▽コミックス第2巻発売記念SS『誰かに気持ちを伝えるということ』


「『第二王子の本音を聞き出す方法が知りたい』……?」


 カイトが怪訝に聞き返すと、対面の席のアンリエッタは「ええ」とうなずいた。


 魔獣の防衛戦から約半年。

 カイトたちはアンリエッタと手紙などのやりとりで、定期的に交流を続けていた。

 それは手紙だけでなく、時にはこうして彼女が薬屋に訪れたりもする。

 もうすっかり親しくなり、色々な話をするようになったのだが、今回持ちかけられたのはよりプライベートなこと──彼女の新たな婚約者になるであろう、第二王子フリッツについての相談だった。


 聖女と王位継承者が婚姻するしきたりに従えば、アンリエッタはそのフリッツ王子と結婚することになる。

 腹違いだが彼はヨハンの弟、そんな男との結婚など拒否していいのではとカイトは思うが、とりあえず人となりを知ってからでも遅くないとアンリエッタは言う。


(偉いもんだよな……)


 先入観を極力排し、公平に人を見ようとする。それは得難い気質といえる。

 そんな彼女だからこそ、今度は幸せになって欲しい。その気持ちはカイトだけでなく、周りの誰もが同じように抱いていた。


 ただ、最近になって王子の方から、「君が嫌なら結婚する必要はない」と、アンリエッタに申し入れてきたらしい。


「……フリッツ殿下が何を考えているのか、わからないのです。ヨハン王子のこともあって、現在の王家の威信はかつてないほどに落ちています。なので、はばかりながら聖女である私とのつながりを断ってしまうのは、どう考えても悪手だと思うのですが……」


「まあ、それは確かにな……」


 ヨハンの策謀から身をかわすため、今まであえて表舞台に出ていなかったフリッツ王子。

 事件前から国王が病に伏せっていることもあり、影の薄い彼が国政を執るには、アンリエッタという神輿の存在は不可欠といえた。

 なのに、それを自分から不要だと言い出した。アンリエッタとしては、その真意がつかめず不安ということらしい。


「……ちなみに、王子とは普段どんな会話をしてるんだ? 差し支えなければでいいんだけど」


「あまり参考にはならないかもしれませんが……今日のお天気がどうだとか、お庭の花が咲いたとか……本当に他愛もない話ばかりで……」


「……彼に対する率直な印象は? 痩せてて、ヨハンとはあまり似てないらしいけど……」


「細やかで、ささいな事にも気を配られる方……でしょうか。私へも遠慮しているのか、あまり立ち入ってこられないのです」


「ふぅん……」


 その話を聞き、逆に心配する必要はないのではと、カイトは思った。

 アンリエッタの気持ちもわかる。が、これはおそらく向こうも同じように、相手の出方をうかがっているのではないだろうか。


 王宮内の権力闘争は、いわば腹の探り合いだ。賢い者ほど手の内を見せることはない。

 ただ、そんな探り合いの中で、フリッツはできる限りの真摯さを示そうと、アンリエッタに結婚は不要だと申し出たのではないか──話を聞く限りでは、カイトはそんな印象を抱いた。


(さて……どう答えたものかな……)


 カイトは口もとに手をやり、しばらく逡巡した後で、おもむろに自らの思いをアンリエッタに語り掛けた。


「……俺さ、最近考えを変えたんだけど……自分の気持ちはできるだけ言葉にすることにしたんだよ」


「え、はぁ……できるだけ言葉に……ですか?」


 いきなり何を言い出すのかと、きょとんとするアンリエッタ。

 カイトは構わず言葉を続ける。


「グラフィアスにいた頃は、この髪色のせいもあって、親しい友達もいなくてさ。あまり立ち入った話をすることもなかったんだけど……でも、だからって、自分の殻に閉じこもるのは違うんじゃないかって思ったんだ」


 リッケスの防衛に尽力したことで、カイトは街の皆から讃えられ、祝福の声をもって迎えられた。

 その日の思い出は何よりも大切な宝物として、今も彼の胸の中で輝いている。

 それ以来、カイトはこう考えている。人とのつながりは、ただ待っているだけでは得られないのだと。

 誰かに認められたことがあれほど嬉しかったのだから、自分も人への敬意は恐れずに示していくべきだ。そうすることこそ礼儀だと──彼は近頃、他者との関わりを積極的に作るようにつとめていた。

 

「もちろん、世の中善人ばかりじゃないからさ、本音を晒すことで傷つくこともあるかもしれない。……でも、そうなったらなっただけの話なんだよな。いちいちへこたれてたら、きりがないっていうか」


「……」


「えーと、つまり……相手の心を開かせるためには、まず自分が歩み寄ることが大事だと思うんだよ。ちょっとだけ話は逸れるけど……例えば俺、リリアに対してはできるだけ褒めるようにしてるんだ」


「リリアさんを、褒める……ですか……?」


 他種族から崇拝され、恐るべき竜の姿も持っているリリア。けれど、彼女も故郷にいた頃は『無能な姫君』のレッテルを張られ、軽んじられていたという。


「リリアは決して無能なんかじゃない。今の俺がいるのは、彼女のおかげでもあるんだから。それをわかってもらうために、どんな小さなことでも良いと思ったら伝えるし、彼女への思いも……好きだって気持ちも、なるべく言葉にするよう努めてるんだ」


「まあ……内容によっては相当恥ずかしいから、そういうのは二人の時にしか言わないけどな」、カイトは言って頬を掻き、窓の外へと視線をそらした。


「……リリアさんは、幸せな方ですね……」


 アンリエッタはしみじみと感じ入ったようにつぶやくと、「おっしゃりたいこと、わかったような気がします」とうなずいた。


「要するに、駆け引きばかりにとらわれていてはいけないのですね。人に信頼されたいなら、まずは自分から信頼することが必要だと」


「ああ。フリッツ王子がどんな奴でも、そうしなければ見えてこないものもあるんじゃないかな」


 自分の心を知られることを怖がっていては、相手も本心を見せてくれることはない。カイトは微笑んでうなずき返す。


「……ここのところ、うわべばかりに気を取られて、大事なことを忘れていたみたいです」


「とはいえ、それはそれとして、相手のことを見極める目は必要だと思うけどな」


「ま、あんまりダメな奴なら、遠慮なく尻に敷いてやればいいさ」、冗談めかしてカイトがそう付け加えると、アンリエッタはくすりと笑みを漏らした。


「──ただいま戻りました!」


 そこへ、帰宅したリリアが扉を開けて入って来る。


「おかえり、リリア」


「おかえりなさい。お邪魔しています、リリアさん」


「あ、来てらしたんですね、アンリエッタさん。お久しぶりです!」


 リリアは挨拶もそこそこに、両手に抱えた花束をカイトへ見せながら言った。


「見て下さい、カイトさん! リッケスの商店街で、こんなにたくさんのお花をもらっちゃいました! どこに飾りましょうか? 店先に並べたら、お花屋さんと間違われちゃうかもしれませんねっ」


 満面の笑みで花束の横から顔をのぞかせるリリアに、カイトは微笑んで「ああ、綺麗だな」と返す。


「ですよねっ。本当に綺麗なお花がこんなにも──」


「いや、花もだけど、花を持ったリリアが綺麗だと思ってさ。可愛らしさが映えるっていうか……やっぱり女の子には、こういうのが似合うんだなって」


「も、もう、カイトさんったら。いつもながらお上手なんですから──」


 その言葉に嬉しそうな表情を見せるリリア。しかしすぐさま「あっ」と何かに気付いたように声を漏らした。


「ん、どうかしたかリリア……って、あ!」


 わずかな間をおいて、カイトも同じように声を上げる。

 二人の視線の先には、興味深げな様子のアンリエッタ。


「なるほど……それが『二人の時にしか言わない、気恥ずかしいこと』なのですね……」


 うかつにも彼女がいるのを一瞬失念していた。両手で口元を押さえ、少しからかうような表情のアンリエッタに、カイトは「し、しまった……!」と顔を赤らめ、うろたえたのだった。



<おわり>

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黒の賢者は影を織る ~聖女代理はもう用済みだと追放されたが、かけられた呪い【闇属性】は万能のチート魔法だった~ 龍田たると @talttatan2019

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