第3話 サヨナラ
知花はしばらくなにも言わなかった。
目だけは友成を見ていたけれど、とどのつまり、心の目はほかを見ていた。
彼の言葉の真意、そして本気かどうか。
「あれ、おかしなこと言った? 前にもこんなこと言わなかったっけ?」
思い切り恥ずかしくなってしまった友成は窓の外を見るふりをしながらコーヒーを口にした。味がよくわからない。
「わたしもだよ。わたしも会えない日はさみしいし、声が聞けない日はなんだかなにもやる気になれない。友成に誘われない休日はどこにも行かない。だって、隣に友成がいないのに楽しくなんてないもの」
「知花······知花の言うこと、わかった気がする。お互いにお互い以上、必要がないなら······俺たちは付き合うべきかもしれない。ベッドのことは後回しでいいよ。飢えた高校生ってわけじゃないし」
「わたしのこと、女としては見てないっていっぱい言われたけどほんとに大丈夫?」
「それは俺の勘違いだった。俺、あのさ」
友成は恥ずかしそうに頭をポリポリかいた。
ここで勇気を出さないでどうする?
これを言わないと、知花を逃すかもしれない。そうだ、知花のいない生活は耐えられないのに、ほかの男に易々と知花を盗まれるかもしれないのに。
「間違ってた。知花のこと、人間としてすきなんだ。男とか、女とか、分ける以前の問題としてすきなんだ。付き合いだしたらそれ相応に手を繋いだり、肩を抱いたりするかもしれない。もしかしたら押し倒すのは明日かもしれない。でもお前を失いたくないよ。ほんとだよ。大切なんだ。······その、声掛けてきてる男は早く断れよ。『彼氏がいるの』って。すぐ曖昧な態度をするのがお前の悪いところだ」
「知ってたの?」
「ほのちゃんに聞いた。相談されるのを待ってたら、こんな話になるんだもんな。バカ······。お前のこと、こんなにすきだなんて確認させるなよ」
知花の顔は赤くないところがなかった。真夏の太陽の下でもこんなに赤くなることはないだろう。
「ごめんなさい。ほのちゃんに相談したら言われたの。『気づいてないみたいだから言うけど、知花ちゃんがすきなのは友成くんだけだよ』って。わたしだって青天の霹靂で、にわかに信じられなかったけど······。確かに小野くんとは付き合う気はないし、どうせ付き合うなら······友成みたいな人がいいなって」
コトン、と少し大きな音で友成はカップをトレイに置いた。
「はい、この話、お終い。なんだ、このマクドナルドがこれからの俺たちの再スタート地点でいいの?」
こくん、と知花はうなずいた。
「どうしたい?」
「手を繋ぎたい。それで堂々とあの交差点を歩きたい」
「それなら簡単だ。行こう、トレイを片付ければすぐだ」
ふたりとも申し合わせたわけじゃないが、手袋をはめなかった。
その代わりに友成はダウンを着た知花の襟元のマフラーを直してやった。元々、まめで器用なのだ。
「マクドナルドにバイバイだね」
「ん?」
ふふっ、と笑ってつま先がアスファルトに引っかかる。すんでのところで友成に引き止められた。
「友だちだったわたしたち。あの店でわたしたち、何度もいろんなことを話し合ったじゃない?」
「ああ······」
いろんな思い出が頭の中を巡る。泣いてしまった知花の顔、真剣に悩んでしまった時、知花をこれ以上、泣かせたくないと思った時――。
あれはもう、恋だったのかもしれない。
信号が変わって人波が動く、知花がまた転ばないように注意してマクドナルドを離れる。
サヨナラ、友だちだったわたし/お前たち。
(了)
男女の友情は紙より薄い 月波結 @musubi-me
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