第4話 小さな魔術師と俗な座敷童
『それではお目覚めください』
そんな誰かの言葉を敦也は聞いた気がした。
寝起きのような意識の中で誰かと話していたが、今の男の声に聞き覚えはなかった。
まどろむ意識の中で今まで話をしていた少女の声ではない。
そう、長瀬敦也は目の前の白い少女と話していた。
少女である。
存在するのかわからないが、表現するならサマーロングジャケットとでも言うべきなのだろうか。着丈は白衣を思わせるがノースリーブの薄手の上着。
下は白のショートパンツ、靴下も白、ルームシューズも白。
それでいて髪は青と紫の中間といったアニメのキャラクターのような色をしており、左右に房をつくるように纏められていた。
あまりにも珍奇な姿をした少女は、どうみても日本人ではないが、流暢で堪能な日本語で敦也に事情聴取をしていた。
「フム、雷電の様子がおかしいから何かと思ったけれど天然者かな。自覚はなさそうだけれどね」
少女は何か板のような物を指でなぞると敦也に居直る。
体格から言って小学校中学年から高学年といった歳の少女とは思えない、堂々とした風格と迫力を敦也は感じた。
「術が解けかかっているのに騒がないなんて、君はずいぶんと驚かせてくれるね。私はニーズ、魔術師だ。よろしくね長瀬敦也君。もっとも名乗るのは二度目なのだけど、その頃の話は覚えていないのだろう」
「魔術師?」
「そう魔術師。魔法使い、魔導士、他にも君が思い浮かべた類語はいろいろあるだろうけれど、どれも全部違うモノだ。そのうえで私は魔術師。私の肩書についての専門的な話は省略するよ、どうせ興味もないだろうし、無駄は省こうじゃないか」
「何を言っておるのじゃ、こういうのは始めが肝心じゃろうて」
背後から聞こえる別の少女の声に、敦也は振り向こうとしたが身体が動かなかった。
それどころか、今になってやっと自分が椅子に座らされている事に気が付いた。
縛られているのか身体は全く動かない。
「私は詰込み型教育を否定しないし、それどころか正しい事だと思っているけれどね。世界観や設定や考察、検証ばかりのSF小説を不死子は面白いと思って読んだ事はあるかい? もっともそういう作品の面白さも私は否定しないけれどね」
「それもそうじゃな」
不死子はニーズの言葉に素直に納得してみせた。
「さて、話を進めようじゃないか長瀬敦也君。君は君が思うところの宇宙人に襲われそうになり、雷電という女性に助けられたわけだけど。君の疑問のいくつかをまず説明しようか」
ニーズは手にしている板を敦也に向ける。
それは画面であり、そこには敦也が目にした宇宙人が映っていた。
「君達が宇宙人と広く認識している存在、リトルグレイは宇宙人ではなく、超常的なエネルギーを回収する……そうだな、オバケだとでも思ってくれ」
丁寧な口調だが、不意に見た目の歳相応の表現を使うので途端に信憑性が無くなるが、まだ頭が回りきらない敦也は眉をしかめるくらいで何も言い返しはしなかった。
「カカカ、怪しいモンを怪しいモンで例えても困るだけじゃろ」
不死子の突っ込みを受けてニーズは少し気恥しいのか、コホンと咳払いをすると続けた。
「次になぜ君を狙ったかという話だけれど、これは単純。君が超常的なパワーを秘めているからだね。君が気を失っている間にいろいろと調べさせてもらったからそれは間違いない。しかしながら、どんな力を持っているかは専門家を待つしかないのだけど」
「難しく考えんでもよいのじゃよ、お主はアニメの主人公みたいに化け物と戦うための力を持っておるわけじゃからして、それを使わな損じゃろうという話じゃよ。最も自分の友達を救うために都合よく覚醒するとか、そういう話じゃなかったがのう。特別なパワーを持っておるとか、お主も男の子じゃったら燃えるシチュエーションじゃろ? ほれほれ」
「不死子、茶化さないで」
「なんじゃい、本質は変わらないじゃろうて。これじゃから理系は」
突拍子もない話を、雑談のような流れで進められ、ここでさすがに敦也も言葉を挟んだ。
「急にそんな話をされても、それにニーズさんでしたっけ。ここはどこですか? 僕を自由にしてください」
「ここは水津市、千羽湖の近くのビルだよ。帰りたいのなら車は出すさ。ただね、さっき説明したたけれど、君は言うならば体質的に今後も宇宙人に狙われる事になるしドラマのZファイルの捜査官みたいな人が助けに来る事もない。今回は本当にたまたま運が良かったんだ。不死子はああ言ったけど、世の為人の為とかじゃなく、まずは自分や家族の身を守る術として、もう少し詳しく話を聞いてみないかい?」
敦也はニーズの言うところの家族という言葉に目を細めた。
「今、何時ですか?」
「……もうすぐ日付が変わるよ」
「家に帰してください」
それは当然の反応だった。
宇宙人。
光る刀の彼女。
魔術師を名乗る少女。
信じられない事が立て続けに起きたばかりで、今この場で返事をしろと言われてもできる事ではない。
「連絡先は教えておくからいつでもかけてきて」
言ってニーズは指をパチンと鳴らした。
途端に霧がかっていた頭は冴え、体も自由が戻った。
術の影響か冷静でいつづけた自分の心や、重なった状況もあり。
ニーズの話を信じていないわけではなかったが、初めて魔術らしい事をされて敦也はニーズをやはり本物の魔術師なのかもしれないと固唾を飲んだ。
少なくてもただものではないであろう少女は、ここに連絡してくれと敦也に名刺を差し出す。
書かれている肩書には『次元を超越せんとする魔術師 水の女王 アンゴルモアバスターズ局員』という胡散臭さ満点のフレーズが並んでいた。
そこでこの場にはもう一人いたと思い出す。
ハッと振り向くと、そこには緑の着物姿の長い三つ編みおさげのニーズと同じくらいの年頃の不死子がいた。
敦也の不死子の最初の印象は座敷童だった。
「お主、吾輩に対して酷い事を思わなかった?」
心を読んだのか。
宇宙人に続いて今度は妖怪か何かの類かと驚いたが、ニーズの魔術が効いてるのか驚きの言葉は飲み込んだ。
「それじゃ不死子、敦也君を送っていってあげて」
そう言ってニーズは車の鍵を不死子に投げた。
「いや、あなたが運転するのかよ!!」
とうとう敦也は突っ込みに声を荒げた。
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