第10話 バーサニーオ

「ああっ、何処にあるんだ!?」


ここは大通りを離れた所にあるゴミ置き場の一つ。

コストの内訳を見たアントニオは高ぶる気持ちに押されるまま、近くのゴミ置き場で捨てられた鞄を探しいていた。


「コストの内訳を見ると5分程で鞄が手に入るのだから、すぐに見つかる所にあるはずなんだが・・・ないなぁ。ここじゃないのか?」


目当てのものが見つからず、手を止めて辺りを見回すとゴミの中で考え込む。


「場所はここで間違いない筈なんだが・・・。」


「・・・ヒソヒソ・・・いやだゴミを漁ってるわ。きっと浮浪者よ・・・」

「・・・ヒソヒソ・・・ほんと貧民街から出てこないで欲しいわよね・・・」


閑静な、と言うには些か庶民的な区域なので陽も高い今の時間であれば生活する人達の往来は多い。

夢中になってゴミの山をひっくり返していたので気づかなかったが、周りを見回せば思いの外注目を集めていたようだった。


「拙いな。変な噂が立つと・・・余分な金が掛かるな。一度離れよう。」


興奮して走って来たが、別に今すぐでなくともいいのだ。

おかしな具合に目立ってしまったが、余分な事をせずに静かに消えるのが最善だと思われた。

ところが、そんな時に限って余計な者が現れるものだ。


「おや、そこに居るのは行商人のアントニオじゃないか。」


ゴミの山を下りようとして振り返ると、洒落た衣服に身を包んだ若い男が大げさに髪を搔き上げながら立っていた。


「ちっ!バーサニーオ。」


普段でも会いたくない部類の知り合いが、大きな声でアントニオの名前を呼んでいた。


それまでであればここを離れても不利益はなかったのだが、こうも名前を呼ばれてしまってはアントニオがゴミを漁っていたと言う話を広められてしまうかもしれなかった。

そして性質の悪い事にバーサニーオは全て承知の上でアントニオの名前を呼んでいた。


(余計な事を・・・忌々しいが、怒りをぶつけても俺の金が増える事はない。むしろ減る。確実に減る。こうなっては損害を増やさない事を第一に考えなくては・・・)


毒づきたい気持ちは沸々と湧き上がって来るが、内心を抑えて逃げ出しに掛かる。

最後に振り返るとバーサニーオが勝ち誇ってニヤニヤと笑っていた。


(やっぱりヤラレタままってのは面白くないな・・・。)


隠れるように向けた背を反転させると途端に堂々とした態度に変え、満面の笑みを浮かべながら静かに歩き出した。

さり気なく、しかし出来る限り早く・・・。


一方のバーサニーオは近づくアントニオに警戒しながらも、広げた手を額に当てると舞台の役者のようにピタリと止まってポーズを決める。


「ああっ!アントニオ・・・君ともあろうものが何と『やあ!奇遇だね。我がともバーサニーオ!同業の君とこんな所で会うとは思っても見なかったよ!』・・・えっ!」


バーサニーオは『嘆かわしい』と叫ぶと共に大きな溜め息を付くつもりだったのだが、アントニオはその一瞬の間を付いて近づき、如何にも親しそうに肩を抱いて笑い掛けた。

アントニオの笑顔に邪悪な影が差し、もう一方の笑顔は引き攣って固まった。


(ザマーミロ。これでお前はゴミ漁りの同類だ。妙な噂を立てられるのは痛手だが面倒くさいお前を道連れにできるなら投資と思って諦めもつく。)


バーサニーオは笑顔を張り付けたまま必死になって引き剥がそうとするが、アントニオは意地でも離れるものかと笑顔のままにしがみ付く。

バーサニーオがここに居合わせた事は偶然だったが、その後の行動は計算したものだ。

ここで不名誉な噂を広められば、居づらくなったアントニオはしばらくここを離れるしかない筈だった。

だがそれは行商人だからできる事であって、親の構える店にいるバーサニーオが取れる手段ではない。

もしも『ゴミ漁りの仲間』などと言う噂が広まれば針のムシロに座って只管に名誉を回復させなければならなくなるだろう。


(くっ、やってくれたな。)


「やあ君の様に立派な商人がこんなゴミ置き場で何をしているんだい?」


怒りで裏返りそうになる声を引き攣る笑顔で押し隠した。


「ああ、我が友よ、とんだところを見られてしまったね。まあ、知られてしまったのなら教えるが、他の商人には言わないでくれよ。実の所、市場調査をしていたのだよ。こうしてゴミとして捨てられた物を調べるとお客が何を欲しがっているのか、何を仕入れ何処で売れば良いのかが分かるのだよ。そうやってお客様に寄り添う事が商売の秘訣と言うものなのさ。まあ店持ちの君には関係ない話かもしれないけどね。はははっ。」


些か安い芝居じみたやり取りだったが、如何にも金の掛かっているバーサニーオの服装の甲斐もあって向けられていた視線が和らいだ。

そうしてしばらくすると興味を失った人たちは自分の生活に戻って行った。


「「助かった・・・」


図らずもほっと胸を撫で下ろす動作と声が重なる。


バッと離れて睨み合ったがそれも一瞬の事、突然にアントニオが笑いだした。

(大丈夫。俺の金は減らない。金は減らない、減らない、減らない・・・)

呪文のように呟くと自然と気持ちが落ち着いた。


「くくくっ。お坊ちゃんにしては上手に対応できたじゃないか。」


「アントニオ!よくも嵌めてくれたな!」


「元はと言えばお前の所為だろう。無駄に格好を付けているからこんな手に引っかかるのさ。」


「五月蠅い!フラフラしている貴様と違って、僕の様な高貴な者にしていい事ではないだろうが!」


「高貴ねぇ・・・親が金持ちなだけでお前が偉い訳じゃないだろう?悔しかったら自分の力だけで金を稼いでみろよ。俺みたいにさ。」


「五月蠅い、五月蠅い。誰がゴミを漁らなければならない程落ちぶれるかよ!」


「いやぁ、お坊ちゃんは物覚えも悪いと見える。言ったろう?市場調査だよ、市場調査。俺が『ゴミを漁っていた』ら困るのはお前の方だろう?なぁ、我が友バーサニーオ。」


―――バサッ!―――


くくくっ、と笑う背後で何かが落ちる音がした。

振り替えると手にした鞄を落として口を押えるポーシャが立っていた。


「えっ、ポーシャ姉?」

「ああっポーシャさん。」


「うそっ!何でそんなになるまで黙っていたの。だから私の支払いは後でいいって言ったのに・・・こんなことになるなんて!」


「ああ、本当に嘆かわしい限りですよねポーシャさん。だからもうこんなゴミを漁る様な男の事は放っておいて二人で食事にでも行きましょう。ええ、グチでも恨み言でも気が済むまで聞きますから。」


この時ばかりはバーサニーオの変わり身は見事としか言いようが無く、優しげな笑顔を浮かべてポーシャの肩に手を掛けた。


「ああっ!アンちゃん。こんな事では亡くなったおじさんとおばさんに申し訳が立たないわ。借金はいくらあるの?いつまでに・・・いいえ、それはいいわ。私が立て替えるから直ぐに返してしまいましょう。そうよ、いざと成ったら店を売ってアンちゃんに着いて行けばいいのだし・・・。さあ、すぐに行きましょう。さあ!」


「ポーシャ姉!ちょっと待って!違う、違うから・・・わぁーーー話を聞いてくれ!」


一人で決意を固めたポーシャがアントニオの襟を掴んで走り出すとアントニオは何とかポーシャの落とした鞄を拾ったものの、よろけながら引かれて行った。



「ポ、ポーシャさん・・・。」


後には虚しく固まるバーサニーオが一人残されていた。


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