第9話 ウロボロスの魔石

「ウロボロスの魔石かぁ・・・。他ならぬアントニオの頼みでも今は時期が悪すぎる。」


あの後、ポーシャから必要な材料を聞いたアントニオは伝手を頼って知り合いの素材商人を訪ねたのだが、魔法鞄の中心素材であるウロボロスの魔石だけは何処を探しても手に入らなかった。

この魔石は胴の直径が1m、全長20mにもなる巨大な蛇の魔物、ウロボロスの体内で生成される。

この大怪蛇、性質は凶暴にして貪欲。

出会ったものは人も動物も見境なく飲み込み、記録にあるものでは一度に牛馬を5頭も飲み込んだ事もあると言う。

この無尽蔵に思える食欲の秘密は二つある心臓の下側、胃の直ぐ横に位置する場所にできる魔石が胃の中の空間を歪め、外見以上の胃袋を作る事にある。

魔法鞄はこの胃袋の仕組みを応用したものなのだ。


「少し前にな、城の騎士団で備品の確認作業があったんだが、そんとき魔法収納の使用期限切れが大量に出たらしい。知っていると思うが、軍の遠征で大量の物資を輸送しようとすれば魔法収納は絶対に必要になる。連中も慌てたんだろうが、方々から強引に掻き集めたらしくて、今は何処を探してもウロボロスの魔石は手に入らない状況だ。」


「しかし、いくらウロボロスが希少種だと言ってもそこそこは捕れているだろう?いくらなんでも全く手に入らないなんて状態にはならない筈だぞ。」


「普通ならそうなんだがな・・・ここだけの話だが市場に出回らない様に探索者ギルドに圧力をかけている奴がいるらしい。」


「そんな事をしたら被害を受けるのは俺達みたいな平民だけじゃないだろう?貴族や軍やさっき話に出た騎士団だって割高な魔石を買わされることになるんじゃないのか。」


「だからここだけの話だ。その裏で動いている奴と騎士団か軍の上の奴がつるんでいるってのがもっぱらの噂だよ。お前も自分が大事なら迂闊にこの話をするなよ。」


「覚えておくよ。ところでこの件はどの辺りで声を潜めないといけないんだ?」


「西門の近くは止めておいた方がいい。特に“剣を背負った鎧”なんかには絶対にしちゃいけないな。」


「ガスパール商会か!」


「そうハッキリと言うもんじゃない。名前を出すと言霊の妖精が飛んで行くと言うぞ。」


「ああ、すまない。気を付けるよ。」


「今の状態もずっと続く訳じゃない。まぁ無理をすれば1つくらい都合を付ける事はできるが、値段は普段の10倍以上になって結局奴らを喜ばせるだけだ。悔しいだろうが今は大人しく時期を待つべきだな。」


「そこまで馬鹿じゃないさ。無理を言って済まなかったな。また、何かの時には頼むよ。」


軽く手を上げて店を出るアントニオを見送ると、無駄話で潰した時間を取り戻す様に店主は仕事に戻っていった。

だがもしも店を出るアントニオの顔を見ていたら、この話をしてしまった事を後悔したかもしれない。




店を出て歩き始めたものの、さっき聞いた話が胸の中央に居座って何処に向かうかも決められなかった。

そのまましばらく自分の想いに沈んでいたが、気付けば人も疎らな裏通りを歩いていた。

裏通りと言ってもこの辺りならフラフラと歩いている男が居てもそれ程危険な事はない。

ただ陰に沈み始めた通りはは気温以上に肌寒く感じられた。


「ダメだな。今の俺にはガスパール商会を相手にする力はないんだ。他人の家にある金貨を数えるより今は目の前に落ちている1枚の銅貨を拾う事を考えよう。」


パンパンと自分の頬を叩くとしっかりと前を向いて歩き始めた。


もっとも気持ちを入れ替えたからと言って目的の物に出会える訳ではなかった。

今日は魔石を探してずっと歩き回っていたのだから当たり前だ。


「なかなか上手くいかないもんだな。魔法鞄はどうしても必要な訳ではないけど、こう言うのは手に入れ損ねた時に限って後で泣きを見る事になるんだよな。何とか頑張ってみたくなるけど、値段があれだと流石に割に合わないし・・・。」


ふと、左手の指輪に目が留まる。


「念のため・・・確認だけして見るか。契約コントラクト、ウロボロスの魔石の入手。」


『甲からの依頼を確認。

契約内容を表示します。

依頼内容 魔物ウロボロスから産出する魔石の入手

必要コスト 1,040,000ライフ

契約をしますか? 』


「うわ~高い!えーと約2年分かな。こりゃ無理だ。契約しないぞ。」


『甲より契約を拒否されました。依頼を破棄します。』


「ライフを節約するために魔法鞄が欲しいのに2年分は払えないよな。素直に諦めるか・・・。」


宿に戻ろうと向きを変えた拍子に古道具やの看板が目に入った。


「中古か・・・使用期限があるから中古の魔法鞄は割りが悪いのがほとんどだけど、マグレで掘り出し物があるかもしれない。ちょっと覗いてみるか・・・。」


ウロボロスの魔石は使い続けると徐々に内包する魔力が減って行き、やがてただの石になってしまう。

魔法鞄であればおよそ10年ほどで収容量が減り始め、その後は2年程で何の変哲もないただの鞄になる。

中古だと出所がはっきりしていなければ使用期限の残りが分からず、買ってすぐに使えなくなる物もあるのだ。

だが、それも値段次第。

最低2年程度と割り切り、それに見合う値段のものであれば急場しのぎとしては悪くない。

だが、生憎と訪れた古道具屋は休みだったらしく、ドアにはカギがかかっていた。


「古道具屋・・・今からだと他は回れないな。仕方がない。あした行ってみよう。」


宿に向かいながら、物のついでにと指輪に触れ


契約コントラクト、魔法鞄の入手。」


『甲より依頼を確認

依頼内容を表示します。

依頼内容 容量増加、重量低減機能の付与された魔法鞄の入手

必要コスト 615,245ライフ

契約をしますか?』


「ああっ、中古と言うのを忘れた。依頼を取りけ・・・えっ!コストが魔石の半分!?」


そう、魔法鞄の値段が材料であるウロボロスの魔石の半分の値段だった。


「い、いや落ち着け。中古とは言っていないが新品とも言ってないんだ。粗悪品の可能性もある。契約内容について聞きたい。この魔法鞄はどんなものか詳しく教えてくれ。」


『契約の対象物の情報を表示します。

製作者 魔導具師ポーシャ

外形 30㎝x40㎝x20㎝ 肩掛け型鞄

材質 インパクトアリゲーターの皮

色 茶色

付加機能 容量拡大 重量軽減

容量 3mx4mx2m

使用期間 15年 』


「何だこれは・・・。ポーシャ姉の魔法鞄で使用期限が・・・15年!?新品にしても長いぞ。」


それは使用期限が一般的な魔法鞄より数年長い事と収容能力が若干少ない事以外は先程ポーシャと打ち合わせをして見積りを作ってもらったものとほぼ同じだった。

但し、ポーシャの見積りは魔石を除いた値段だ。

眉間に皺を寄せて考えたが、どうすれば魔石を入手するより簡単に魔法鞄が手に入るのか皆目見当がつかない。


「あーっ!情報が足りない。この魔法鞄のコストはどうなっているんだ!」


往来とはいえ、この辺りは大通りを外れた住宅地で陽も陰り始めた今頃の時間はほとんど人影はない。

そんな状況だった事もあって考えが思わず声になって漏れていた。


『契約内容についての質問を確認。内容と回答と表示します。』


独り言を契約に対する質問として受け取られたらしく、不意に頭の中で文字が流れた。

コストの内訳はアントニオがしなければならない事、手に入れなければならない物が細かく書かれていたのだが、その中にウロボロスの魔石は入っていなかった。


「ウロボロスの魔石は・・・ない!?俺が入手しなくても大丈夫な方法があるのか?」


魔石が必要なら、鞄のコストが魔石を手に入れるよりも下がるはずはないのだから当然の事だ。

ただし、よく見れば見慣れない素材が幾つか載っている。


「廃棄された魔法鞄?コストは・・・1000ライフ。すぐ近くのゴミ捨て場で拾って来るのか。他にはうわばみの魔石とメタルウィードの蔦・・・普通に買った方が早いな。これを・・・!?」


興奮したアントニオが夕闇の中を走り出した。

喜びを人に知られるない様に固く固く口を閉じ、気がいて何度も躓きつまづきながらゴミ捨て場を目指して走り続けた。


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