第4話 始まりの縁

 げほげほ

 咳き込みながら外に出る。

「………何処だ? ここ?」

 思わず呟いた。

 地震でモノが崩れ、ほこりだらけの空間から外に出ると、先程とは全く違う空間が広がっていた。

 土蔵(ドゾウ)に入る前は田舎ではあるが人里で、立派な母屋があったのだが、ほぼ森の中というか草原というか、兎も角自然がいっぱいな状態になっていた。

 周囲を見渡すが、先程まで居た土蔵すら無くなっていた。

「狐につままれたか? 天狗か?」

 全く関係の無いところなのか、時間がずれたのか、記憶が混乱しているだけなのか、創作世界のような現実感のなさにめまいを感じる。


 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

 ずどん

 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ


 そんな何とも言えない人混みの声と、何かが爆発する音、叫び声、花火のような火薬の匂い、さらに何とも言えない血の匂いも感じる、明らかに厄介事の匂いだが、他にアテは無い、吸い寄せられるように足が向く。


「そうか、これが戦の匂いか……」

 呆然と、気づかれないよう、見つからないように茂みの中で小さく呟いた。

 目の前で見も知らない人々が次々と死んでいく。

 自分自身とは関係の無い人々だが良い気はしない、だが手を出せるはずもなく、ただ観察する。

(雑兵の鎧では何処だか分からない、旗印を……)

 戦装束を観察する限り、場所として日ノ本なのは確定だ、あの場所と移動していないモノとして大阪の近く? だとすると大阪の陣?戦国時代末期? 体感気温から見て、慶長20年(1615年)の夏?

 場所だけなら壬申の乱の可能性も有るが、装備が年代的に新しい気がする。

 葵の紋と桐の紋の旗印も見えた、どうやら確定だ。


 がさ


 びくっ


 近くの音に思わず心臓が跳ねる。

 直ぐ近くに血だらけの鎧武者が倒れていた。

 未だ息がある様子だった。

 思わず手を伸ばし、手元に、茂みの中に引きずり込んだ。

 傷は幾つもあるが、一番キツそうなのは胸部、鎧を貫通して矢が刺さって居るのが致命的か、助かるか?

 内心で冷静に傷の状態を観察する。

 小さな傷は見られるが、この矢さえどうにかすれば助かりそうだ。

 矢は抜くな、押し込んで貫通させて反対側からと言われるが、其れをすると先ず死ぬ位置取りだ、刺さった深さ次第だが、あばら骨で止まって居れば助かる筈。

 鏃(やじり)を固定する為の紐だか糸も見えた、多分浅い。

 自分の直感を信じて手当てを始めた。


 矢を掴んで抜こうとすると、手ごたえも無く、篦(の)、シャフトの部分だけがするりと取れてしまった。

「緩鏃(ゆるやじり)?」

 ぞわっと呆然と呟き、目と手元の感触を疑う。

 鏃がしっかりと止まっていないので、当たったときの衝撃を分割して弾かれることなく、鎧なんかを貫通できる、当時としては一種の秘伝技だ。鎧を矢が貫通していた時点で気がつけ俺。

 更に鏃が残るので、手当が難しくなり、結果として傷口が輪をかけて腐りやすくなる。

 追い打ちとして、持って居た矢の先から異臭を感じる。

「人糞付き?」

 刺さった相手を破傷風と敗血症で殺す地獄のコンボだ。

「殺意が高すぎる」

 絶対死ぬだろうなんて言葉を咄嗟に飲み込んだ。

(手を出すなら最後まで)

 そんな言葉を思い出し、喉元まで出かかった、見捨てると言う言葉を飲み込み、急いで鎧と服を脱がせる。

「こっち借りるぞ?」

 返事を待たず、武者の持ち物、鎧通しの短刀を勝手に手に取る。

「我慢しろよ?」

「ぐ……」

 慎重に、だが一息に、傷口に短刀を突き刺し、周りの肉ごと抉(えぐ)るように鏃を取り出す。

 流石に痛かったのか、うめき声が上がった、生きてるなら何より。

 肉を抉る感触と、先程よりも流れる血液に内心でパニックになりつつも、ちゃんと動けている自分に驚きつつ、作業を進めた。


「後は洗うか……?」

 手元の水は貴重だと思ったので、自前の尿で傷口を洗浄する、尿は無菌なので、そのままよりマシなはずだ。

 イメージは最悪だが……


「縫合は……」

 咄嗟に手元の鞄からホチキスを取り出す。レポートに追われる学生には必須の文房具だった。

 バチン

 バチン

 紙を留めるときとは違う、肉を留める嫌な感触に顔をしかめつつ、ホチキスの針で傷口を留めた。


「ふひぃ……」

 一通り手当を終え、ため息をついた頃、いつの間にか日は沈み。戦の喧噪は静まりかえり……

「ひゃひゃひゃ、もうけたもうけた」

 気が狂ったような台詞で、落ち武者狩りと死体漁りをしている、近所の村人のようなモノ達が徘徊していた、流石戦国末期、安土桃山時代、治安は最悪だった。

「未だ息があるのか……」

 男達は呟き、特に躊躇も無く刃物がひらめく。

「南無阿弥陀仏ってな?」

 トドメをを刺したらしい、仏教徒ではあるようだが、世紀末である。

(下手に見つかったら事だな……)

 確実にろくな事に成らないというか、鎧武者の持ち物、鎧兜に刀に短刀、この時代、死体以外のモノは換金するところが結構ある、ただの売り物に近い存在となっているのだ、手元に居る半死半生の鎧武者なんかは格好の獲物である。

 息を殺してやり過ごすことにした。


 ん?


 無言で落ち武者狩りの1人と目があってしまった。

 にちゃあっとした笑みを浮かべられる。

 思わず固まる、目線を逸らせず、真っ直ぐ睨み返すことしか出来なかったが、小さく短刀を構えて反抗の意思だけは示しておく、だが相手はにやにやとした笑みを浮かべ、そのまま去って行った、どうやら同業者だと思われたらしいが。

 無事なら何でもいい。


 緊張から解放され、今度こそ力尽き、助けた武者の傍らで尻餅をつくように座り込んで意識を失った。

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戦国ロスタイム 侍傭兵 inヨーロッパ 峯松めだか(旧かぐつち) @kagututi666

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