俺の尊い人達
名浪福斗
俺の尊い人達
時は2×××年、12月31日。
1年を締め括る大晦日。
俺……
高校を卒業してすぐに都会に出て俳優を目指した俺。
連続ドラマや映画の主人公を演じたり、高い腕時計や車を買う野望があった。
運よく俳優養成所に入った俺は毎日稽古とバイトに明け暮れる日々。
ラーメンが好物とはいえ、週7日も連続で続く日も珍しくはない。
実家にいたときはペットも飼ってて遊んでいたが、今はそのペットを飼う金もない。
オーディションにも何度も挑戦した。
オーディションを受けて初めて受かった役はセミの抜け殻を集める役、その次は連続ドラマの通行人E、その次は虫眼鏡を触る役。
まだ10代だからチャンスはきっと訪れると自信を奮い立たせて、次に受かった役はダンゴムシと目線を合わせる役。
まだまだ俺は23歳だから諦めてはいけないと身を引き締めて、やっとドラマの主演かと思ったのにカブトムシの写真を撮るエキストラGだ。
それ以降は鳴かず飛ばず、死体の役すらもらえない。
上京当時は夢や希望に満ち溢れていたが、当時養成所の費用を出してくれた家族に合わせる顔がなく友人にも馬鹿にされると思って帰省できなかった。
俺が上京して9年目。
世界では新型スニーズウイルス大流行した。
症状としては発熱は36.9を上回ることは全世界で確認はされていない。
この病に感染すると常時鼻がムズムズして1分に1度は必ず“くしゃみ”をすることが全世界で確認された。
外に出歩けば「ぶああああくっしょん!!!!」の連続発生。
それがまた飛沫感染によって日本の人口の9割が感染し、マスクも当然だがティッシュは一時期品薄となりコンビニではトイレットペーパーの盗難も相次いだ。
俺も運が悪く感染して、あの時はやばかった。
医療従事者の方々に親切に対応してもらえて完治ではないが徐々に症状は緩和していった。
奇跡的にワクチンが1年以内に完成し、全世界に行き渡った。
俺も無事にワクチンの接種が受けれて、その後は完全に回復した。
あれから1年、世界は平穏を取り戻した。
俺は入院期間中に実家の母には何度も電話をしていた。
そうか……実家の父さん、母さん、弟は感染しなかったんだな。
逆に母さんからは、俺が上京する直前に荷造りの途中で箪笥の上から落ちてきた家具でたんこぶ作ったこと、今でも心配してくれてた。
心の中でホッと安堵する俺。
家族には今まで散々迷惑をかけたのに、変なプライドが邪魔して俺は今まで家に帰れなかったんだな。
だから。
世界が平穏を取り戻した今だからこそ、俺は10年ぶりに実家へ帰る。
小さいキャリーバッグと僅かな手土産を持った俺は電車に乗り込んだ。
◆◆◆
「ただいま」
冬の寒さが身にしみて、雪も10cm程は積もっている。
午後20時を過ぎた頃、10年ぶりの実家に着いた。
家の外にいるが、やけに甘い匂いが気になる。
大晦日なのにお菓子でも作っているのか?
だが、それよりも気になるのは外から見ても家は暗くないか?
家族3人勢揃いして玄関で俺を待っていた。
父の
だが、家族は一言も話さず無表情で立っていた。
「あ、あの」
声をかけたが返事はない。
しかも家中電気は真っ暗だ。
「……帰ったよ!」
2度目を言うが、それでも返事はない。
ずっと下を向いたままで、
せっかく長男が帰ったというのに、これではお通夜じゃないか。
誰も目を合わせてくれない。
俺のことにも気づいていないのか?
「と、父さん?」
宗貴はやはり黙り込んでいた。
教育に対しては厳しい人だったが、夢を追うことを応援してくれた父さんが。
「母さん?」
母さんも黙り込んでいた。
感情的になることは多いが、最後は優しくしてくれた母さんが。
「宗時?」
宗時も黙り込んでいた。
ゲームの取り合いは多かったけど、俺の夢について一番理解してくれた弟が。
無視しているのか?
「あの……帰ったんだけど」
必死に言葉を絞り出した後に待っていたのは、静寂の世界。
ああ、そうか。
俺は家族からしたら厄介者なのか。
まともに連絡を取らず10年も迷惑をかけて。
都合がいい時だけ帰ってきたから皆怒っているのか。
「俺のこと、ずっと連絡しない家に帰らないから……やっぱ怒ってんだよな?」
しかし皆黙り込んでいた。
「格好つけて迷惑かけてたから、だから怒ってんだよな!?」
しかし皆黙り込んでいた。
ああ、きっとそうだ。
俺はこの人たちからしたら、もう家族じゃないんだ。
俺はこの場から立ち去るべきだ。
ここには俺の居場所なんてないんだ。
出迎えじゃなくて、家に入れない為に待ち構えていたんだ。
さんざん暴言吐かれてもいい、殴られてもいいから俺は家族に謝りたかったよ。
「……ごめん、なんでもないや。帰るとこ間違えました」
ちゃんとお別れできなくてごめんな。
最後くらいありがとうって言いたかったよ。
父さん、母さん、宗時、元気でな。
ダメな長男で。
気持ちばかりの手土産だけ置いて、元いた家へ帰ろう。
家族がデザートに果物が好きだったのを覚えている。
りんごやバナナといった果物だけど、栄養あるからみんなで食べてな。
「帰るとこと間違えたお詫びなんですけど、これ、りんごやバナナとかなんですけど皆さんで召し上がってくださ––」
その刹那。
「「「お!!!」」」
最後まで言い終わる前にそれまで微動だにしなかった3人は急に動き出した。
「??」
何が始まるんだ、と思ったのも束の間。
ほぼ一斉に俺に飛びかかってきた。
「うわあああっ!!!」
俺は恐怖のあまり玄関から出て3人を躱す。
玄関先では鏡餅状態の3人を目にして開いた口が塞がらない。
上の段の宗時が下にいる母さんたちを蹴ってまで再び俺に向かってくる。
考える暇もなく、獲物を狩るような目をした宗時を見て俺は恐怖心を覚える。
「来るなああっ!」
俺は恐怖のあまり引き戸の扉をスライドさせて自分の身を守った。
突進した宗時が玄関に衝突する音がしたがその背後からは母さんや父さんも扉に向かって体当たりしてくる。
直接ではないけれど、扉越しに体当たりを受けて右半身が痛い。
しかもそれが休むことなく3人が交代で体当たりしてくる。
昔はあんなに優しかった家族が、今では攻撃してくるのか?
もう俺はみんなからしたら敵なのか?
何度も何度も扉越しの攻撃を受けて俺の身体がもたない。
肩が外れそうだが、今ここで扉を押さえることをやめたらもっと危ない!
恐怖に怯えた俺はその場で動けなかった。
そして24回目の体当たりを受けた扉はついに壊れ、俺は後方に吹っ飛んだ。
「うわああ!!!」
積もった雪がクッションになって俺を守ってくれたけど、瞬く間に父さんが俺に体当たりしてきた。
「ぐはっ!」
父さんの頭がみぞおちに入る。
苦しいのに、今度はその父さんの上、俺の胸部に宗時が体当たりする。
「いぃぃぃぃっ!!!」
痛い、痛い。
そして動けない。
父さん、宗時、もうやめてくれ。
なす術なく体当たりされた俺は玄関から母さんが走ってくる姿見えた。
母さんも……俺のことを。
「もう嫌だ! 母さんやめてくれー!!!」
だが俺の言葉を無視して母さんは突っ込んでくる。
「死ぬっ!」
死を覚悟する。
このまま頭でも砕かれるのか。
一瞬、母さんが視界から消えた。
同時に目を閉じて身構える俺。
「っ!……ん」
だが、目の前には父さんと宗時が俺に当たって止まっているだけで、母さんはいない。
「か、母さん!?」
どこにいる? だが探すのに時間は掛からなかった。
母さんは俺を覗き込むように突っ立っていた。
その手には、俺が持ってきた手土産が。
母さんは一心不乱に手土産の中の包装をビリビリに引き裂いて中からりんごを取り出す。
あろうことか、そのりんごを丸呑みしてしまった。
それを見た父さんや宗時も母さんが手に持っていた果物を貪り食う。
「……え?」
俺には理解できなかった。
果物が好きなことは覚えているけれど。
これじゃあもう母さんたちは––––
「宗佳」
母さんがこの日初めて喋った。
「母さん!?」
俺は反射的に返事をした。
「母さん!? なんで俺のことをこんな目に合わすんだよ!!」
父さんや宗時は食べ続けるのをやめない。
母さんは、今だけは俺のことを見ていた。
そして、
「あなた、自分が“カブトムシ人間”だというのを忘れたの?」
母さんとの2度目の会話で俺は気が動転した。
何をいってるんだ。
俺が、この家族が“カブトムシ人間”だって?
「あなたは変わってしまったのね。いや、環境がそうさせてしまったのね」
「母さん、俺……嘘だろ?」
誰が信じられるか!
昔は普通に暮らしきたじゃないか!
“カブトムシ人間”だから、この季節だから家中真っ暗にして冬眠してたのか?
“カブトムシ人間”だがら、頭から突っ込んできてたのか?
“カブトムシ人間”だから、好物の果物目当てに俺を襲ったのか?
「ここを出ていく直前、あなたは荷造りの途中に箪笥の上にあった家具が頭に落ちてきたこと覚えている?」
「ああ……それがなんの関係––––まさか」
身体中は痛むけれど、俺は起き上がり1つの答えに辿り着く。
もしかして、俺は忘れていたのか?
あの時の怪我で、自分が“カブトムシ人間”だということを忘れていたのか?
「やっぱりね。あなたは変わった。でもあなたは思い出せた」
「そうだぞ宗貴、思い出せ! 私たちと暮らした日々を! 冬場は動きにくいから、夜間の高校にもいっただろう?」
「思い出せよ兄ちゃん! 俺たち夏場は一緒に誰かが木に塗った蜂蜜舐めにいっただろ?」
父さんも、宗時も、やっと……やっと目を見て話してくれた。
今まで無視していたのは3人じゃない。
ずっと俺が3人を見ていなかったんだ。
1歩、また1歩俺は家族に近づいた。
寒空の下、やっと4人は顔を合わせる。
俺は……もう1人じゃないんだ。
「ありがとう」
俺は母さんが持っていた手土産の中からリンゴを1つ取り出して、丸呑みした。
◆◆◆
「ハッ!!」
気がつくと俺は1人電車の中にいた。
陽は落ちて外は暗い。
顔も背中も掌も、気持ち悪いぐらいに汗だくだった。
「ゆ、夢か」
身体中に傷もない。
ふーっと一息。
安堵して再び外の景色をみると、見慣れた建物や看板が視界に入る。
スマートフォンを確認すると、時刻は19時を過ぎた頃だった。
時刻の下には、30分前に母さんからの着信があったことを教えてくれる。
その後、母さんからショートメッセージがあったことに気がつきスマートフォンをタップする。
《宗佳、今日はあんたが帰ってくるって知って、父さんも宗時も既に全員待っています。何も気に使わないでいいから、帰ってきなさい。母》
メッセージを確認したところで俺を乗せた電車は駅に着いた。
俺はキャリーバッグを持ち手土産を……シートに残して電車を降りた。
外では雪が所々積もっているが、然程寒くはなかった。
降りて少し歩いたところにある無人の改札を抜けると、そこには父さん、母さん、宗時の姿があった。
「宗佳!」
母さんは俺に抱きつき、そして離れると今度は目の前に父さんが現れる。
「いつもいつもあんたは電話も出ないで、何やってるのよ! 心配してるでしょ!」
「お前いい加減母さん心配させんじゃねーよ! 長男なんだからしっかりしろ!」
母さん…父さん…。
抱きつかれこともそうだ。
久しい感覚だが、どこか俺は暖かい気持ちになった。
「兄ちゃん、飼ってた犬のゴン太覚えてる? おじいちゃん犬だけど今も元気だぜ」
宗時…。
俺が上京したての時は家にきたばかりの犬がいた。
そうか、俺はそんなに長く家族から離れていたんだ。
「お、俺」
緊張して、言葉がうまく出ない。
こういう時はなんていえば。
素直に謝れ! 俺!
「お……お、」
「なんだよ宗佳! はっきり言えよ!」
父さんから厳しくも優しく叱責された同時に、堰き止めていたダムが決壊した勢いで言い返す。
「お、お、お腹すいた!!!」
一瞬驚いたのも束の間。
それを見て父さんも、母さんも、宗時も一斉に笑い出す。
「ハハ、兄ちゃん……久々の兄弟の会話が」
「そりゃあ人間誰だって腹は減るけど、ここで言うなよバカタレ」
最後に母さんが俺に優しく言ってくれた。
「ちゃんと家にご馳走準備してあるよ。年越し蕎麦も。あ……」
そして思い出したかのように。
「でも、あんたはラーメンの方が好きやったな?」
俺たち家族で再び爆笑生まれる。
そのまま向こうでの俺の暮らしの話をしながら、父さんの運転で実家へ向かった。
俺の尊い人達 名浪福斗 @bob224
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