キレイの理由は恋じゃない

多賀 夢(元・みきてぃ)

キレイの理由は恋じゃない

 自分の容姿が嫌だった。

 この顔のせいで、いつも女子に見下される。

 この体つきのせいで、男子に胸ばかりからかわれる。

 親も他の大人も、こんな私に眉をひそめる。


 ――もっとちゃんとすれば、少しはマシになるかもよ。

 ――もっとニコニコしていれば、馬鹿にする人はいないわよ。


 ちゃんとってなんだよ分からないよ。

 笑ってみたらキモイって悲鳴を上げやがったよ。

 私はどうやったら普通になれるの?

 私は生まれちゃいけなかったの?





 それはもう7年以上前のお話。

 私は都会に出て就職し、本当に久々に田舎に正月休みで帰ってきた。飛行機とバス、ローカル電車を乗り継いで、未だに田んぼが広がる我が地元にたどりついたのは夕方だった。

(なーんも変わってない)

 無人駅の改札がICカード対応になったくらいで、農家の作業小屋もお地蔵さんの祠も変わっていない。いやむしろ朽ち初めており、来年以降の存続が不安になる。

 タクシーを拾うか迷いつつ、大通りに出て様子を見る。視線を感じて顔を向けると、地味な茶色一色コーデの女性がついっと目を逸らした。

(ほほー、これはこれは)

 私は内心ほくそえみ、彼女に向かって歩いていく。真っ白なセーターに合わせた、アイスブルーのロングスカートがふわっと広がる。それにグレーのロングダウンコートを翻して、ヒールの高いブーツで大股に近づく。

「あのう、すみません」

「はいっ」

「六反田って、どちらの方向でしょうか」

「えっ、あのですねっ、この道をまっすぐ行って……」

「あれぇ? まさか、村田さん!?」

 私は大げさに驚いて見せた。相手はいったん固まったあと、思いっきり目を大きく見開いた。

「え、青木さん……」

「そうそう、久しぶり! 元気してた?」

 私は心底再会を喜ぶかのように、派手な嬌声を上げた。そして、相手の毛玉だらけの肩をバンバン叩く。

「ああああ、ああ! なんかぁ? 別人にバケてたから気づかなかったわぁ!」

 向こうの必死の嫌味に、私はにっこり微笑んだ。

「村田さんは、中学の時と全然変わらないね! ホントは一目で気づいてたの!」

 混じりっ気なしの本音を返してやると、彼女は引きつった笑顔を返した。

 だって、本当に変わってないもの。その服の色も恰好も、この田舎の大人が好む「イイコ」の典型だもの。




 実家に戻った私に、母は眉をひそめた。

「あんた、そんな派手な格好で帰ってきたん?」

「どこが派手なのよ。あんたの目に痛い真っ赤なズボンよりは地味でしょうが」

「何ゆうとん。これ、マルヤで5百円なんやで!」

「……手芸屋の試作品か」

 この地方で言う『派手』とは、結局値段のことである。

「この服も全部プチプラだよ」

「ぷちぷらって何なん」

「安物ってこと。じゃ、荷物片づけて着替えてくる」

 二階に上がろうとすると、母が慌てて私の袖を引いた。

「ねねね、そんなオシャレ、あんた絶対イイ人できたんやろ!」

 キモチ悪い笑みにうんざりして、私は手を振り払った。

「そんなわけないでしょ。――お母さん、その態度は下品よ。直しなさい」

「マー偉そうに。都会に行ったのがそんなに偉いのかしらー」

(本当に、この田舎ってところは)

 私はため息を漏らし、今度こそ二階の元自室に向かった。



 都会で私が変わった理由。

 それは、『見た目で相手が行動を変える』と知ったからだ。

 最初は本当に、この田舎で教え込まれた通りの恰好ばかりしていた。

 かわいい恰好は駄目。

 かっこいい恰好も駄目。

 ボーイッシュは駄目。

 ガーリーすぎるのも駄目。

 新品なんてとんでもない。

 学生時代のようなイジメはなかったが、身なりの汚い私は周囲から遠巻きにされていた。重用されるのはカワイイ子ばかりで、最初は「やっぱり生まれつきの美人だけしか好かれないんだ」と誤解していた。

 だけど私は部署を移動になり、接客を担当することになってしまった。その仕事には制服があり、実務に入る前にメイクの指導もあった。

 しかし、その制服はとてもタイトでフェミニンだった。自分を醜いと思っていた私は焦った。せめて浮かない程度にしなければと、休日もメイクを勉強し、ダイエットをし、まともになる努力を積み重ねた。それだけ自分自身も追い詰めていた。

 どうして醜い私が、こんな目立つ部署に回されたんだろうか。もうやめたい、失敗して見世物になりたくないと苦しんでいた時、フロアリーダーに呼ばれた。

「青木さん。ご飯食べてる?」

「はい! 制服がみっともなくならないように、気をつけつつ食べてます!」

「いや、食べてないでしょ。クマが透けてるわよ」

 私は慌てて目元を触った。うそ、コンシーラーを分厚く塗ったのに。

「あのね青木さん。勘違いしているようだけど、この制服もお化粧も、会社じゃなくてお客様のためにしてるの。意味わかる?」

「見苦しくないように、ですよね」

「違います。むしろね、ちょっと隙があるくらいの方がいいわね」

 私は固まってしまった。『隙』って何。意味が分からない。

「人はね、清潔感のある人に好意を抱くの。だからうちの制服は、スタンダードな紺色をベースにしたすっきりしたデザインよね」

 私は自分の着ている制服を見る。確かに、言われてみればそんな気がする。

「そして、健康的で明るい人には親しみを感じるの。だからメイクでそれを演出するの」

 私は思わず自分の肌を触った。厚塗りしているが、素肌は赤く荒れている。

「つまり、健康的なら化粧はいらないのよ。私みたいに」

 なるほどと頷きかけて、私はがばっと顔を上げた。フロアリーダーがノーメイク。一番偉いはずの、リーダーがノーメイク!

「み、見えません!お奇麗です!」

「でもノーメイクよ、さすがにリップはしてるけど。でもあなたよりキレイな肌だし、お客様も私に寄ってくると思わない?」

 言われてみればそうだ。みんな吸い込まれるように、フロアリーダーの方に寄っていく。あれは役職のせいだと思っていたが、そういや私たちにランクを示す目印はなかった。

「だから、健康的ならぽっちゃりでも全く問題ありません。倒れる前に、健康管理なさい」


 私にとって、その話は衝撃的であった。

 そこからメイクやファッションと心理について興味が沸いて、自分なりに色々と研究した。気が付いたら、私は外見を利用して人間関係を円滑にできるまでになっていた。私は私の容姿ではなく、私の理論に自信を持ったのだ。





 ……だというのに。

 夕飯の席についたとたん、父までが下卑た顔で言った。

「お前、男出来たんか」

「……」

 できてません。

「もう25やけんのう、そろそろ結婚も考えにゃのう」

 あなたアホですか。就職してたった3年で結婚退職って、それ何の意味があるんですか。

「それにはもーちいと、色気をだせぇや。胸もでこう産んどんやけん」

 産んだのは母ですし、胸で釣れる男なんて願い下げです。

「お母さんは、早く孫が欲しいなあ☆」

「クネクネするのやめなさい」

 母にはきっぱり注意すると、母はわざとにふくれっ面をして見せた。父がそれをデレデレ笑って見ているのが怖い。結局この地方のカワイイとは、男への媚びなのだ。

「……私、明日にはもう帰るからね」

「なんでぇ?もっといればいいじゃない」

 母が、ブリッコを演じて口をとがらせている。だから媚びるんじゃない。

「帰って来いってうるさいから、帰ってきただけだから」

 そしてもう、私はここには戻らない。少なくとも、私の両親の世代が絶滅するまでは帰る気はない。


 私はこの土地に染まる気はない。都会に住んではいるけれど、完全に洗練された近寄れない人にもなりたくない。

 私は、今も研究を続けている。もっと自分らしい色を、自分らしい装いを。私が自信を持つために、よりよい関係を広げるために。――人生を、もっとカラフルにするために。

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キレイの理由は恋じゃない 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

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