第12話 変革の予感

「ポーシャ姉・・・できたの?」


「うん・・・できちゃったみたい。」


「俺が貰っていいんだよな。」


「ええ、それは構わないけど、しばらくは大事な物は入れないで様子を見てね。問題はないと思うけど、聞いたこともない技術だから何か影響があるかもしれないから・・・。」


「ああ、分かってるよ。とりあえず1週間したら見せに来る。」


そう言うと真新しい魔法鞄を肩にかけたアントニオは意気揚々と店を後にした。




話しは少し遡る。

アントニオとポーシャがゴミ捨て場で出会ってから3日目。

この3日間というもの、ポーシャは寝る間も惜しんで三極相克法を確かめる事に熱中していた。

沼大ナメクジの体液をしみこませたメタルウィードの蔦と八つ目大蛙の魔石を繋いだ物に錬金術のスキルで魔力紋を刻みつけてゆく。

試しにその蔦で輪を作ると囲まれた空間は広さを増し、小指の先くらい太さしかない蔦の輪の中に指の長さ程の棒が全部入ってまだ反対側に突き出る事が無かった。

その後、必要な実験を繰り返し機能に問題が無い事を確認したポーシャは真新しい鞄の内側にこの蔦を張り付けて、収納量が見かけの1000倍になった魔法鞄を完成させた。


「すごい!新しい魔石を使わずに本当に魔法鞄が出来るなんて。使用期限が短いのは残念だけど、コストパフォーマンスは格段に上がるから充分採算が取れるわ。」


「そう、それは良かった?・・・(ん?使用期限が短い・・・)」


「ポーシャ姉・・・使用期限が短いのか?」


「魔石の魔素量と消費魔力から計算したものだけどたぶん従来の鞄の7~8割くらいかしら。でも今までと違って交換しなければならないのは手に入り易くて安い大蛙の魔石だから、とても経済的になるわよ。」


(変だな。たしか見積りだと使用期限は15年になっていた筈だけど・・・。それに買ってきた蟒蛇うわばみの魔石が残っている。これはどこで使うのかな。)


「ポーシャ姉、ちょっと待っていてくれないか。」


「いいけど、どうしたの?」


「いや、ちょっと気になる事があるんだ。」


そう言ってポーシャに背中を向けると、考え込むフリをして小さく呟いた。


契約コントラクト。ポーシャ姉の作った魔法鞄の使用期間を延ばす。」


『甲からの依頼を確認

契約内容を表示します。

依頼内容 魔導具師ポーシャ製作の魔法鞄について使用期間の延長。

必要コスト 5000ライフ

契約をしますか。』


「おっ、約3日分・・・意外に安いな。でも自分の鞄だけできてもダメなんだよな。契約内容を見せてほしい。」


『甲から契約内容について内容の開示要求。

詳細を表示します。』


「えーと、蟒蛇うわばみの魔石をメタルウィードに繋げる、その魔石と八つ目大蛙の魔石をロックバイパーの皮で繋ぐ・・・えっ、これだけ?」


その余りにも簡単な内容に眉を寄せるアントニオだったが、それをポーシャに伝えると・・・。


「な、なんて事なの!こんな方法があったなんて。」


表示された内容をそのまま聞いたポーシャは千切れろとばかりに腕を振り回して何かを説明し始めた。

何のことか分からないアントニオが気後れして2~3歩後退りすると勢いよく近づいて手を握り締め、更にブンブンと振り回す。


「ポーシャ姉!痛い、痛いって・・・。」


「すごいよ!こんな方法は今まで誰も考え付かなかったわ。」


「まず、腕を振り回すのを止めてくれ。」


「だって、だって、だって!とってもすごい事なのよ。この方法を使えば魔導具の消費魔力は革命的に少なくすることが出来るわ。」


興奮したポーシャの話は中々理解し難かったが要約すると次の様な事らしかった。


魔導具では魔力紋を動かす為に魔素を使うのだが、魔力紋を動かす為には魔石から流れる魔素の圧力―――魔力圧を一定値まで上げる必要がある。

しかし魔力圧を上げると魔素も余計に流れてしまい、消費する以上の魔素が無駄に失われる事になる。

この過剰に流れる魔素を如何に少なくするかが魔導具師の腕見せ所とされていたのだが、それでも魔力圧を上げない訳にはいかない以上無駄に流れる魔素をゼロにすることはできなかった。

ところが三極相克法を使えば無駄な魔素を回収して、もう一度利用する事が出来る。

具体的にはトード系中位上級の八つ目大蛙の魔石を起点として、蛞蝓ナメクジ系中位下級となったメタルウィードの蔦を経由してウロボロスの魔石の能力を機能させている。

本来魔石に刻む魔力紋は多少のアレンジを施した後に蔦の表面に刻まれているのだが、長さが長くなる分、魔力圧は更に高くする必要があり、これだけであれば消費魔素量は2~3割多くなってしまう。

だが、ここに魔蛇系中位中級の蟒蛇うわばみの魔石を繋げ、更に同じ魔蛇系でも下位上級のロックバイパーの皮を経て最初の大蛙の魔石に経路を作ると余剰の魔素は起点となる大蛙の魔石に戻り魔素のロスをほとんどゼロにすることが出来るのだ。


「消費魔力量を減らす事は魔石の寿命を延ばせるだけじゃないわ。今まで必要な魔素量を賄う為に上位の魔石が必要だった魔導具がランクを落とした魔石でも造れる事になるのよ。ううん、それだけじゃない。魔石自体も小さくても良くなるから魔導具を小さくできるかもしれない。今まで淘汰され尽くした分野の魔導具も新しい可能性が出て来るかもしれない。革命よ!魔導具の可能性が広がって色々なことが変わるのよ!」


「お、おう。それはすごいな・・・」


説明された事の半分も理解できないアントニオは生返事をするしかなかった。




その後、数日を掛けて実験を重ね、試験する必要から考えられる機能を全て盛り込んだ夢のような魔法鞄を作り上げた。

今までは一つの機能に対して魔素の供給源として一つ以上の魔石が必要だったものが相克法を使えば一つの魔石から幾つもの仕組みに魔素を供給できる事が分かり、これによって必要な魔力圧は上がったものの消費する魔素量は更に減らせるようになったのだった。


一通りのテストを終えたポーシャは手の震えを抑える事が出来なかった。


「アンちゃん?どうする?」


「どうするって、何を?」


「これはすごい技術なの。これが広まれば魔導具の歴史が変わる程。だから・・・」


「だから?」


「公表したいの。もちろん無料じゃないわよ。ちゃんと協会に登録してこの技術を使う度にお金が入る様にするわ。でも、これはあなたが見つけて来たものだから嫌だと言われれば言うとおりにする。」


「もし公表したらどうなる?」


「今はウロボロスの魔石が無くてみんな困っているから試す人は直ぐに出てくる筈よ。そうして一度でも試してみればこの技術の可能性に気付かない錬金術師はまずいないし、そうなれば一気に広まって昔に戻る事はできなくなる。その後の事は私にも判らないわ。ただ、色々な人が色々な新しい物を作り出す様になって生活があっという間に変わって行く・・・そんな予感がする。」


「変わって行くのか・・・」


アントニオの様にこれから成り上がろうとする者にとって大きな変化は大きなチャンスでもある。

もちろんリスクも大きく成功か破滅かの分岐が絶える事のなくやってくる事になるだろう。

だけど、それは既に城を築きあげている者にも言える事だ。

これまでは攻め込む隙も見いだせなかった強者とやり方次第で互角以上に戦う事が出来るかもしれなかった。


「分かった。公表してくれて。但し、条件がある。発見した人間をポーシャ姉にする事と公表するのは10日間待ってくれ。」


「えっ、ダメだよ。これはアンちゃんのものなんだから私が取るみたいなことはできないよ。」


「いや、必要な事なんだ。俺は商人としてやっていくと決めたのに変に錬金術師として名前が広まってしまうと商売に差し障りがあるんだよ。だから今回の事でおれの名前は出さないで欲しいんだ。」


「でも・・・」


「でもは無し。それが出来ないなら公表はしない。」


「・・・分かったわ。」


出来上がった魔法鞄を手にしたアントニオは店を出るなり走り出した。

残されたポーシャはしばらくの間は閉じた扉を見つめていたが、やがて錬金術師協会に提出する書類をまとめる為に奥へと歩いて行った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

手続き代行サービスを利用しよう―――悪魔との契約は寿命が縮むけど、見積りはタダだからやり方を聞いてコストダウンすれば大丈夫だよね――― 時行人 @tokiyukuhito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ