第5話 非日常の始まり②

「…失礼しやーす。・・・あれ?結構ぐっすり寝ちゃってる?」


 部屋の中で人の声がする。


タイミング的に俺はかなり深い睡眠状態だったらしい。

眠すぎて意識が朦朧としていた。


「すみませーん。お邪魔してやーす」


 トントン。

肩の辺りを叩かれたので、その方向に半開きの目を向けた。


 窓からさす月明かりのお陰で僅かながら眼界が開けた。

虚ろな視線の先には、白髪のお爺ちゃんの笑顔があった。


本来ならば、驚きのあまり叫んだり、助けを呼んだりするシチュエーションだ。

ただ今回の場合、以下の3つの状況から俺は平静を保っていた。


1.真夜中、目の前に知らない老人がいるという突飛な状況。

2.そこから導かれる「これは明晰夢である」との確信。

3.「明晰夢だとしても眠いから早く寝かせろ」という強い願望。



「自己紹介がまだでしたね。私の名前はDandy爺ちゃん、略してDan爺です」

 夢の中の住人が自己紹介を始めた。


「あっ、ついでなんでキャッチフレーズも。…オホン。80過ぎの爺さん、だいたい前立腺肥大。どうもDan爺です」

 夢の中の住人がキャッチフレーズも披露した。

…前立腺肥大ってなんだ?これはキャッチフレーズなのか?


「じゃあ、今から私がここに来た理由等々をお話ししますね。少し長くなるので眠くなったら寝てしまっても構いません」


 寛大なるご配慮に感謝致します。…おやすみなさい。


「まず、私の身分なんですけれど、簡単に言うと神の使いってところですかね。神の使いって若い人をイメージされると思いますが、最近事情が異なりまして。実は今、天界って高齢化社会なんです。天界の人は地上の人より長生きなので、それは年配者増えますよね。で、今回定年退職間際の私にも仕事が回ってきたということです。私の任務、それはある試作品の実用化試験です。その試作品というのがこの『Pカード』です。具体的に言うと、Pカードを地上人の方に実際に使用してもらい、Pカードの実地稼働テストを行うというものです。そして、そのテストの第一被験者に選ばれたのが、あなたなのです。Pカードをお渡ししますので好きに使ってください。さて、このPカードについての説明ですが、簡単に言うと将来起こる出来事の確率を変化させるカードです。1つ例を出しますと、明日の降水確率が10%だとしましょう。このPカードを使うことでその確率(ここでは降水確率)を上昇させること(例えば70%まで)が出来ます。まだ試作品なので、上昇する数値はランダムです。もちろん確率を上げるだけなので願った事が100%必ず起きるわけではありません。現実的にほとんど起こり得ない事は無理でしょう。さて、このPカートですが、使用上の注意点があります。まず、カードを永久に何回も使えるわけではありません。カードの使い方にもよりますが、7回程度使用するとカードが使えなくなります。次に、このカードには副作用があります。カード使用者の健康を害するという意味ではなく、同時に別の出来事の確率も変動すると考えていただければよいと思います。一種のバタフライエフェクトです。まぁ、ざっと簡単に説明するとこんなところです。ご理解いただけましたか?」


「・・・。」

 …返事がない。ただの屍のようだ。

ではなく、説明の聴者は深い眠りの中にいた。


「あれ?眠っちゃってます?素直な子だなぁ。説明を聞いてなかったとすると、Pカードを置いていっても怪しまれて捨てられてしまうかもしれないですね。う~ん…。そうだ!」

 Dan爺は再び俺の肩を叩いて起こしてきた。


「今からこのカードを使ってあなたの望みを1つ叶えてあげますよ。どんなことを希望しますか?」


「…うーん、寝たい」


「カードを使ったお願い事が眠りたいとか、それ意味無いから。別のものでお願いします」


「…じゃあ明日雨にしといて」


「おぉ!それは素晴らしいお願いですね。分かりました」


 Dan爺はPカードを持つと何かを呟いた。


「さて、これで準備はOK。Pカードは机に置いてと。あとこの使用説明書兼使用約款兼保証書も一緒に置いてと」

そこまで言って、Dan爺の動きが止まった。

手には使用説明等が書かれた100ページはあろうかという冊子があった。


「う~ん、こんな分厚い冊子置いといても絶対読まないよな。このままじゃ不親切だし、要点だけ書き置きしとこうかな」

 そう言うとDan爺はきょろきょろと部屋の中を見渡し始めた。


「この冊子自体は大事なものだから、どこか無くさないような場所に置いておこう」


 Dan爺は本棚の方に向かっていき、手に持っていた冊子を本の間に挟み入れた。


「ここら辺の本は結構年季が入っていて大事そうなものだな。ここに挟んでおけばそう簡単には失くさないでしょう」


 戻って再び椅子に座ると、胸ポケットからハンディサイズのメモ帳とボールペンを取り出した。

Dan爺が伝達事項を書いていると、突然ズボンのサイドポケットに入った通信機のような物が振動しだした。

Dan爺はサイドポケットから通信機のような物を取り出し内容を確認し始めた。


「あらら、緊急招集令か。早く戻らないと。さっきPカード使ったから、天上で反動でも起きたのかな」

 Dan爺は残りの伝達事項を走り書きで済ませた。


眠っている青年の顔を見て一笑すると、天を仰いでスッと姿を消した。



「はじめ、朝よ。起きなさい。何度言わせるの」


階下から母の怒号が聞こえてきた。

仕方なく目を開け、ベッドから上半身を起こすとスマホで現在の時刻を確認した。


ちょうど8時であった。

普通の高校生であれば阿鼻叫喚した後、焼いた食パンを口に咥えて家を飛び出すような時間帯である。ただ俺の場合、自宅から徒歩圏内にある県立K高校に通っているためこの時間でもまだ余裕がある。


のそのそとベッドから起きだし大きく背伸びをした。

ふと机の上に目を向けるとそこには手書きのメモと見慣れないカードが置いてあった。


「ん?何だこれ?」


 カードは縦と横が黄金比となる一般的なサイズのものだった。

黒地で中央に白い文字で『P』と書かれている。


次に隣にあるメモを注視した。

メモには以下のように書かれていた。



 おはようございます。夜分遅くにお邪魔しました。さて、ここにあるPカードですが、あなたに贈るささやかなプレゼントです。当惑されるかもしれませんが是非有効にご活用ください。ところであなたのお願い叶っていますかね?


 このカードの注意点

 ・願い叶える

 ・回数制限あり

 ・BEあり



 前半は文字も内容も丁寧に書かれているが、途中から走り書きのように雑な字になっている。


「Pカード?誰かのいたずらかな。でも誰が?お願いなんてしたっけ?」


 寝起きの頭で深い思考は出来なかった。

 寝間着を脱いで学校の制服に着替えながらふと窓外に視線を移した。



外は大降りの雨だった。

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P=x/A 戌飼喜与 @chocokiyo

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