが、ロチアが戻っていた。
鎧の人って…まあ、名を告げてないからな…
「はぁ…はあ… …はぁあ…、ここから一番近い場所で部屋数が揃っている屋敷はここです。その次がこれで、あとこれも。」
雨に濡れないように皮の鞄に入れていた書類を取り出して、次々と書類を渡すロチア。
だが、俺は見る事は出来ない。
そして、受け取ってはいるが困っているだろうフルララは、ロチアが近くにいるせいで俺に話しかける事が出来なかった。
《一番近い屋敷で良い。そこに案内してくれ。》
俺の言葉にフルララが合わせるように書類をロチアに返す。
「はい! では案内します。」
ロチアの案内で着いた屋敷は、サーカステントの広場から少し下った住宅街の中にあり、少し古さを見せるが手入れが行き届いていて、すぐにでも住めるようになっていた。
エントランスロビーになる場所で、屋敷の中を探索したい衝動を抑えているのが丸判りの子供達をいつまでも待たせるつもりもないから、俺はロチアと保護者のカテリーナに部屋を案内させた。
残ったのは、商業ギルド所長のハミルドだけになる。
《この屋敷の値段は白金貨12枚だったな。》
「はい。」
《支払いは今すぐにするつもりだが、少し面倒事を頼まれてくれないか?》
「どのような事でしょうか?」
《この屋敷の契約者と所有者をロチアの名で頼む。》
「何故? そのような事を?」
《俺は身分を明かせないからだ。そして、ロチアの評判は聞いている。施設の子供を心配する姿勢も見れたからな。お前から見ても、そう思うだろ?》
「はい。もし私が貴方様の立場であれば、同じようにしたでしょう。」
《では、それで頼む。》
「はい。畏まりました。」
次元倉庫から15枚の白金貨を取り出した俺は、空中からそのままハミルドの手に渡す。
《3枚は子供のベッドや生活道具に使ってくれ。》
「承りました。商業ギルドの所長の名に恥じない対応をさせて頂きます。」
《ああ、頼む。俺は最後にやることがあるから、ロチアとカテリーナを調理部屋まで連れてきてくれるか。》
《フルララ、この屋敷の調理部屋に少し料理と食材を置いていく。》
俺の意図を聞いたフルララは、それらしい振る舞いで歩き出す。
「ディムさんはほんと…凄いです。でも、何も話せない状態は辛いですぅ。」
独りきりになったフルララが、溜息交じりの小言を口に出す。
《すまなかったな。まあ、これで最後だから頑張ってくれ。》
「子供達の為ですからね。」
フルララの足取りが少し速くなったのを、俺は感じていた。
当然、調理器具も食器も無いから、俺はとっておき料理を取り出す。
大きな寸胴鍋に入っているのは、ナトレーと作った『兎肉と根菜の熟成煮込みスープ』。
兎肉と根菜を3日間香草に漬け込んで、1日じっくりと煮込んだ料理は、全てがとろけるほどの軟らかさと深い味がスープに溶け込んでいる。
今日の夕食に出すつもりだったが、30人分の食事で食器を今から準備できる料理といえば、これ以外は思いつかなかった。
煮込めば煮込むほど美味しくなるらしいから、数日分を作っていたのだ。
それと、器の要らないケーキを調理台に並べていく。
「えっ! あっいえ…」
《また買えば済むからな。》
こんな時でも、素直な感情を出してしまうフルララに、俺は笑いそうになる。
もちろん、良い意味でだ。
「あの? って! これは一体…」
調理部屋に来たロチアが、調理台の上を見て驚く。
すぐ後ろに居たカテリーナは、言葉は無く、状況を飲み込もうとしているようだった。
《俺が持っている食べ物を置いていく。鍋にはスープが入っているが、皿とスプーンが無い。だから、ロチアには食器の手配を頼みたい。お金はハミルドに渡してある。》
「あっ、はい。判りました。」
俺は次に、商店街で買い溜めしていた野菜と肉を別のテーブルの上に出す。
そして、備え付けの冷蔵庫の魔鉱石に魔力を流し、冷気を発動させた。
《食材も置いていく。明日の分くらいにはなるだろう。》
「ありがとうございます。ここまでしてくれるなんて…本当に…ありがとうございます。どう、感謝をすればいいのか…」
カテリーナの小さく掠れた声が俺の耳に届く。
住む場所に食事。
ほんの数十分前の惨状から、『安心出来る』と思える今になって、感情が溢れ出したのだろう。
《俺に感謝はしなくていい。今まで面倒みてきた子供達の分と、これから面倒みる分。その行いの褒美として受け取ればいい。》
《ロチア、屋敷の支払いはハミルドに渡してある。俺は帰るから、後の事はハミルドから聞いてくれ。》
《フルララ、お疲れ様だったな。やれる事はやったから、帰るぞ》
様子を見に来ていた子供達が、屋敷の外に向かうフルララに、小さいながらも頭を下げてお礼の言葉を口々に出している。
そして、その子供達に手を上げて応えるフルララだった。
《色々と腑に落ちない事もあるが、それはロチアやルーテアに聞けば判るか…》
屋敷の外に出たフルララを、俺はゆっくりと浮上させる。
「ここの子供達の事ですか?」
《いや、冒険者ギルドの事だな。いくらダンジョンが危険な場所だと言っても、安全な狩場と獣を選べば死ぬような事にはならないだろう。》
「そうですよね…子供を持つ親が、危険なクエストを受けるなんてしないですよね。」
《ああ、その辺りの事を、それとなく聞いてくれるか。》
「はい。聞いてみます。」
「パパぁ! フルララぁ!」
俺達が帰って来るのを待っていたのか、屋敷の扉を開けるとリリアナとレファルラ、ナトレーまでがエントランスに立っていた。
「ただいまぁ」
《ここで待っていたのか?》
ヘルムと胸プレートを外して、フルララから離れた俺をリリアナが抱き上げる。
「ううん。へやでみてた。」
《そうか、生体感知か。》
リリアナに抱かれたままリビングに戻り、鎧を外して服に着替えたフルララに、俺はケーキやお菓子をテーブルの上に置いて労う。
《ナトレー、フルララに飲み物を頼む。》
「パパ、わたしもたべていい?」
《ああ、夕食前だから食べ過ぎないようにな。フルララもな。》
「「はーい。」」
ソファに座ったリリアナをフルララに任せて、俺は本棚前にあるテーブルに乗る。
「孤児院はどうでしたか?」
椅子に腰掛けたレファルラに、俺は順を追って話をした。
「そうでしたか。死者が出なくて、本当に良かったです。それにしても…冒険者ギルドの対応が気掛かりですね。事によっては、夫に動いて貰わないとならないかもしれません。」
《まあ、詳しい事を知ってからになるだろうから、それからだな。この街の中だけで済む話かも知れないからな。》
夕食を済ませてからリビングで夜を過ごしていると、戸板を叩く雨風の音がやっと静かになる。
ずっと外が気になっていたリリアナとフルララに、俺は魔力感知で街の様子を伝えていたが、その心配も過ぎて行ったようだ。
《嵐は抜けたぞ。ベッドに行くか。》
「うん。いく。」
いつもの寝る時間は既に過ぎていたが、眠れなかったリリアナにフルララと俺は付き合っていたのだ。
「それではお母様、私も寝室に行きます。」
俺の母と一緒にお酒を嗜んでいるレファルラに挨拶をしたフルララを待って、俺は寝室に向かう。
そして、リビングで俺に乗ったリリアナは、部屋に入る頃には既に夢の中だった。
《フルララも眠いだろ。約束通り、俺の上で寝るといい。》
俺は、ベッドの前で体を大きくして、フルララも一緒に寝れる場所を作る。
「はい。ありがとうございます。」
丸くなって寝ているリリアナの隣に、フルララがゆっくりと体を預けるように寝そべる。
「んぅ~ふふっ。嬉しいです。」
俺はベッドにある二人の毛布をフルララとリリアナに掛けて、ベッドに乗る。
…もう、ベッドは必要ないんじゃないのか?
「ディムさん…」
《ん? なんだ?》
「孤児院の子供達の為に、どうしてあそこまで…」
《ん? ケーキのことか?》
「ち・が・い・ます!」
《冗談だ。まあ…それはだな、気持ち良く祭りを楽しむ為だ。知ってしまった事を忘れることは出来ないからな。》
「そうですね。あのままだったら、商業ギルドで保護されていたとしても…気になっていたと思います。」
《初めての祭りを俺の娘達が楽しみにしているのだ。万全を期すのは当然だろう。》
「そうでしたね。ディムさんはいつも、リリアナちゃんの為に。ですよね。」
《何を言っている? 俺の娘達と言ったのだぞ。》
「…あっ。そっか…ありがとうございます。」
毛布を頭まで被ったフルララが、俺の上でモソモソと動いている。
《フルララには、今日も助けられたからな。これで、2つの願いを叶えることになった。思い付くことがあれば言ってみてくれ。》
モソモソと毛布から顔を出したフルララが、恥ずかしそうに俺に顔を埋める。
「…時々でいいので…その…ディムさんの角を…食べても…いいですか?」
《時々か…そうだな、リリアナが寝た後でなら。》
「じゃあ…いまから…」
《ああ、好きなだけ食べていいぞ。》
ゆっくりと起き上がったフルララが、俺の角にかぶり付く。
「甘くて美味しいです。」
《まあ…食べ過ぎないようにな。》
幸せそうな笑みを見せるフルララに、俺はそれ以外の言葉を掛けることはなかった。
直接食べなくてもいいと思うのだが…
そして、満足げな顔で眠りについたフルララを見た後に、俺はこの言葉を今後も言えないことだけは確信したのだった。
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