第4話 非日常の始まり①

「よし。そこまで」


 俺はシャーペンを机に置き、丸めていた背を真っ直ぐに伸ばした。

放課後、空き部屋を使って数学の追試が行われた。


「追試お疲れ。結果次第では、課題提出になるから覚悟しておくように」


 そう言うと先生は俺の解答用紙を持って部屋を出ていった。

…追試受験者は、俺一人だった。


追試の情報について先生から事前に伝えられたことは、中間テストの範囲であること、放課後に行うことだけだった。

そのため、まさか受験者が自分1人だとは思わなかった。

実は、密かに追試仲間がいることに期待していた。

同じ穴のムジナ、この境遇であわよくば友達になれるかも…と。


ただの妄想に過ぎなかった。

追試の勉強や追試の出来について、それぞれ約5パターンずつ会話文を用意していたのだが、全くの徒労に終わった。


 追加の任務を果たした俺は部屋を出て帰路についた。



 さて、肝心の追試の出来であるが、はっきり言って自信あり。

持つべきは優秀な友(家庭教師)である。


「そうだ。世話になったし、千代にLINE送っとくか」

 俺は、追試が無事に終わったという報告と一週間の家庭教師に対する感謝を千代子に送った。


「さーて、追試も終わったし、今日は久しぶりに天風に打ち込もう」


 繰り返しになるが、『天風』というのは、俺の愛用するネット麻雀の名前である。

この天風は課金の必要がなく無料で遊べるので、貧乏な学生が遊ぶにはうってつけだ。

また、天風には段位制度というものがあり、ある一定の勝利ポイントを溜めることでより高い段へと昇格することができる。

これが中々のやり込み要素で、自分は最高ランク「天風位」を目指して日々ネットユーザーとしのぎを削っているのである(ちなみにまだ三段。先は長い)。



「おーい、ご飯だよ。食べに下りてらっしゃい」


「わかったー。今行く」

 時刻を確認すると、もう19時近くだった。

かなり集中してやっていたようだ。

久しぶりにやった割に今日は調子が良い。

俺は気分よく階段を下りていった。


 ダイニングに着くと、自分用の椅子に座りテレビをつけた。

うちはLDKなのでテレビを観ながら食事を摂ることが多い。


「父さんは?」


「お父さん、今忙しい時期みたいで今日も残業だって。さあ、食べましょう」


「はーい、いただきます」


 食事を始めてしばらくすると思い出したように母が問いかけてきた。


「そう言えば、はじめ、今日は追試があったんじゃないの?どうだったの?」


「え?何で知ってるの?」


「千代子ちゃんに聞いたのよ。『私がついてるから大丈夫です』だって。ほんと頼りになる子よねぇ」


「まぁ今日の追試は自信あるから、心配無用」

「千代子ちゃんのお陰でしょ?あんた、ちゃんとお礼はしたの?」


「うん、LINEしといた」


「あのねぇ、たまにはご飯おごるとかプレゼントあげるとか…そんなんだとバチが当たるよ」


 困った。説教が始まった。


うちの母は人に助けてもらったら、それ相応のお返しをすることが当然だと考えている。

全く持って正論であることには同意する。

だが、ほぼ毎日顔を合わせている幼馴染に今更プレゼントとか、羞恥心の方が勝ってしまう。

それに異性に対してどんなプレゼントをあげれば良いのか見当もつかない。


「明日の天気は曇りのち晴れ、降水確率10%…」

 テレビから明日の天気予報が聞こえてきた。

俺は話題を逸らすことにした。


「あぁ、明日は雨降らねーのか」


「なんでそんなに残念がっているの?明日デートでも行くの?」

 母が突然意味不明なことを言い出した。


「いや、明日も学校あるし!」

 とりあえずツッコミを入れた後、続けて理由を説明した。


「明日体育で持久走やるから、中止になって欲しかったんだよ。今週色々疲れてるから」

 主に追試による疲労だが。

明日を乗り切れば2連休なので来週までには体力の回復が図れる。


「最近の天気予報はよく当たってるし、残念ながら無理だね」


 思惑通り違う話題に移ったのは良かった。

ただ、明日の持久走は割と本気で中止になって欲しかったので、若干テンションが下がった。


俺は夕食を食べ終えると、気晴らしにまたネット麻雀を再開しようと「御馳走さま」と言ってすぐに自分の部屋に戻った。



「あ~そろそろ集中力も切れてきたな」


 一区切りついた所で時計に目をやると、既に3時を回っていた。

途中入浴してリフレッシュしたとはいえ、さすがにこれだけやると頭も疲れてくる。


「やべ、睡眠不足で持久走とかやったらぶっ倒れる…」


 体調不良を理由に休む手もある。

しかし、自分で言うのもあれだが、俺は割と真面目な性格なので授業はしっかり出ないと後ろめたさを感じてしまう。

さすがにそろそろ寝ないと明日に支障が出る。


 俺はPCの電源を落とし部屋の電気を消すと、自分のベッドに潜り込んだ。


しばらくすると、長時間のゲームと追試の疲れから俺は泥のように眠り始めた。

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