『――やっと、見つけた』


 俺は、元々……何も知らずに生きてきた。


 それこそ、根本的な話の『自分が何者なのか』というところから始まり、自分がどこで生まれたとか、そういったところも分からない。


 とりあえず、分かっていたのは『俺は普通の狐ではない』という事だ。


 俺が彼に拾われた時は、まだ小さい子狐だったのだが、その時点でその事には薄々気が付いていた。


 そもそも『欲求』というモノがとぼしかった……というのもあるとは思うが。


 ただ驚いたのは、俺と出会った時もすでに『神』だったのだが、そんな彼が俺を見つけた瞬間。


『――良かった』


 なぜか涙を見せた……というところだった。


 当然、俺は彼に泣かれるような『理由』も……そもそも、彼が「なぜ俺を探していたのか」という事も分からない。


 右も左も分からない……という事以上に、何が何だか分からないまま、神である彼に導かれるように、俺は修行に入った。


 そうして今、俺は『あの神社』にいる。


「…………」


 ただ『夢』だろうと思われる『あそこ』にいる人を見た時、俺は「見覚えがある」と思った。


 でも、今になって冷静に考えてみるとそう思ったのは多分。目の前にいた『人』が……。


「俺に似ていたからか……」


 色々と思い出しながら、そう独り言をブツブツと呟いていると――。


「おう、久しいな……って程でもないか」

「いえ、お久しぶりです。申し訳ございません、突然押しかけてしまいまして」


 一人で待つには大きすぎる畳が敷き詰められた大広間の中心で、俺は気さくに片手を上げて入って来た彼に対し、正座して頭を下げた。


「いや、気にするな。大体の検討はついている。大方、お前があの社についてから襲われるようになった『睡魔』についてだろう」

「……はい」


「大体の検討はついたか?」

「私としては、あくまで『なんとなく……』という感覚の範疇を出ないのですが」


「――それでいい。それが『願い』だったからな」

「願い……」


「ああ。まぁ、お前も察しはついていたとは思うが、あの夢に出て来たのは、お前の母親だ」

「やはり、そうでしたか」


 夢に出て来た『あの人』は、あまりにも目元が俺によく似ていた。


「あの社は元々は『俺の兄』つまり、お前の父親がいた。そして、お前の母親は、分かっている通り『人間』だ。お前は、半人半狐というワケだ」

「俺は半分人間……というワケですか」


「ああ、俺の兄は……病弱でな。本来であれば、この位も俺ではなく、兄が継ぐはずだった。しかし……思った以上に兄の病気は深刻でな」

「そもそもあやかしが『病気』になる事自体ありえないはずでは?」


「ああ、本来であればありえない話ではあるのだが、可能性としてあるのが、生活環境の変化と人間たちの価値観の変化ではないだろうか……と、俺は思っている」

「変化……ですか」


 今の俺がいる神社もそうだ。


 昔こそ、少ないながらも人がお参りに訪れていたらしいが、今ではあまりにも暑い夏や、紅葉が美しい今の季節の秋以外はほとんどない。


「兄は、神の中でも純血だったからな。特に『大きな変化』というのに対応が上手く出来ない。だから、先代……つまり、俺の父は出来る限り『変化の少ない土地』を選び、兄に神剣と共にあの土地を治めるように言った」

「じゃあ、俺があの土地にずっといたのは……」


「無論。お前の生まれ故郷だからだ。そして、兄は人間の娘との間にお前をもうけた。ただ、その娘はお前を生んですぐに亡くなり、兄もその後を追うようにすぐに危篤の状態になってしまい、俺たちはお前の存在を知る事が出来なかった」

「…………」


「俺たちがお前の存在を知ったのは、主がいなくなった社に神剣を取りに行き、新たな主を立てようとしていた時の事だった。そこに住まう動物たちからお前の存在を聞き、急いで探した。何分なにぶん、色々と立て込んでいて動物たちの声まで耳を傾ける余裕がなかったものでな。だから、俺はお前を見つけた時に『無事でよかった』って言ったんだ」

「そう……だったんですね」


 まさか、そんな『過去』があったとは――。


「時期を見て話すつもりだったのだが、いきなり話されても困るだろうと思ってな。だが、そのせいでお前に話をするのが遅くなった」


 彼は「すまない」と言って、頭を下げた。


「気にしないでください。多分、最初の頃に話されても、信じられなかったと思います。ですので、頭を上げてください」


 そう言って笑うと、彼は「そうか」と言って頭を上げた。


「それより、大丈夫か? 体調の方は」

「体調はすこぶる良好です。ですので、今年は……」


「分かった。もしかしたら、その人はお前が心配だったのかも知れないな」

「え」


「さっきも言った通り。お前は半分が人間だ。神の中には、それを良しとしない連中もいる」

「…………」


 彼は「もちろん、そうじゃないヤツがほとんどだけどな」と、あぐらをかきながらすぐに付け加えた。


「母親が息子の心配をして何が悪い! そういう事だろう。だが、お前も十分成長した。それは俺が保証する」

「ありがとうございます」


「だから、まぁ。今度会う事あれば『大丈夫』の一言くらいかけてもいいかも知れんな。まだ一度も声はかけていないのであろう?」

「そう……ですね」


 言われてみれば、今までその姿を見る事はあっても、こちらから話かける事はなかった。


 それに、彼の言っている事は、一応筋は通っている上に、先ほどの過去の話を聞いていれば、何となくその『理由』も合っている様に思う。


「一度、話しかけてみようと思います」


 俺がそう言うと、彼は「ああ、その方がいい。せっかくの家族水入らずってヤツだからな」と言って、豪快に笑ったのだった。

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