第11話 失われた技術の復活
「この鞄は主人が使っていた物で、出かける時には必ず持ち歩いていたのよ。」
その老女は古い鞄を抱えながら静かに口を開いた。
「雨の日も風の日も何かに取りつかれた様に仕事に出かけて、その時には必ずこの鞄を持ち歩いていたわ。だから私と過ごした時間よりもこの鞄の方が主人とは長いくらい。あんまり大事にしているから『私と鞄とどちらが大切なの!』なんて言ったこともあるわね。10年前に主人が亡くなってからは見るのが辛くて物置に仕舞ったままだったのだけど、きっと焼き餅を焼いていたのね。だから今度独り立ちする孫にお祝いとして送ろうと思ったのだけど・・・こんな嫉妬深いおばあちゃんの所にあるよりも、その方が主人も鞄も喜ぶと思ったのだけど・・・。でもおかしいのよ。あんなに見たくなかった鞄なのに人にあげようと思ったら急に愛おしくなってしまって・・・。今はね、手放したいような手放したくないようなそんな気持ちなの。」
小さな商店から始めて、この王都でも屈指の名店にまで築きあげたご主人の逸話は、そのままこの老夫人の人生でもあった。
苦しさも楽しさも全てを淡々と語りながらも、鞄を撫でる度に思い出が出て来るのか、その話しが尽きる事はなく、時間が経つのも忘れていつまでも懐かしさに身を委ねていた。
魔法鞄の修理を依頼されただけのポーシャが老夫人の話に付き合う必要はもちろんなかったのだが、うんうんと相槌を打ちながら結局は半日近くもおしゃべりに興じていた。
ポーシャは預かった鞄を包んで抱えると帰り道を急いだ。
本当は自分の魔法鞄に仕舞った方が安全なのだが、鞄の魔石に少しでも魔力が残っていると稀に反発する事があるので大事に抱えて運ぶことにしたのだ。
「時間は掛かったけど色々な話を聞いたおかげで、修理の方向性が大分決まって来たわ。ご婦人とお孫さんの思い出を大事にして、元の形状をなるべく残す様に。素材自体はかなり良い物を使っているから補修は最低限にしても充分使えるし、年代物って感じがいい味になるかな。その代り機能の方はお孫さんが使いやすい様に空間拡張と重量軽減の他に劣化防止と使用者限定と、あと
孫へのプレゼントとあって予算はかなり多く提示されているので、妥協する事無く存分に腕を振う事が出来るだろう。
限られた条件の中で最高を目指す事こそ職人の醍醐味ではあるけれど、こんな想像力の赴くままに工夫を凝らすのは創る者として楽しい仕事には違いなかった。
惜しむらくは肝心のウロボロスの魔石が手に入らないので機能を付加するのはしばらく後になってしまう事だが、それさえなければ何日か徹夜をしてでも掛かりたい程ワクワクしていた。
「俺が『ゴミを漁っていた』ら困るのは・・・。」
聞き慣れた声に目を向けたのはそうして家路を急いでいる時だった。
(ゴミ?漁る・・・)
最初は理解できなかったが、やがてその意味が繋がると衝撃で頭の中が真っ白になった。
自分の鞄は落としても預かり物は抱きしめて放さなかったのは職人としての意地だったのか、それとも何かを抱きしめていたかったからなのかは定かではないが、気が付けばアントニオの襟を掴んで家に帰っていた。
☆ ☆ ☆
「この鞄の魔石は貰っていいんだね。」
「もう魔力はほとんど残っていないので付け替えるものだから、大丈夫よ。」
家についてしばらくは混乱していたが、よく話を聞けば誤解だと分かりほっと胸を撫で降ろした。
その後、アントニオから『やってほしい事がある』と頼まれたので、一緒に工房に移って来たのだ。
「この使い終わったウロボロスの魔石を砕いて粉末にしたら、重量比で10倍の沼大ナメクジの体液に溶かして欲しい・・・沼大ナメクジの体液はある?」
「錬金術の素材だから少しならあるわよ。でも魔石の十倍まではないかしら・・・。」
「ちょっと試してみるだけだから魔石の量を体液の10分の一にするから良いよ。ああ、ちゃんと溶けたね。次にメタルウィードの蔦をここに漬けて、30分くらい経ったらスキルで液を浸透させてほしい。」
「アンちゃん・・・よく錬金術のスキルを知っていたわね。でも、魔石を溶液に溶かせるなんて何処で聞いてきたのよ?私でさえ初めて聞いたわ。」
「ポーシャ姉・・・『アンちゃん』は止めてくれよ。俺、もう直ぐ20歳なんだぜ。人に知られたら舐められて商売がしにくくなるからさ。で、このやり方だけど、旅先で古い時代の資料を見る機会があってね。そこに書いてあったんだ。」
もちろん古い資料云々は嘘なのだが、太古の悪魔が見せた方法なので全くの間違いではないと思う事にした。
「驚いたわ。よくそんな資料が残って・・・いいえ、むしろその資料の事に誰も気づかなかった事の方が驚きだわ。それでこの後はどうするの?確かに魔石の粉は溶液と一緒に蔦の中に滲みむけど、このままでは魔力がないのは変わらないわよ。」
「それにはこれを使うんだ。」
アントニオが取り出したのは青黒い色の魔石。
「?トード系の魔石かしら・・・。」
「当たり。八つ目大蛙の魔石だ。これを溶液の中でメタルウィードの蔦と結合させてほしい。」
「結合自体は錬金術のスキルで出来るけど魔力は同系統の上位魔石からしか流れないわよ。ウロボロスは大蛇系でもかなり上位だから魔力の補充をしようとしたら、それこそ神蛇クラスの魔石が必要になるの。そんな国宝級の魔石を使うくらいなら多少高くても手に入るウロボロスの魔石を付け替えた方が現実的なのよ。」
「だから溶液に大ナメクジの体液を使うんだ。『三極相克法』って言うらしいよ。」
「それも古い資料にあったの?」
「ああ、蛇はナメクジに弱いので魔石を溶かす事が出来る。ナメクジは蛙に弱いので魔力が通る。ナメクジに伝わった魔力は弱い関係にある蛇にも通る。この相克法の関係に限って異なる系統でも魔力が通るし、上下関係は相克法の系統に依存するから上位種のウロボロスに蛙系の雑魚魔石からでも魔力を流す事が出来るらしい。」
「そ、それが本当なら、すごい事よ!?今まで使い捨てにするしかなかった魔石を安い魔石で再利用できるようになるって事じゃないの。魔導具の常識が変わるわよ。」
「細かい事は分かんないよ。俺も『そう書いてあった』ってだけで本当かどうかは知らないんだから。ただ・・・金儲けの臭いがプンプンしているのはよ~く分かる。へへへっ、だからこの実験も成功するよ。小銭が降ってくるのが見える様だ。」
「もう、アンちゃんたら、またそんな事言って・・・。でもそうね。すごい事になる気がするわ。」
溶液に浸した蔦が黄色みを帯びて来るのを二人は今か、今かと待ち続けた。
あまりに待ち遠しかったので、いつの間にか二人は額を寄せ合う様に覗き込む事になっていたのだが、それに気づいたのは近づき過ぎたアントニオが立ち昇る気体に
因みに飛び散った溶液を浴びたポーシャが大騒ぎをすることになったが、錬金術のスキルで毒素を無効化できたので大事には至らなかった。
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