宮華菫が年を越すだけの小説

七条ミル

年を越すだけ

 外は雪が降っている。急に降り出して、それからずーっと降っている。

 でも、翔伍の膝の上に座ってゆく年くる年を見ていると、そんなんどうでもよくなる。原稿も、どうでもよくなる。

「ちゃんと原稿書けよ」

 翔伍が、わたしの心を読んでるみたいにそう言った。わたしが声を出さないあまり、そうやって心を読み始めるのだ。

「書く」

 わたしはそう言って、翔伍の胸に頭を預けて、上を見た。丸い眼鏡のフレームの外側に、翔伍の顎が見えた。外に出ないからって髭を剃るのをさぼってるから、ちょっと刺々している。でも、その代わり肌はちょっと綺麗だ。

「お酒、飲みたい」

 わたしがそういうと、翔伍はちょっとだけ嫌そうな顔をした。それから、わたしのほっぺたを両手で挟む。

「年明けてからね」

 年明けたら、いいのか。普段は、車に乗らなきゃいけないときくらいしか飲ませてくれないのに。お酒を飲んで翔伍に抱きついていないと車に乗れない自分もどうかと思うけれど。――でも、怖いものは怖い。

 前に自分がお酒を飲んで喋っているのを動画で見たけれど、それは酷いものだった。翔伍がわたしにお酒を飲ませてくれないのもわかる。

 でも、今日飲ませてくれるってことは、わたしのあれに付き合ってくれるということなのだろう。

 初夢を見る余裕なんてないかもしれない。

 先のことを考えると、ちょっと楽しくなった。

 ピピピピ、と音が鳴る。テーブルの上に乗せたタイマーを、翔伍が切った。

「蕎麦、食べよう」

 テーブルの上にある蕎麦はひとつだけ。わたしが同じので食べたいとアピールしたから。

 上に乗っていたら翔伍が食べれないから、わたしは諦めてずりずりと膝の上から這い降りて、隣にくっつくように座った。

 翔伍が蓋を取って、テーブルの上に置く。箸で、中をかき混ぜる。わたしからは横顔が見えて、ちょっとだけ悪戯がしたくなって、そこにキスをした。

「ふーん、いいんだ」

 箸を置いて、今度は唇同士でした。気持ちよかった。

 テレビを見たら、もう鐘の映像に変わっていた。

「いただきます」

 二人で、同じ箸を使って、代わりばんこに食べるのは、なんかちょっと楽しかった。

 一際大きく除夜の鐘が鳴らされて、テレビにはさっきまでなかった時刻表示が出た。

「菫、あけましておめでとう」

「あけましておめでとう、今年も――んーん、これからもずっとよろしく」

 それだけ言って、恥ずかしくなって顔を背けた。これを真顔で言えたら、ちょっとかっこよかったかもしれないのに。わたしにはできない。

 翔伍は、ふふ、と笑ってわたしの、ただでさえくしゃくしゃの髪を、もっとくしゃくしゃにした。

 どうせくしゃくしゃだから、直してもそんなに変わらない。だから、特に直さないで、わたしは翔伍にもう一度キスをした。

「お酒飲む?」

「今飲ませていいの」

「んー、ばっちこいって感じ」

 テーブルの上の携帯電話が震えた。たぶん、優莉からだ。上を向いていた画面を、伏せてやる。布団から這い出して、寝室を通り抜けて、キッチンの冷蔵庫から日本酒を出した。加賀の井という、歩いてもそんなにかからない場所にある酒造の、つまり地元のお酒。

 わたしはすぐに酔っ払ってしまうからちょっとだけ。翔伍には、少し多めに。

 コップを持って、居間に戻る。コップに日本酒なんて、あんまり雰囲気がない。

「お酒」

 テーブルにコップを置いて、わたしは翔伍のすぐ横に這入った。

「寝れねーなぁ、これ」

 翔伍はそう言って、楽しそうに一口目を飲んだ。わたしも、入れたちょっとのお酒を、全部飲む。頭がポワポワしてきて、翔伍のことしか考えられなくなる。お酒に弱いのだ。すぐ酔う。でもまあ、翔伍のこと考えるのは楽しいから、好きだ。

 一区切りついてコップを置いた翔伍を床に倒して、わたしはキスをしてやった。

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宮華菫が年を越すだけの小説 七条ミル @Shichijo_Miru

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