第5話 ミッドナイトドライブ 世紀末編
例えば、少年時代に家族が強盗に殺されるとする。
そして青年に成長した主人公が敵討ちの旅に出る。
物語のあらすじとしての物珍しさはともかく、ドラマチックな生い立ちではあるし目的のハッキリしたストーリーラインといえる。
では、どの程度からドラマチックな生い立ちと言えるのだろうか。
子供時代に両親を事故で亡くしたとする。
現実にまま起こりうる不幸だ、では起こりうるからといってドラマチックではないと言って良いものであろうか?
そうはならないだろう。
では、死なないまでも離婚ではどうか?
離婚しないまでも、両親が喧嘩ばかりしている家庭ではどうか?
突き詰めていけばドラマチックではない人生というものは、この世に存在しないし、月並みな表現を使うならば人間一人一人が物語の主人公であると言えるだろう。
大多数の人間はそんな自覚はないし、自覚する必要もない。
誰もが自分を中心に物事を考えては世界は回らないし、中心であるという事は常に重圧にさらされる事になる。
不幸な生い立ちだと自分が自覚してしまったら、それに耐えきれる人間ばかりではないからだ。
なればこそ、人は大多数の普通という鱗で心を覆うとする。
ささやかな幸せを享受する。
後ろ向きなようでいて、すこぶる前向きな心の自己防衛システムが人には備わっているのだ。
「ほれほれ、なかなかに良い車じゃろう?」
高級車を自慢しているのか、それとも男は車に対して誰でも憧れを持っていると勘違いしているのか、不死子は自慢げに言ったが、車に疎い敦也は左ハンドルだから海外の車なのだろうなといった程度にしか思わなかった。
未だに夢見心地といった様子で助手席に座るとニーズに手渡された名刺を眺める。
「このアンゴルモアバスターズ局員って何なんです、どこかで聞いた事があるような言葉ですけど」
「んん? 敦也はオカルトとか興味ないタイプじゃったか」
「興味がある人の方が少ないと思いますが」
「言うて大予言とか、ちょっとくらい聞いた事あるじゃろ。千九百九十九年の七の月に人類は滅びるとか、そういう話」
「それなら少しくらいなら」
「んでじゃな、その時に空から恐怖の大王が降ってくるって書いてあるわけじゃが、その恐怖の大王とやらの名前がアンゴルモアと呼ばれておるのじゃよ。とはいえ本当にアンゴルモアって名前なのかはわからんのじゃがな。ちょっと拗らせておる奴らはAとかって呼んでおる。カッコいいとでも思っておるのかのう? わざわざゴキブリをGって呼ぶ意味もわからん。そんなに高尚なもんじゃなかろうて」
不死子はよく喋るが、車の運転そのものはとても丁寧だった。
「それで、その千九百九十九年に現れるかもしれない何かと戦う組織なんですか?」
噂程度には敦也もそんな話は知っていた。
クラスメイトが学校に持ち込んだ雑誌にも、それを調べるルポライターの漫画が掲載されていたし。
テレビだって惑星衝突や核戦争が起こるなどといった予想番組をやっているのも知っている。
そういった事故や事象ならまだ現実味があるかもしれないと思ってはいたが、不死子が言うにはアンゴルモアと言われる何かが襲ってくるというのだ。
何を馬鹿な。
昨日までなら荒唐無稽な話だと一笑するところだが、自分の身に起きた出来事から信憑性を感ざるをえなかった。
「さっきの宇宙人もアンゴルモアってのと関係があるんですか?」
「さぁ、知らん」
「えぇ……」
宇宙人にはさして興味もないといった様子で、つっけんどんな返事をする不死子。
進むようで進まない話に敦也は言葉に詰まった。
「まぁ、今はそれを調べておる。と、いったところかのう。いろいろわかってる事を話をしてやっても良いのじゃが、お主が自分をどうするか決めあぐねているところに情報を渡しすぎるのも酷じゃろうしな」
「秘密って事ですか?」
そういうわけでもないんじゃがな、不死子も返事に困った様子を見せる。
「とにかくニーズさん達はそのアンゴルモアっていうのが現れるのを止めるために活動してるって事なんですよね」
車が赤信号で停止する。
「いや、アンゴルモアと呼ばれる何かが現出するのは止められんゾイ、人類も滅びるんじゃないかの?」
「えっ?」
話の根底が覆る言葉だった。
本当か冗談か、悪戯っ気たっぷりに笑うと敦也に聞き返した。
「のう、お主も多少なりとも噂を聞いた事があるなら思うじゃろ。隕石が落ちてきたり、核戦争などが始まったとして。それなら人類が滅びるとは言わずにこの世が終わるって表現するじゃろ」
「……言われてみれば確かに」
「さらに言うなら人類とは何ぞや、という話にもなるわけじゃが……おっと、青信号に変わったの」
車が走り出す。
「もう良いじゃろ、吾輩は難しい話は苦手なのじゃ。少なくても吾輩達はお主を悪いようにはせんよ。それよりお主の事を教えてくれんか、そもそもこんな時間じゃし家族とか心配しとるじゃろ。大丈夫なのかの?」
「ああ、いや僕の家族は……」
「何じゃまさかお主、天涯孤独の独り暮らしじゃったりとか、両親が海外に出張中じゃったりとかする? それで幼馴染が毎朝起こしに来るんじゃろ? このスケベ!!」
「さすがに幼馴染は起こしに来たりはしませんけど」
言い淀む敦也に不死子は怪訝な顔をして見せる。
「まさか本当に両親が海外に出張中なんじゃなかろうな。……もし他界されておるのならその……正直スマンかったの」
デリカシーなく茶化してしてしまったと、表情を曇らせる不死子をフォローするように敦也は話し始めた。
月並みな、家族の話を。
車は夜を駆ける。
世紀末まであとどれくらい? 面沢銀 @menzawagin
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