Within You Without You

「せっかく懸垂力上げてきたのに、ルーシーったらいないんだもん」


 面会室のガラスの向こうでルツが肩をすくめてみせる。

「ルツ、あたしが約束破ったのに見捨てなかったんだね。ごめんね、会いに来てくれたのに……こんなことになって」定められたレモンイエローの服を着たルーシーは、後方にいる職員を気にして小声で言う。

「約束は何度でもすればいい、ただし今日だけの」こういったことに慣れているらしいルツは何事もなかったように言う。

「ほんとうにね、今日だけの」

 そう言ってルーシーは小指の先をガラスにつける。ルツも同じようにほそい小指の先をガラスにつける。

「今日だけの……なんの約束する?」

「そうね、うん、今日一日あたしがクリーンでいられるように」

「そうだね、ここなら大丈夫だね」

 互いの小指を組めないぶん、小指の先と手首近くをガラスにつけたアーチ型のまま、上下に移動させるエア指切りをする。その形は、左右非対称のハートのようで、ハートが上下するのがルツもルーシーもおかしくて、くすくすと笑っているうちに、職員が時間の終わりを告げた。


 ルーシーは遠い親戚のいるカリフォルニアに行くことになった。温暖で安定した気候は、ルーシーの肌に合いそうだ。ルツとはいつ会えるかわからない。心細い、頼りない一日でも、積み重ねていければどこかでまた巡り会えると、今のルーシーは思っている。

 ハートの形のように、二人は底辺で出会い、ふたてに別れた。だからもう一度巡り会う。それは人生の頂点ではなくて、少し落ち着いて振り返るくらいがちょうどいい。


 ルーシーを乗せた飛行機は、輝くみ空に溶ける。きらめく糸のような軌跡が、今日は消えず、いつまでも残っている。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雲の糸/Love Under the Cloudy Yarn 和泉眞弓 @izumimayumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ