「ふぅ」


 季節は変わり、あっという間に『夏』になった。


 日中はとてもじゃないが外に出るのもおっくうになるのだが、さすがに夜になると、その暑さもさらに落ち着いて多少は過ごしやすくなる。



「……今日も満月か」


 それに、ここは比較的涼しいのか、たまに『森林浴』とか言って、ここを訪れる人間がたまにいる。


 ただ、ここに来る人は大体がここが神社だと知らないらしい。


 そうして、社を見てようやく神社だと知った人間がたまに「ついで……」と言ってお賽銭を投げて『願い』を言って行く。


 だが、残念ながら俺には叶えられるほどの『力』なんて、ない。


 そもそも『願いを叶える』のは、俺を拾ってくれた『彼の様な存在』であって、俺がするのはあくまで『願いの選定』までである。


 まぁ、この『願いの選定』が出来るようになって、こうして自分の社を持つようになる前に……人間の寿命は尽きてしまうのだが。


「あのぉ」

「ん?」


「いっ、いえ! その……大丈夫かな……と思いまして」

「??」


 おしゃべりな狛犬が何を思って、そんな事を言ってきているのか、俺には全く心当たりがない。


「あの、この間……」

「ああ」


 そこまで言われてようやく思い至った。


 どうやら狛犬が言っているのは、春の満月の晩に俺が倒れた時の事を言っている様だ。


 あの日倒れた俺は、眠ったまま一週間ほど目を覚まさなかったらしい。


 正直、今までも何度か倒れてはいるのだが、おしゃべりな狛犬だけでなく、相方の方もあまりにも驚き過ぎて、思わず本社にいる『俺の親代わりともいえる神』を呼んだ。


「それなら気にするな。俺はこの通りピンピンしているからな」

「それは……そうですが」


 その神も俺と同じ『狐の姿』をした神様で、遠い昔にたった一匹で『野良』として生活していた俺を拾った物好きでもある。


 そして、いくつも分社を持っており、その本社にいるとても偉い神様なのだが、なぜか俺が倒れる度に、この社に来てくれている。


 多分、毎度の事で、この二匹の狛犬たちの気が動転しやすい事を知っているからなのだろうとは思うのだが……。


 それでも、毎回来なくても……と思ってしまう。正直、かなり申し訳ない。


「お前らには心配をかけてしまったが」

「そんな! ここ数年は神在月の時も同じような状態でしたのに、それを忘れて二匹揃って貴方様のおそばを離れてしまった事が問題だったのです」


「ここ数年。そうだったな」

「ええ」


 そういえば、俺がこの神社に来た時から、毎年の様に『睡魔』に襲われている。


 修行をしている身だった時は、そんな事もなかったが、それでも睡魔が襲ってくるのは、決まっていつもこの国の四季と同じように『四回』だけだった。


 去年は真っ白なもやが晴れる事はなく、ただただ靄の中に人影が写っているだけだった。


 だが、今年はその靄も晴れて、そこにいる人物が誰なのか判別が出来るようになっている。


 ただ、問題は『その人物を俺が覚えていない』という点だ。


 最初に倒れた時、目を覚ました俺に対し、その彼は「夢を……見たようだな」と尋ねてきたのだが、その表情どことなく嬉しそうだったのを覚えている。


 そして、今回の事について帰る間際に尋ねると……。


『そうか、そう……だな。お前は……分からないか。だが、その人の顔は、見覚えがあったんだな? それなら、今はそれでいい』


 それだけ言って彼は帰った。


「あれは……」


「どうかされましたか?」

「まさか、またご気分が?」


 心配そうにしている二匹に対し「いや、大丈夫。心配をかけて悪いな」と言いつつ俺は、の言そ葉の『意味』について頭をひねる事になるのだった。

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