「今年は……随分と積もりそうだな」


 外は雪が降りしきり、銀世界が広がっている。


「そうですね」

「これだけ寒いと、賊も出ませんね」


 狛犬も二匹揃ってあまりの寒さに体を小さくさせて震えている。


「しかし、あなた様も去年は寒がっていたのでは? 神は寒さなどを感じないと思っていましたが……」

「ああ。だが、今年は不思議と寒くないな」


「風邪ですか?」

「それこそ、神には無縁のものだろう。俺は大丈夫だ」


 今の様に無口な狛犬が言っていた『体感』は、普通の純血の神には確かに『無縁』な話だ。


「それならばいいのですが……」

「何か不調がありましたらすぐに言ってくださいね?」


「ああ、ありがとう」


 でも、今となっては俺がそれらを感じていたのは「俺が半分は人間だったから」という『理由』で説明がついた様に感じる。


 ただ、今のこの『寒さ』があまり感じられなくなった『理由』も、俺は何となく分かっていた。


「今年は無事に集会にも参加されて……」

「ご無事で何よりです」


 そんな彼の心配をよそに、何事もなくつつがなく終わった。


 まぁ、彼がかなり気にかけて、出来る限り俺のそばにいたからこそ、最上位の神である彼と仲の良い神様くらいしか寄って来なかった……というのも理由にはあるとは思うが。


「ああ、そうだったな。心配をかけて悪かった」


 申し訳なさそうに言うと、二匹はほぼ同じタイミングで「いえいえ」と首を左右に振って否定した。


「今まで心配をかけてしまったが、ああいう風になる事はないはずだろう」

「何かありましたか?」


「いや、まぁ。心配性な人が俺に気をかけてくれた結果……と言うところだな」


「?」

「?」


 事情を知らない二匹は不思議そうに首をかしげていたが、俺はそんな二匹の可愛らしい仕草に、思わず笑ってしまった。


「ん?」


 ふと光が差したように思い、空を見上げると、いつの間にかさっきまで降っていた雪は止んでおり、キレイな満月が空高く登り、俺たちを照らしていた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


『…………』


 彼から、俺自身の過去の話を聞いた晩。


 俺は「その日の夜は満月だろう」と何となく分かっていた。だから、その日は一度も敷いた事のない布団を使った。


 そして、俺が思っていた通り『睡魔』が襲ってきて、そのままその眠りに身を預けた。


『……そうか。このもやは、俺を驚かせないために徐々に薄めていたのか』


 多分、この靄を出していたのは彼の兄……つまり、俺の父親だろう。


 狐の神に限った話ではないが、神様と呼ばれる存在……もっと言えば『力の強い神』は時には天候すら操ることが出来るらしい。


 明神曰く「俺以上に兄は力が強い」と言っていたから、この状況は納得が出来る。


『……俺の事を心配してくれたから、こうして会いに来ていたんだな』


 神である父親はともかく、人間である母親は、この世に亡霊として出て来て彷徨ってしまえば、狛犬のあいつらに追われる。


 その結果として「俺に迷惑をかけてしまう」と二人は考えたのだろう。


 通常であれば、死んでしまえばこういう形で会う事も叶わないのだが、こうして少しもやはかかっているものの、俺の前にいられるのは……多分。父親の力が強いからだろうと考えた。


『ありがとう。俺は今もこうして元気にやっている。だから、安心して欲しい』

「…………」


 ――返ってくる言葉はない。


 どういった仕組みにいるのかは分からないが、多分。死者と生者の間で『会話』を行っては行けないのかも知れない。


 それくらい、あの世とこの世の間には、言葉では言い現せられない『違い』というモノがあるのだろう。



 でも、目の前にいる人が穏やかにしているように見えた。


『――――』


 そして、聞こえはしないものの、その人は俺に向かって何か言った様に思えた。


「……」


 それを見た瞬間。俺は「ああ、大丈夫だ」という気持ちになった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「ん……」


 そして、目が覚めると、目には一筋の涙が流れた跡があった……。


 だが、涙を流しても、不思議と「寂しい」とか「悲しい」という気持ちはなく、むしろ『暖かい気持ち』に包まれていた。

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狐は月夜の夢を見る 黒い猫 @kuroineko

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