男、あるいは女、もしくはいずれにも属するか、もしくは属さない人間達へ伝えたい事とか伝えたくない事とか 三十と一夜の短篇代57回

白川津 中々

 急遽開かれたブレインストーミングのお題はママン食堂という名称を変更すべきか否かというものであった。


 某コンビニの惣菜ブランドママン食堂に対して、どこぞの高校生が性的役割分担を助長しているため改名を望む署名活動を行なっているとの枕を挟み、名称変更に反対派と賛成派が分かれ意見交換をするという具合。


 ブレインストーミングと名打ちながら賛成派(主に女子)と反対派(主に男子)に分断して意見を交わさせるなど対立煽りに他ならない。こんな事をしたら感情的になった人間からどんな暴言が吐き出されるかまったく未知数なわけで、会が終わればクラスメイトのフレンドシップが崩壊する事必至である。担任山田がそれを意図してこの場を設けているなら狂っているし、考えなしなら底無しの馬鹿だ。どっちにしろ教職不適合者であり転職した方がいい。まぁ、辞めるにしたって辞めないにしたってこれこら始まる地獄は不可避であるわけだが。




「賛成反対で別れましたね。では、意見交換を開始してください」



 ゴングが鳴った。場は既に睨み合い。女生徒中心に構成された改名賛成派からは敵意の眼差し。一方、男子が首を揃える反対派はひやかしなどで賑わう。



「女だからって料理しなくちゃいけないわけじゃありません。訴えている女子高生が言っているように、ママン食堂という名称は性別による役割分断を助長しているのでこのコンビニは名称を変えるべきです」



「私も女子高生の意見に賛成です。女性差別反対」


 早速速攻先行行動。

 女性差別反対といいながら女子高生と呼称するのは如何なものかと突っ込みたくなったが黙っている事にする。わざわざ虎の尾を踏む事もない。


「コンビニはそんなつもりないと思います。ここでいうママンというのは概念的なものであり、女性、男性といった性別による区別ではなく、あくまで家庭の味という万人不変の記憶を表したネーミングであるわけですから、性の役割分担を助長するという訴えは不適当だと考えます」


 あ、言ってしまったなと思った。

 頭でっかちな組沢は感情を察する能力に乏しい。今回の議題が理論的解決の望めぬものだと間抜けの杉田ですら察しているというのに、馬鹿なやつだ。


「つまりそれは過去に女性が受けてきた性差別を肯定して受け入れろという事ですか?」


 ほらきた。佐久間が立ち上がってしまった。もうお終いだ。佐久間は頭が回るうえに気が強い。こいつが攻勢に出たら並の弁舌家などたちまち蹂躙されてしまうだろう。


「あ、いや、そんなつもりじゃ……」


「じゃあどんなつもりなのか! はっきりしてください!」


「す、すみません! 僕が全面的に間違ってました!」


 組沢。死亡。臆病なくせに前に出るからこうなる。



「うるせーんだよガタガタ。飯くらい作るだろ女なら」



 あーこれはまずい。火に核を焼べる所業。顔のいい谷田がモテないのはこういう前時代的な思考を臆面もなく発する事に加えて不良で野蛮だからである。


「はぁ!? 今のは間違いなく差別でしょ! 訂正してください!」


「やだね。だいたい女なんて何ができるんだよ。頭は悪いし体力もない。おまけに月一でまともに動けなくなるポンコツじゃねーか。それでよくもまぁ文句が言えたもんだ。生きてて恥ずかしくないのかよ」


 おっといきなり擁護できないクソ発言。これには改名反対派も引き気味というかドン引きである。谷田め。ステレオタイプなミソジニーを発揮したな。人格を否定されても文句は言えないぞ。


「はぁ!? 死ね! クソ男!」


「最低!」


「野蛮なオス!」


「だから男は嫌い! 下品で下衆で差別しかしないんだから!」


「本当! 男なんてろくでもない!」


 あぁ。もう駄目だ。改名云々などもはや関係なく、一方的な男性批判が始まってしまった。これでは鳩派の発言も意味をなさない。まともな議論など不可能だろう。たった一人の馬鹿な人間のせいでこうなってしまった。賛成派反対派共に話の通じる人間はいるが、急先鋒に場が支配されてもはや空気となっている。まぁ、谷田を止めなかった俺達も悪いんだが。しかし不良は怖いぞなもし。



「はい。そこまで。いや、皆さん白熱してますね。先生、皆さんが真剣に考えてくれて、大変嬉しいです」


 うん? 山田? 何を言ってるんだ山田? うん? こいつ正気か? いや、こんな議題を挙げる時点でまともじゃないな。とんだ外れ担任を引いたもんだ。早く死ぬか問題起こして辞めねぇかな。


「ですが、まだ意見を出してない人がいますので、順番に発言していってください」


 ……そういう展開ね。逃げ切ろうと思ったが、そうもいかんか。

 それにしてもこの状態では何を言ってもブーイングだろうに。本当に何を考えているんだ山田め。殺すぞ。


「じゃ、高橋くんから」


 始まってしまったか。あぁ憂鬱だ。何か言う度に、改名賛成派から凄まじい暴言が投げつけられる。見ろ。高橋が泣いてしまったじゃないか。あんな根がいいだけしか能のない人間を非難するとは。いや、賛成派を責める事はできん。奴らとてそれぞれの信念と意思に基づき言葉を発しているのだ。それを否定する事は神にだって不可能だろう。勿論それに反論する権利はあるが、俺にはとてもできない。怖い。


 あぁ、もう少しで順番が回ってくる。とんだもらい火だ。やってられん。

 そもそも何故こんな目に遭わねばならぬのかと考える。結論は一つ。山田が悪い。うちのクラスは元々男女仲は悪くなかった。それをこうも掻き乱し軋轢を作り出すとはなんたる邪悪。これだけの事をしておいて、自分だけは安置でのうのうとしているなど許せる事ではない。誰かが天柱をくださねば、同じ悲劇が二度三度と起こるだろう。それを誰がやるか。俺だ。俺がやるしかない。愚劣なるアジデータを倒す事ができるのは、今この場で俺しかいない。公共の場で山田を断罪してやるのだ。やらねば。俺がやらねば誰がやる!


「はいありがとう。じゃあ、次、君坂君」


「……はい」


 返事をし、立ち上がり、周りを見て、息を吸う。相手側からの冷たい視線と死の香り漂う自陣。恐怖に負けそうになる。怖い。

 いや、勇気を出せ俺。臆するな俺。今から為すは正義だぞ。退けば死ぬが、進めば英雄だ。奮い立て! 


 

 吐き出す山田への批判。絶叫と咆哮はたちまちクラスに響き静寂が支配する。俺は言いたい事を言った。やるべき事をやった。しかし、どうやら駄目だったようだ。俺が意を決して発した一世一代の大演説は、両者過激派の一声により一蹴されてしまったのだ。


「はぁ? 意味わかんない。なんでここで山田先生が出てくるの?」


「そうだよ引っ込めよ。山田は関係ないだろ山田は」

 

 平和を望む言葉は、正義の声は無力であった。既に感情を支配された両営は争い打倒する事しか考えられないのだろう。原因とか要因とかどうでもいいのだ。奴らは奴らが信仰する正義を強制し、他者を跪かせたいだけなのである。


 しずと座る。再び始まる今際の際の言葉の発表と批判と舌戦。周りを見ると項垂れる者、机に突っ伏せる者、内職する者、遠くを見る者など多数上の空、心ここにあらずな人間がいる事に気がつく。彼ら、あるいは彼女らにとって、この惨劇は非常にくだらない、退屈な催しなのだ。俺もその境地に達したかった。




「だから駄目なんだよ男は! 気持ち悪い!」


「はぁ!? 女が偉そうな事言ってんじゃねぇ!」


 続く罵り合い。もはや和平など望めぬだろう。残された道は、戦いか、死か……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男、あるいは女、もしくはいずれにも属するか、もしくは属さない人間達へ伝えたい事とか伝えたくない事とか 三十と一夜の短篇代57回 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説