自宅警備員まみれの異世界で魔王なのに勇者をやることになった最悪な話

mao

第1話


 オレの名前は、黒衣翼。

 平仮名で書くと「くろいつばさ」だ、厨二っぽくて非常に恥ずかしい名前だと思わないか?

 黒い翼・・・だぞ。苗字は別にいいとしよう、だがなぜそこに翼なんていう名前を付けたのか両親のセンスが理解できない。


 そのせいか、オレは小学校の頃から非常に荒れていた。俗に言う悪ガキ、猿山の大将と言ったところだ。

 ひ弱なやつは徹底的にバカにしてきたし、喧嘩を売ってくるやつや言うことを聞かないやつは殴って服従させた。中学は荒れ放題のオレを、教師連中も完全に持て余していた。

 高校に上がってからは他校の連中と毎日のようにケンカ、更にタバコ、酒。我ながら本当にダメなやつだと思ってる。それでも、それなりに楽しい高校生活を送っているつもりだ。


 だが、そんなオレは現在窮地に立たされている。



「ど、どこだよ、ここ……」


 確か今は昼休みのはず、ついさっきメシを食って今から用を足そうとしていた。

 だと言うのに、男子トイレの扉を開けたら――そこは城の中だった。いや、厳密に言うと城ではないのかもしれないが、なんかこう……RPGゲームによく出てくるような洋風の造りの建物内部だ。


 オレが通ってる公立のおバカ学校の便所が、こんな神々しい場所なワケがない。安物の芳香剤のくっさい香りが漂うオンボロ便所だったはずだ。

 後ろ手に閉めてしまった扉を開けてみても、そこは学校の廊下ではなかった。両脇に金ピカの鎧が飾られている城っぽい通路だ。


「いやいやいやいや! どこだよここ、なんで便所が城に繋がってんだよ!?」

「おお! 勇者よ、よく来てくれた!」

「少しは空気を読めよ、うるせぇな! こっちは混乱してんだよ!」


 オレの動揺など露知らず、元便所から声が聞こえてきた。

 何事だと振り返ってみると、便所だったはずのその空間には白いヒゲのジジイが立っている。頭に大層ご立派な王冠を被っているところを見ると、王様とか多分そういったヤツだ。コスプレイヤーでなければ、だが。

 そのジジイの周りには綺麗なお姉ちゃんとか、ゴツいおっさんとかもいる。


 よく分からないが、ジジイが言う『勇者』ってのは一応オレのことらしい。


「なんだよ、勇者って……それで、どこだここは」

「勇者よ、実は我々の世界を救ってほし……ん? なに? ああ勇者よ、すまんが暫し待たれい」


 このジジイはなんだ、何かプログラムでもセットされてるのか? オレの質問に答えてくれないぞ。それだけでなく、いきなり声を掛けてきたクセに「ちょっと待ってろ」とか言い出した。

 隣にいるお姉ちゃんと何やらヒソヒソと話しながら、時折ちらりとこちらを盗み見てくる。こういう視線を向けられることには慣れているが、決して気分はよくない。

 そんなことを考えていると、やがてジジイは「コホン」とひとつ咳払いをした。


「あ、あー、すまぬ少年。どうやらこちらの手違いだ」

「は? っていうかここはどこなんだよ」

「いや、我々の世界を救ってくれる勇者を召喚したつもりなのだが、本来魔王――敵としてび出されるはずのキミを勇者として喚んでしまったようで」

「……はあああぁ!?」


 ジジイの言うことを聞いていると、オレの口からは自然とそんな声が洩れていた。

 オレは本来魔王として喚ばれるはずだったのに、このジジイは間違って勇者として召喚してしまったらしい。

 ていうか、魔王も喚び出し式なのかよ。魔王がいないなら何から世界を救ってほしいってんだ、おかしいだろ。あと、いい加減オレの質問に答えてくんねーかな。


「とにかく、ツッコミ入れたいところは色々あったが、手違いなんだろ。さっさと帰してくれ」

「いやいや待たれよ、魔王として召喚されるはずだったのなら素晴らしい力を持っているはず。何なら魔王でもよい、助けてくれ」

「節操ってモンはねーのかよ!!」


 ワラにも縋る想いなのかもしれないが、なんなんだこの「どっちでもいい」みたいな言動は。一刻も早く便所に戻りたい、今はまだ余裕があるが早くしないとオレの膀胱が大変なことになる。

 とにかく、このジジイとさっさと話を付けるしかない。


「オレ、帰りたいんだよ」

「我々の世界を救ってくれたら帰そうではないか」

「世界を救うって……何しろってんだよ、魔王いないんだろ」

「いや実はな、スライムが大量発生して困っておるのだ。助けてくれぬか」

「スライムくらいそこら辺のやつが倒せるだろ!!」


 なんでよりにもよってスライム――そうは思ったが、ふと考える。

 様々なゲームでザコモンスターのように認識されているスライムだが、このジジイが言うスライムはメチャクチャ強いのかもしれない。

 日本ではないだろうこの世界で言うスライムは……例えば、RPGでよく強い敵とされがちなドラゴンレベル……とか? それならジジイが言うことにも頷ける。


「それがな、この世界には戦える者がおらんのだ」

「は……? なんで、まさかじーさんたち以外死んだなんてことは……」

「長い間、平和が続いたものでな。冒険だ仕事だなどという煩わしい作業で遊ぶ時間を減らしたくなく、スライム退治など誰もやりたがらないのだ。それを怒った魔族が魔王を召喚して我々人間たちの根性を鍛え直すと言い出して……うぅッ……」

「魔族が全面的に正しいよ!!」


 何が戦える者がいない、だ。ただの怠け者集団じゃねーか!

 いや、これは本物のナマケモノに失礼なレベルだ。本物のナマケモノには可愛らしさがある、このジジイにはその可愛さのカケラもない。一緒にするのは失礼だろう。


 しかも、恐らく怠けているのはこのジジイだけじゃない。その話を聞く限り、世界規模で人間の怠け者が大量に発生していると言うことだ。冗談じゃない、どうなってるんだこの世界は。自宅警備員の楽園か。

 すると、ジジイは顔の前で両手を合わせて頭を下げてきた。


「頼む! この通りじゃ魔王よ、我々の世界を救ってくれい!」

「やだよ、なんでオレがお前らの尻拭いしなきゃならねーんだ」

「おお勇者よ、そんなことを言うなんて情けない!」

「勇者か魔王かどっちかにしろよ!!」


 とにかくオレは便所に行きてーんだ、構ってられるか。

 だが、喚び出したからには帰すつもりがないのか、ジジイは不貞腐れたような顔をしながらプイっと顔をそっぽ向けてしまった。

 ――どうしよう、全く可愛くない。そのヒゲむしってやりたい。


「ふんっ、ワシが帰還魔法を使わない限りは戻れないもんねーだ! 帰りたければスライム倒すしかないんだもんねーだ!」

「うぜええええぇ!!」

「おっ、おっ? なった? やる気になった?」

「~~ッ! もうちょい詳しい話くらいなら聞いてやるから、取り敢えず便所行かせろおおぉ!!」


 生理現象には誰もが逆らえない。

 こうしてオレはもう少しだけ詳しい話を聞いてやることになった。どうせロクな話は聞けないんだろうが。

 とにもかくにも、ここはラノベでよく見る異世界とかいうヤツなんだろう。もうちょいラノベ読んでおけばよかった、なんて思っても後の祭りだ。


 どうせこの後はズルズルと流れでスライム退治に行かされるんだ。あー帰りたい。

 大体黒い翼とかいう厨二丸出しの名前のオレがなんで勇者なんだよ、ジジイの言うように魔王側だろ。むしろ魔王やるから魔王の部下さん助けて。


 もう魔族とかいう善良な生き物、さっさとこの世界なんとかしてくんねーかな。


「(そういや、魔王として召喚されるはずのオレがこっちに来てるってことは……魔王側はどうなってんだ?)」


 魔王側がちょっと気になったけど、それはまた別の話。

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自宅警備員まみれの異世界で魔王なのに勇者をやることになった最悪な話 mao @angelloa

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