狐は月夜の夢を見る
黒い猫
春
「…………」
なせか、いつも『そこ』に行くのは『突然』だ。
いや、前兆として一瞬だけ『強い睡魔』が襲われるのだが、その睡魔の後に気がつけば、ここに来ている。
辺りは真っ白で、厚い
「…………」
俺も別に話す事がないから、お互い無言になる。
『――――』
いや、最初の頃は向こうも何か話そうとした素振りはあった。
だが、今はそれすらもない。言うなれば「努力してみたけど、諦めた……」とでも言えばいいのだろうか。
とりあえず、いつもこの人を見て思うのは、会った事もないはずなのに、なぜだか「この人を俺は知っている」という事である――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「桜も満開の季節になりましたねぇ」
「ああ。今年も無事に咲いて良かった」
見上げた先には、立派な桜が夜の風に揺れている。
俺に話かけているのは、ここの『狛犬』だ。基本的に二匹一緒なのだが、一匹はこのように話好きだが、もう一匹は基本的に無口だ。
「ええ、相変わらず人間たちは……来ませんが」
ここは、山に入ってすぐのところに入ったところにある『古びた神社』だ。昔はかなりの人でごった返していたのだが、今は人が来るのもまばらである。
「まぁ、気にする事でもないだろう……」
どうやら『人間』というのは、その時その時の『流行』という『見えないモノ』に左右される傾向にある様だ。
ただ、俺にとっては「ちょっとした時間」のつもりだったのだが、人間にとっては「かなりの
そうしてあっという間に、この山の周辺もガラリと変わってしまい、人々はあまりここに来なくなった。
「そう言えば、今年の神在月の神々の集まりはどうなされますか?」
「……ああ。それか」
早くも十月の『神々の集まり』の話を出された。まぁ、まだ春なのに秋の話……なんて「気が早い」と言われるかも知れないが、もちろん。それには理由がある。
実は、去年の『神々の集まり』を俺は欠席した。
「あー……っと、どうするかな」
そう言って俺は言葉を濁した。
「おい」
「ん?」
ふと気がつくと、もう一匹の無口な狛犬がおしゃべりな相方の隣に立っている。
「この方でも言いにくい事はある。その時が来た時に決めればいいだけの話だろう」
「まぁ、そうなんだけどさ」
おしゃべりな狛犬そう言いつつも、あまり納得はしていない様子だ。
「言いたい事は分かる。何せ俺は、今もどうしてここにいるのか分かっていないからな」
そう自虐的な言って二匹に笑って見せると、俺はふと空を見上げた。
「ふむ、今日は満月か」
「そうみたいですね」
満月に照らされている夜の桜は、これまた風情のある、日中に見る桜の美しさとはまた別格だ。
「それでは、我らは……」
「ああ」
彼らはこの神社の周りの警備も担っている。
こういう『満月の夜』というのは、あやかしの力が高まりやすい日でもあり、いつも以上に気を張らなくてはならない。
「それにしても……」
彼らが去った後も、俺はそのキレイな風景に自身の尻尾を無意識に動かしてしまうほど、釘付けになった。
「…………」
俺は四本の尻尾を持つ『
なんでも『天狐』という存在は狐の階級の中では最上位らしく、ほとんど神のような存在らしい。
だから、俺はこうして自分の社を持っているワケなのだが、実は分かっている事は『それだけ』で、後の事は何も分からないし、知らない。
それこそ、自分がどこで生まれた……とか、自分の両親の事とか、そもそも兄弟がいるかどうかすらも分からない。
正直なところ。俺は『どこの馬の骨かも分からない』という表現が、合っている様に思う。
――まぁ、たとえ『ほとんど神のような存在』とは言え、狐ではあるのだが。
そんな得体の知れない俺に、なぜか『俺を拾った神』は、この社を俺に任せた。
確かに、俺は修行をしてはいたが、こんな風に任せられるのなんて……と思っていたし、たとえ運よく任されたとしても、もっと時間がかかると思っていた。
「……む?」
時間も忘れて満月を見とれていると、突然自分の視界が緩んだ。
「なっ、なんだ?」
自分に起きている『異常』とも言える状況が分からないながらも、何とか『狛犬の彼ら』を呼ぼうとしたところで……。
「うっ……」
そこで俺は倒れた。
「…………」
そもそも、俺のような『存在』は夢を見る事はおろか、寝る事すらない。それなのにも関わらず、突如としてなぜか睡魔の様なモノに襲われた。
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