第2話 セックスレスはどうだろう?

「わたしに欲情することって今までにもあった?」

 これにはさすがの友成もむせた。十五ピース入りのマックナゲットは知花が五個、友成が十個というのがいつもの決まりだ。まだ二ピースしか食べていない。

 マスタードソースはむせるほど辛くはないマイルドなものだったので、単純に知花の言葉にむせたのだ。

「あー」

 どう言ったものか。友成は曇り空を見て考えた。確かに知花は友だちだ。しかし同時にでもあった。

「ない、わけでもない。でもお前、一緒にゲームしてる時、密着しててつついたりしてもそういうムードに全然ならなかったし。ああこれは知花にはそういう気がまるでないんだなって。男女ふたりきりの部屋で密着しててだぞ。ちょっとはそのー、そういう気にもなるだろう」

 知花はちょっと引いた。

 いや、かなり引いた。

 お互いの部屋でゲームなんてしょっちゅうしていたし、その度に知花の反応を試されていたなんて。

「親友じゃん」

「そうだよ、親友だよ。だから手を出さなかっただろう?」

「······そういう問題? だって親友だよ? それでわたしがちょっとでも友成に男を感じたら今頃わたしたちの友情はなかったってこと!?」

「だーかーら! 付き合うなんて論外だろ? 親友でちょうどいいんだよ、俺たちは」

 知花はまた固まった。

 まさかこんな話になるなんて考えてもみなかったからだ。物事はシンプルなのがいいというのが彼女の信条だった。だから男女間の友情は成り立ってきたし、このお互いに好きな人ができない長い期間にピリオドを打つために彼女なりに合理的に答えを出したはずだったのだ。

 なのに······。

「わたし、友成以上にわかり合える男の子はいないと思ったから今の関係をグレードアップしたらどうかと考えたの」

「俺も知花以外の女の子と、こんなにわかり合えるとは思わないけど。知花のことは『好き』だけど、積極的に抱きたいとは正直思わない。ややこしくなるのは嫌だし、それとこれは別にしておきたい。わかるだろう?」

「それとこれ?」

「清い友情と、体の関係を持つ女と」

「わたしとはやっぱりしたくないんだ?」

 これには友成もややキレずにはいられなかった。話がぐるぐるループし始めている。

「お前、俺としたくないんだろう? 俺はしたくないとは言ってない」

「じゃあ両立するじゃない。男女間の友情と、その、そういう関係と······」

 コーヒー買ってくる、と友成は立ち上がった。そして知花にもなにかいるかと聞いてきたのでオレンジのSサイズを頼む。

 友成は逃げたりする人じゃない。

 その証拠にスマホを置いていった。

 そういうところも好感が持てるところだった。よそのカップルみたいに、食べながらスマホをしたりしない。一緒にいる時に彼はほとんどスマホをしない。

 だから、そんなところが好ましいんだ。

 これから誰かと付き合って、そういう人はなかなかいないだろう。そしてその度に苛立って、わたしはその人とは別れてしまうかもしれない。どんなに請われても、その人とのベッドの中でも、そのことをふと思い出すとその気になれないかもしれない。最悪「帰る」と言ってしまうかもしれない⋯⋯。

 誰と付き合っても、友成と比べてしまうに違いないんだ。

 トレイにカップをふたつ乗せて、友成が帰ってきた。マイクロプラスチックのことは忘れてカップにストローを刺す。

 友成は外を見ていた。パッとしない天気は今にも降り出しそうな空に変わっていた。人々は足早に目的地に歩いていく。

 俺たちの目的地は?

 そのうち知花に彼氏ができて、大学を卒業したら結婚するのかもしれない。その時にはスーツを着て⋯⋯友人代表のスピーチは頼まれないだろう。花嫁の友人代表が男では心象を悪くする。

 いや、その前に彼氏ができた時点で切られるかもしれない。こんなおかしなことを言ってるけど知花は潔癖だ。それは十分にありうる。······そしてその考えはひどく友成を打ちのめした。

「知花はさ、彼氏ができたら俺とどうするつもり?」

「? どーもこーも、紹介するけど」

「しないだろ」

 友成は笑いをこぼした。まさか、そんな馬鹿なことはない。

「するでしょ? いつも相談に乗ってくれてるのって」

「それって相手の男、嫌な思いするだろう?」

「なんでよ」

「いいか、お前とお前の彼氏の詳細な話を全部知ってるって男が現れてどこがうれしいんだ」

 ぽかん、と彼女の動きが止まった。

 口を半開きにして、友成の目をぼんやり見ている。

「だから嫌なんじゃない! 友成以外とは付き合わないよ、絶対」

「俺と付き合ったら誰に俺の相談するんだよ」

「ほかに誰もいないわけじゃないよ、よっちゃんとかさ、ほのちゃんとかさ」

 確かにそれはそうだ、知花にも女ともだちがちゃんといる。

 すると友成が知花と付き合うと、知花は彼女たちに、自分にしてきたように洗いざらい喋って相談するということなのか――ないよりのない、だ。友成の心はおおらかではないようだ。


 一方知花は別のことを考えていた。


 セックスレスのカップルだって世の中にいっぱいいるじゃない。そのことがネックなら、体の関係は持たなければいい。清く正しく男女交際すればいいんじゃないの?

 ······でも、友成も男だ。どこかで発散したい時があって、それが元で浮気に発展して、発展して······。

「浮気する?」

「は!? まだ付き合ってないよ」

 それもそうか。確かにそれはだいぶ先の話だ。まだ心配はしなくていいかもしれない。

「もし付き合うとしてさ、セックスレスってどうかなって思ったの。でもね、それで友成が不満を覚えるようになって浮気したらどうしようかと」

「落ち着け、まだ付き合ってないし、不満を覚えてない。俺はいまのお前で十分だ」

 友成はその言葉を彼女の目をしっかり見つめて言った。揺るがない気持ちがそこには見えた。

「わたしも友成がいてくれて十分。だから······毎日会う権利を誰かに取られたくないんだ。友だちなのに、おかしい?」


 静かな感動が友成の心の中に広がった。誰かにそれほどまで必要とされる人生が訪れるとは思わなかったからだ。

 急に、知花がいつも以上に清浄な存在に思えてきた。たったひと言だったのに。

「俺も。俺も毎日会うのは知花がいい。知花と会えない日はさみしいし、メッセージだけで声が聞けないと厳しい。会って、笑顔を見て、声を聞きたい」

 友成は彼なりの真実を語った。なにひとつ間違ったことはなかった。すべて本当の事だった。

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