第51話 千年紀末に降る雪は
あなたはサンタクロースを信じたことはあるだろうか?
私は一度も信じた事は無い。
なぜなら小さい頃に、『そんなジジイ、居たらとっくに警察に捕まっている』と親に教育され、居ないものとされたからだ。
今思い返せば、クリスマスというのが単なる子供の玩具乞食イベントであるのは一目瞭然ではある。自分の家はそういったものを買う余裕は一切無かった。
故に、うちの家にはクリスマスという行事そのものがなかったのだ。
12月頃は学校に行けば、当然『サンタクロースに何をお願いする?』という話題で持ちきりになる。そこで何をお願いするかによって、ある程度の家庭の財力の序列が透けて見えてくるのだ。
今売れ筋の人気のおもちゃや果ては別荘一軒など、各ご家庭のサンタクロースもプレゼントする物は様々である。まず望んだものがちゃんと届くこと、それこそがありがたい事なのだと感じて欲しい。
私もクラスメイトを真似てサンタクロースに欲しいものを書いて手紙を親に渡したが、『そんな金無いの分かってやってんの?』と一蹴され、その場で破り捨てられた。
ああ、やっぱりサンタクロースは金持ちの家にしか存在しない概念なんだ。
子供ながらに現実を知り、以降厭世的な考え方が身についてしまった。
だが、今年は違う。
私の願いをきっと叶えてくれるサンタクロースが存在する。
そのサンタクロースはとても忙しく、夜遅い時間か土曜日の喫茶店くらいでしか会えない。
手紙を書けば、書いた通りのプレゼントはもらえるのだろうか。
いつも通りに丘の上の喫茶店で彼を待つ。
土曜日の休日だというのに、仕事を入れているようだ。どれだけ仕事が好きなんだ・・・・・・
休日なんか仕事する気には一切なれないのに。それじゃ、まるで仕事の為に人生捧げているみたいで気に食わない。
外を眺めてボーッとする時間が、私にとっては贅沢。
この時間のために仕事しているようなもんだ。
キリマンジャロのイタリアンローストの豆で入れたホットコーヒーを口に運び、香ばしい匂いと程よい苦さのハーモニーを楽しむ。
ここの喫茶店のコーヒーは焙煎から手間を掛けているので、他所の店のコーヒーとは味わいが違う。やはり手間暇掛けている仕事の方が尊い。
コーヒーを飲んで待ち呆けていると、ようやく志成が現れた。
「ごめんなさい・・・・・・だいぶ遅くなっちゃったね」
「いつもの事でしょ、ほら早く」
最初に衝撃的な出会いをして以来からはだいぶ親しくなれた気はしているが、お互いに忙しくて一緒に居られる時間を作る事がなかなか出来ない。
とはいえ、いつも土曜日のこの喫茶店で会うことは必ず決めている。
私と志成にとっては大切な、初めて会った場所だから。
「お待たせ」
「はぁ、いっつも待たせられてるこっちの身にもなってよ」
「ごめんごめん」
愚痴は溢れるものの、お互いに笑顔も溢れる。
二人で居る時間は何よりも代えがたいのだ。
「そういえば、もうすぐクリスマスだね。なんか予定あるの?」
志成が私に何かを探るよう目線を送る。ひょっとして、先に誰かに予定入れられてないか心配してるの?かわいい~!
「いや、特に無いけど。どうしたの?」
わざととぼけてみる。これはアレだろ?いわゆるクリスマスに素敵なお誘いという奴だろう。私にも初めてサンタクロースが来そうだ。赤いジジイもたまにはいいことをしてくれる。
「いや、その・・・・・・せっかくのクリスマスだから二人でどこか出掛けないかって思って」
「あら?どういう風の吹き回し?」
「そういえば、こういうことってあんまりしたことないなって」
恥ずかしそうに志成は笑う。
「たまにはいいでしょ?こういう時くらい、ゆっくり二人で過ごしたいなって」
最近は喫茶店以外ではランチやディナーも一緒にすることが出来て無かった。まともに一緒に食事したのは『無燐堂』のレストラン以来じゃないか?
「もちろん。せっかくのクリスマスなんでしょ?久々に二人でご飯食べたい」
「僕もそう思ってたところ!場所は当日教えるね」
おや?店はサプライズか。これはワクワクするな~、ってだいたいの煌びやか系上級国民御用達の有名どころレストランは、他の会社との商談やら接待やらで行き尽くしてしまったしな。中々新しい店というのがこの都内だと珍しくなってきている。
私も随分とブルジョワに染まってしまったな。ついこの間までモヤシとロウソクが友達だった生活を送っていたのに、人生一つのきっかけで変わるもんなんだな。
こんな人生で満足なのか?
「分かった~とりあえず予定空けておくわ」
「ありがとう!ではお楽しみに~」
志成はとても満足げな表情を浮かべ、その後も上機嫌に会社の愚痴を延々と垂れ流すのであった。やっぱり同じ立場になったので、志成の苦労やもどかしさなどを実感するようになって、話が相当合うようになってきた。
規模は違えど、苦労はどの会社でも一緒なんだなと思うようになってきた。
まあ、志成は今後財閥を背負っていく宿命があるから、私とは受けてるプレッシャーが全くもって違うんだろうな。
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遂に待ちに待ったクリスマスの日がやって来た。
街はすっかりイルミネーションに彩られ、赤い服を着たおじさんおばさん達が道端で呼び込みをしている。なるほど、最近のサンタクロースはプレゼントする側では無くされる方に回ったのか。今まで慈善事業で配りまくっていたから、遂に金が底をついたのか。サンタクロースを続けるにも苦労が多いということか。
喜べ子供達よ。サンタクロースは欲深き大人の餌食となり、搾取する側に回ったのだ。それが嫌なら革命を起こしておもちゃ獲得戦争を仕掛けるのだな。
そんな妄想を繰り広げていた中、志成に指定された集合場所に辿り着いた。
ここは駅前の大銀杏の木の前。同じ待ち合わせをしている輩が大勢居るため、まともに人が通る事が出来なくなっている。
こんな所に志成が来れるのか?家の人達が許してくれないんじゃないか?
そんな不安は一瞬にして覆された。
なんと、志成はヘリコプターで上からやって来たのだ。
凄まじい音と風をお見舞いすると、周囲の人達は逃げ去ってしまった。
誰も居なくなった駅前広場に、ヘリコプターは無事着陸した。
「まだ遅刻じゃないよね。お待たせ」
「騒がせすぎだわ!こっちが恥ずかしくなるわ・・・・・・」
「ごめんごめん、ヘリじゃないと間に合わなくてさ」
ちょっと前まで北の方で商談をしていたとのこと。新幹線や飛行機を使っても間に合わなさそうということで、急遽ヘリコプターをチャーターして、この集合場所に急行したとのことだ。
いや、まあ、約束は守ってくれるのは嬉しいけど・・・・・・
「さすがお忙しい社長さんだことで」
「たまたまだよ。じゃあ、早速店に向かおうか」
そう告げると、志成は私の手を取り、ヘリコプターにエスコートした。
気分は白馬の王子に迎えられたお姫様。何だろう、この優越感。
「早くこの場から逃げたい・・・・・・」
「目立ちすぎたね」
周りに居た人間は早速スマホを取り出し、私達を写真や動画に収めようと躍起になる。これは格好のSNSの餌だ。あとで会社の奴らに指差されて笑われるやつだ。
不法占拠とか色々な犯罪に引っかかって警察の厄介になったりしそう。まあどうせ孝造じいさんが揉み消すんだろうけど。
私は早々にヘリコプターに乗り込み、その場から立ち去った。
どこに連れて行かれるのかは皆目見当がつかない。
もしかして山奥とかでひっそりとやっているような隠れ名店とか?
それにしても揺れがひどいな、気持ち悪くなってきた。
「これって、どこ、向かってるの?」
「行ってのお楽しみ。ってあれ、顔色悪いよ」
「ちょっと酔ったかも・・・・・・袋くれ」
「袋?ちょ、ちょっと待って!もうすぐ着くから!」
胃液が喉まで遡ってきている。最早これまで、噴火寸前。マジで湧き出る5秒前。吐き出せばきっときもちくなるだろう。
志成から袋を渡された瞬間、私はキレイに滝を作り上げたのであった。
「ううっ、あーもう、最悪」
「ゴメン・・・・・・ヘリコプターはマズかったね」
「いや、私が乗り慣れてないだけだから、うぷっ」
第二波、第三波をしのいでいるうちに、目的地に着いた。
辿り着いたのは、山の中にある小さな家であった。
「うわあ、これは凄い」
家はクリスマスということでイルミネーションに彩られ、辺りが魔法にかかったようにロマンチックに見える。
ヘリコプターで全力を出し切った私にとっては、まるで天国のようにも見えた。
「これからコース料理が出てくるんだけど、食べれそう?」
「ちょっと気持ちが落ち着いてからでお願い」
二人で過ごす初めてのクリスマスは、酸っぱい思い出となった。
コース料理の最後に交際を申し込まれて、それには応じた。
今更かよって思ったけど、二人のペースとしてはちょうど良かったないかな。
付き合うっていったって、今までと何も変わらない気がするけど、ハッキリと言ってくれたことは私にとっては嬉しかった。珍しく男を見せたなって。
これからどうなるか分からないけど、とりあえず今を楽しもう。
メリークリスマス、志成。これからもよろしく。
土曜日の恋人 天川 榎 @EnokiAmakawa
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