第3話 飼い主さんのところに帰りたいにゃ…①

 僕の名前はメル。宗一郎そういちろうの猫だ。でも今は宗一郎が何処にいるのかわからない…。それは僕が迷子になってしまったからだ…。


「うにゃ…ん…」


 このまま飼い主の宗一郎そういちろうのところに戻れなかったらどうしよう!?。ううっ…宗一郎のお家に帰りたいにゃ…。僕が項垂れて鳴いていると、優しい声が聞こえてきた。


「メル君! おやつにチュールあるよ~!」

「にゃっ!?」


 おやつを差し出す、この優しい女性は南ちゃん。迷子になっていた僕を拾ってくれた女性だ。しばらく前から僕は、この南ちゃんの部屋で飼われている。


 チュールを頬張り、恍惚とする僕。悲しくてもお腹は空くにゃ、おやつの誘惑には抗えないのにゃ…


「メル君が気持ちいいのはココか? ココがそんなにいいのかぁ~」

「うにゃ~ん!」


 南ちゃんの撫で方は凄く気持ちいい。猫の扱いに慣れていて、南ちゃんの部屋での暮らしは快適そのもの。実家で猫をたくさん飼っているらしく、部屋には猫写真がたくさん飾ってある。


「う~ん、今日もSNSの反応ないなぁ、メル君の飼い主さん…みつからないねぇ」


 スマホをみて呟く南ちゃん。

 首輪に書かれた名前と僕の写真で、南ちゃんが飼い主さんを探してくれているのだ。


『宗一郎はSNSは見てないと思うにゃ…』


 前に宗一郎が、『軟弱なコミュニケーションツールなど俺には必要ない!』と言ってスマホを放り投げるのを見た…。『仕事相手とやり取りしているようでつまらないわ』って女性にフラれ、傷ついて辞めちゃったんだよねSNS…。


 僕も人に懐きにくい猫だけど、飼い主の宗一郎もかなり人に懐きにくい人間だ。優しくて面倒見のいい人なのに、取っ付き難さから女性受けがすこぶる悪い。

 長身に黒髪に黒ブチ眼鏡。口下手で、女性と話すときは緊張すると敬語になってしまう…。老けてみえるけど宗一郎は20代後半だ、おそらく南ちゃんより少し上ぐらいだろう。


「大丈夫だよメル君、飼い主さんは必ず見つけてあげるからね!」

「にゃ~ん…」


 外に出た僕が悪い…。でも今思い返してみると、迷子になった日は家の様子がいつもと違って変だったにゃ…



◇◇◇



 庭付きの古い一軒家に、宗一郎と僕は一人と一匹で暮らしていた。だがその日は宗一郎の母が遊びに来ていた。


「宗一郎さん、この猫なつかなくて…ちっとも可愛くないわね!」


 僕を見て顔を顰める宗一郎の母。


「母さん、そういうこと言わないでくれ…、猫にだって感情はあるんだメルが傷つくだろ」

「どうせ人間の言葉なんかわからないわよ」


「そんなことより宗一郎さん、見合い写真に目を通しておいてね!」

「もう見合いはいいですよ…諦めていますから…」


 僕を抱っこして撫でる宗一郎。そんな僕を宗一郎の母は忌々しそうに睨む。


「宗一郎さんがお嫁さんを貰ったら、二世帯住宅に建て替えて犬を飼いましょうよ!」

「俺はメルだけいれば十分です、祖父が残したこの家が気に入っていますから」


 宗一郎は几帳面だ。窓を開けても網戸はきっちりと閉める。だが、その日はなぜか窓が開け放たれていた。だから僕はつい好奇心で外に出てしまったのだ…。


 少し散歩したら戻るつもりだった、ところがオネェの集団に声をかけられた。

 「逃げないで~にゃんこちゃん! 私達ちっとも怖くないのよ~!」とハァハァ言いながら猛烈な勢いで追いかけてくるオネェたち。全速力で闇雲に走って逃げたら、迷子になったんだよね…。


『今頃心配してるだろうな…絶対に帰るから、僕がいない間に犬なんて飼わないでね宗一郎~!』



◇◇◇



 数日後。家の中を探検していた僕は、知らない女性にいきなり首根っこを掴まれた!?。


「ちょっと南! 猫が私の部屋に入ってきたんだけど」


 女性は南ちゃんの部屋のドアを開けると、僕をベットに放り投げた。


「メル君に乱暴しないで! 今度から気を付けるから…ごめん香」


 どうやら南ちゃんは女友達とルームシェアしているようだ。僕は知らなかったので、部屋から出て隣の部屋にうっかり入ってしまったのだ…。


「この部屋出て行ってくれないかな南! 折半の家賃、今月分払ってないじゃん」

「仕事先が自粛休業でバイト代が入らないの…少しだけ待ってくれない?」


 猫は人間の言葉を全部理解できるわけではない、でも快不快の感情はちゃんと感じ取る。僕は悪意の臭いを感じ取ってピンときた、この女は南ちゃんが何を言っても追い出す気だと…。


「今日から彼と暮らすから、猫を連れて出て行ってよ、彼は猫好きじゃないんだ」

「待ってよ香!? ここを借りるときの敷金礼金は私が払ったよね…」


「なら南は、今月分の家賃今すぐ払えるの?」

「それは…」


 どうしよう…僕のせいで南ちゃんが大変なことになってる!?、目の前で繰り広げられる言い合いに、僕はオロオロした。



◇◇◇



 結局、南ちゃんは追い出されてしまった。午後の公園のベンチに座り、僕を腕に抱いて途方に暮れる南ちゃん。ベンチの前には大きなスーツケース。


「これからどうしよっかメル君…。もし飼い主さんが見つからなかったら、メル君は私とずっと一緒にいてくれる?」


 いつも元気な南ちゃんも流石に落ち込んでいて、寂しそうな顔で僕にそう訊ねる。


「にゃ~ん…」


 宗一郎が一番大好きだけど、南ちゃんのことも二番目に好きだよ。僕は精いっぱいのお詫びを込めて、彼女の手を舐めた。


「にゃー!にゃー!にゃー!」


 丁度その時、公園の前を宗一郎の車が走っていくのが見え、僕は大声を上げた。



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